もっともアメリカは「2.13合意」が生まれる直前の今年一月、エチオピアに対し、北側からの武器の輸入を黙認し、国連安保理の対北制裁決議を無視・違反したのも明らかになっている。アメリカにとって、「金正日との付き合い」は建国以来の外交交渉の恥辱的な失敗として、記録されるようになるかもしれない。
ブッシュ政権は、武大偉・中国外交部副部長の要請(四月十四日)で、平壌からの反応を何日か待つことにした。しかし、仮に平壌側が、後から「2.13合意」の彼らの義務を果たしたとしても、六カ国協議の威信(権威)や信頼は回復できない。
「六カ国」のすべてが、互いに相手に対しての情報が足りず、意思疎通も悪く、相手や他の参加国に対して誤解した。
もしかすると、アメリカは金正日を徹底的に窮地に追い込んだつもりなのに、金正日は、「ブッシュの方も窮地に追い込まれている」と錯覚しているのかもしれない。「2.13合意」とそれ以降の変則的な恥ずかしい局面展開は、この六カ国協議が、このまま持続されるべきなのかどうか、を決断すべきのところに来ていることを証明するものである。
それにしてもである。国連安保理の常任理事国の米・中・ロが参加して作った「2.13合意」は、非常に曖昧で不完全な合意だった。
そんな、あいまいで不完全な「合意文」をもって、本当に手ごわい独裁者から核兵器を奪うことができると期待したのだろうか。
金正日が素直に合意事項を守る可能性がないことなどは常識人なら誰も分かっていた(2.13合意の直後の韓国の世論調査では、国民の七割以上が金正日は約束を守らないだろうと答えていた)のに、なぜアメリカや中国などは、「金正日が合意を尊重するだろう」と期待したのか。
アメリカの情報力、判断力、対応力が疑われてもおかしくない。特にライス(米国務長官)とヒルは自由世界で今まで平壌側との交渉・合意で、最終的に成功した政治家や官僚がいないということをもっと注意すべきだった。
アメリカから見れば、この「六カ国協議」ほど、とんでもない協議はなかった。平壌側の核兵器開発疑惑が表面化(一九九〇年)して以来、米・朝は、両者協議を通じ、「ジュネーブ枠組み合意」(一九九四年十月)に達した。
金正日は、十三年前のジュネーブ合意では、北側が保有する原子炉と関連施設を凍結し、究極的にはすべての原子炉と関連施設の解体を約束したが、金正日はアメリカが力の使用を自制するのを逆用し、強気に出て、「崖っぷち」戦術で対決してきたのである。
一九九八年以降は、アメリカの同盟国であるはずの韓国の左翼政権が北側に付いてしまった。金大中は金正日体制の安全を保障する「包括的解決」を主張し、韓国の左翼は、金正日と組んでアメリカの対北圧迫を妨害しただけでなく、「金正日の核武装推進の責任がアメリカにある」とまで言って金正日を支援してきた。
アメリカは両者(米・朝)、三者(米・朝・中)、四者(南・北・米・中)会談を経て、紆余曲折の末、中国の仲裁で、六カ国協議が始まった(二〇〇三年八月)。だが、三年半もかかってできた「2.13合意文」には既存の核および核物質や濃縮ウランによる核計画などは明記されていない。
そして、作業部会という形で、金正日が望んだ米・朝両者会談へと、戻ってきた。もはや、「六カ国協議の真実」を直視すべきの時間になったのである。
いったい「2.13合意」は何だったのか。アメリカは伝統的に、特にブッシュ政権が国際社会に向けて公言してきた価値観や政策的諸原則を捨ててまで「2.13合意」や六カ国協議の枠の維持に、こだわったように映るが、これは、よく言われるようにイラク・イラン問題、あるいは中間選挙での敗北のせいなのか。
それとも、BDAにある北側の二千五百万ドルを金正日へ返すために、超法規的措置までも辞さないほどの(戦略的に)価値のある何かが、「2.13合意」の陰に隠れていたのだろうか。
何がアメリカの対北政策の変化をもたらしたのか
「北核の完全廃棄」と言うアメリカの目標が変わったのかどうかを断言できる情報が乏しいが、ブッシュ政権の強硬政策が柔和的に変わったのは事実である。この変化の契機・理由は、いずれ遠くない内に明らかになろうが、今のところ科学的に推測するしかない。
今度の対北政策転換への批判に対するヒル、ライス国務長官、チェーニ副大統領の発言からは、平壌側がアメリカへ何かの「重大な提案」をしたことが窺える。
ヒルは自分の上司だったボルトン前国連大使の「2.13合意」への非難に対し、「彼(ボルトン)は現職でない(つまり、ボルトンは情報が無い)」と一蹴した。
チェーニ副大統領も、ABC-TVとの対談で、「ボルトンの批判は価値が有るが、正しいものではない」、「金正日が約束をすべて履行するとは期待できないだろうが、このような方法は一度試みる価値がある」と話している(三月二十三日)。
ライス長官も記者会見(四月二日)での答えで、「私とブッシュは変わっていない、北側がこのように出るようにここ数年間、整地作業をやってきた」と言った。
もちろん、ここまでのいわゆる「作戦計画五〇三〇」など、情報工作の効果もあったとは思われる。また、その情報工作の成果や情報報告から、アメリカは「金正日が本気でアメリカとの和解・関係樹立を願っている」と情勢判断した可能性が大きい。
北朝鮮の金桂寛外務次官は三月五日の訪米の際、「アメリカは北朝鮮に対して戦略的関心を持っているのか」を聞き、「我々(北朝鮮)をインドのように待遇して欲しい」と求め、アメリカに対し、核を持ったまま国交樹立がきるかどうかを打診したという。
つまり北側は三月のある時期までは、本気で本格的な対米関係樹立を探っていたのである。
ソウルでは、「アメリカの金融圧迫などが効果をあげ、金正日がリビア式に降伏親書をアメリカへ出した」といううわさも流れた。
憶測かもしれないが、金正日が中国との同盟の代わりに米朝関係に北の安全保障を依存するようになれば、アメリカにとって北の核は、もうの脅威にはならない。だからこそ、北の核の完全で検証可能で取り戻しの出来ない方式(CVID)の核放棄を求めず、核兵器拡散防止へと政策を転換したと考えられるのだ。
もちろん、アメリカは今も金正日を圧迫する措置を緩めてはいないし、軍事力を西太平洋地域に展開させていることはよく知られているのだが、、、。
六カ国協議参加国の責任
六カ国協議に対しては、参加した各国の立場が違うし、参加国間で情報の共有そのものが極めて制限されるので、「協議」の進展の意味や「成果」の受け止め方などが分かれるのは当たり前である。しかも、六カ国協議があまりにも長引いたので、「北の核の除去」と言う当初の目標よりだんだん違う方向へ関心が移ってしまった。
アメリカ側には最初から戦略的な錯覚があった。アメリカは当初、北の核に反対であるはずの5者(五カ国)が一致して金正日へ圧力を加えるつもりで、六カ国協議を始めたのに、最初から四(南・北・中・ロ)対二(米・日)の構図で始まったと言える。
そもそも金融制裁のように、アメリカ自らが効果的に駆使できる手段をもっていたにも拘らず、中国の役割を過大に評価し、中国に対して過度に頼ってしまった。アメリカはもっと精巧な対応ができる充分な情報と力があるのに使わなかったのである。
中国は北の核問題の解決にあまり熱心でなかったと映る。国際社会が期待した六カ国協議の主催国である自覚より、金正日の後見人である意識が強かったのか、北の核問題の解決を遅らせた責任がある。中国はアメリカや他の国々を苛立たせ、自らに対する信頼感を失った。
アメリカの同盟国の日本は、金正日の牽制を受け、目立たない存在の印象が強かった。主導的な主張よりアメリカや韓国、中国の役割に期待してきたフシがある。
日本は「2.13合意」で孤立したように見えるが状況は変わるものだから、日本としての原則と戦略に徹するのが大事であろう。
日本のメディアの報道には、北の核問題の解決のため、金正日へ圧力を加える当事国ではなく、観察者の姿勢を感じさせる場面が多かった。金正日の核兵器の本質的問題に対してより、金正日と対立する側の取材しやすい問題の報道が多い印象を受ける。特に局面が金正日の「無理押し」などによって、膠着状態になるの場合は米・朝接触やアメリカの決断を促すような、金正日を代弁するような報道もあった。
ロシアも核兵器をあきらめるように積極的に金正日を圧迫するより自国の存在を強調する、ロシア独自の活動空間の確保により多くの関心を払ってきた印象を与えた。ロシアは金正日へ圧力を加えるより、金正日の歓心を買うのに関心があるように見える。
韓国の左翼政権は民族優先の偏狭なナショナリズムで金正日に対して圧迫を加えなかった。
理念的価値や同盟関係より民族を重視した左翼権力の政策や執拗な国民洗脳の結果で、特に多くの若者が善と悪を区別ができなくなった。韓国社会は「親金正日か反金正日か」で完全に分裂した。盧武鉉政権や親金正日勢力は金正日に代わってブッシュ政権を説得し金正日を保護しているのだ。
「2.13合意」に対する韓国内の反応
韓国は、六カ国協議参加国の中で唯一、アメリカと戦争した歴史のない同盟国であるが、反共国家だった韓国を親金正日勢力が支配して十年目になる。
南北関係(対北政策)をはじめ、安全保障においては国民的合意(同意)が必要なのに、金大中・盧武鉉政権の十年間、左翼権力は金正日の立場を擁護し、反米・反日で同盟国との対立や摩擦を増幅させてきた。
「金正日との民族共助」を目指す左翼権力に対して、野蛮的独裁の犠牲者である北の同胞を救出の対象として見る多数派の自由主義・保守右派が決起し、この価値観の戦いは全ての分野で熾烈に衝突し国論が分裂している。
そうした中で、ブッシュの軟化による、対北姿勢への転換(「2.13合意」)は韓国内へ衝撃を与えた。
保守右派は当初、情報の不足もあってブッシュ政権の金正日への態度変化の意図が分からず、一種のパニック状況に陥った。落胆と失望の中で、「ブッシュの裏切り」と糾弾した。
保守右派の落胆は、「2.13合意」が年末の大統領選挙を前に、金正日の核実験(二〇〇六年十月)で閉ざされていた南北頂上会談への道を開き、右派の政権奪還を難しくするのではないか、という絶望感のためであった。
左派は逆に合意文の第六項、つまり「参加国(六カ国)は、相互信頼を増進させるために肯定的な措置をとり、北東アジア地域の持続的な平和と安定のための共同の努力を行うことを再確認した。直接の関連当事国は、適当な別途のフォーラムで、韓半島における恒久的な平和体制に関する協商をする」という中で触れている「平和体制の協議」に歓呼したのである。
左派権力が支配するメディアは「平和体制」問題を大々的に取り上げ、左派でない知識人までも、「アメリカが政策を転換したのだから、今後一年以内でも今の休戦体制が平和体制へと変わるのではないか」と期待するようになりつつある。
左派は国連の対北制裁の決議や北の核の解決などは全く眼中になく、専ら「平和体制」の問題をメディアを総動員しクローズアップさせている。
盧武鉉大統領は、この年末の選挙で、たとえ保守派に政権を奪われたとしても、次の政府が取り戻しができないところまで、南北関係をもって行き、「平和体制」の完成を任期中に既定事実化したい決意である。
そのため盧武鉉政権は「2.13合意」の直後、いや合意が出る前から、去年の核実験で中断した「南北関係の復元」と対北支援の再開に着手した。
第二十次南北長官級会談(二月二十七日から三月二日、平壌)では、今年の上半期の南北交流のスケジュールを決め、上半期だけで四百四十億円程度の支援方針も決めた。
人道的事業の名分で、離散家族面会もお金の力を借りて実施した。「2.13合意」による対北提供用の重油語五万トンを急いで確保したのに、(北の履行違反で)支援できなくなり、契約取り消しで政府予算約四億円の損失を出した。
金正日が頂上会談に応じるように、環境を調えるためには今年中千二百五十億円相当の支援が可能であると言う数字も出ている。
しかし、韓国の親金正日勢力らは果たして金正日が考える平和体制の意味が分かっているか。
平壌側はアメリカとの停戦協定を平和体制樹立へと転換する問題に対し、「平和体制の対象はアメリカであり、韓国は統一の対象である」と言っている。(二〇〇五年七月二十二日、平壌の外務省代弁人声明)
南北頂上会談と関連していると見られる李海瓚大統領政務特補(元国務総理)の平壌訪問(三月七日)をはじめ、盧武鉉政権は上半期中にも、いわゆる「2.13合意」の「平和体制」へ向けてのロードマップを描いている。
盧武鉉政権は、六カ国協議を前進させ、「六カ国外務長官会談」-「韓米頂上会談」-「四者(南・北・米・中)首脳会談」までを出来ればこの上半期にやりたい気構えである。「六カ国協議の行動対行動」の原則と関係なく多様な接触・支援が行われ、 対北支援問題などを論議する第十三次南北経済協力推進委員会(四月十八日-二十一日、平壌)が予定通り開催された。
盧武鉉政権は金正日への支援の名分・口実をつくるために熱心で、韓米FTA(自由貿易協定)の交渉妥結までも、北との関係発展に利用する。
そして、盧武鉉政権は遅くとも、8月までには、南北頂上会談を開催したがっていると言われる。8月だと大統領選挙(十二月)の四ヶ月前である。
南北頂上会談や大統領選挙への影響
左派が平和体制の実現へ執着するのは、年末の大統領選挙で、左翼政権三期目の実現に利用するためである。
今の状況が続けば、野党のハンナラ党候補(李明博・朴槿恵)の支持率から見て、保守派が分裂しない限り、左派は誰を候補として出しても李明博か朴槿恵に負けると、予測されるからだ。
したがって、いわゆる進歩勢力・左派はすべての条件と政治環境を完全に変える画期的政治工作的対策が必要である。左翼権力を総動員したあらゆる宣伝扇動や反米・反日民族感情の刺激、自分たちは「平和愛好勢力」、保守・右派は「戦争勢力」と対比させる巨大なキャンペーンが必要である。
左翼は韓国人の意識と価値観を変えようとする。新金正日左翼は反米、反日は当然だが、最も深刻なのは反韓である。左派は大韓民国の成功の歴史を否定し、民族共助のパートナーとして金正日を支持、擁護する。
盧武鉉も大統領候補のとき、「南北関係一つだけ旨くやれば他は全部台無しにしてもいい」と言い、大統領への就任の辞でもアメリカから離れ、大陸志向を明らかにしたが、彼らは金正日との民族共助を目指す勢力は「平和勢力」、それに反対し韓米同盟を主張するのは「戦争勢力」として対比させるのである。
韓国の自由主義・保守右派は北の同胞を奴隷状態から解放し、韓国の先進国への仲間入りのために先進海洋勢力との連帯を目指す。そのため左翼政権の終息が歴史的課題である。
だから韓国民の多数は、ブッシュ政権がこともあろうに「2.13合意」で、ほぼ死に掛けた金正日を生き返らせ、今年の年末の大統領選挙へ致命的な不安資料を投げかけたと不安を感じているのだ。
一方、親金正日の左翼は「2.13合意」や金正日を相手にした「平和体制」構築を批判・反対する保守右派を戦争勢力だと非難・攻撃する大々的攻勢に出た。
ハンナラ党は、南・北の左翼権力による宣伝扇動攻勢に驚き、自分に「戦争勢力」のレッテルが貼られるのが怖くて党の対北政策を左派の主張に接近させ、太陽政策を支持すると表明した。
保守派の一部は、米・朝接触がやがて第二のニクソン・ショックとしてやってくるのを心配する悲観論者もいる。
アメリカは自由民主主義を信奉する人々を支援する国だと単純に信頼してきた普通の人々には、「2.13合意」とブッシュ政権の行動は機能主義的外交への回帰に見えてもおかしくない。これからは、韓国で初めての「反米保守」が表れるかも知れない。
前に触れた通り、「2.13合意」の中で平和体制に対しての言及が入ったことで南北頂上会談の障害要因が除去されたものと受け止められる。
ちょうど、盧武鉉大統領の側近だった安煕正などが去年の金正日の地下核実験の直後、北京で北側の人間に会った。盧武鉉大統領は今まで対北接触で透明性と原則を強調してきたし、今年の対国民新年記者会見(一月二十五日)でも、「今頂上会談に対し、何らかの試みもしていない」と嘘を言ったが、結局、自分が指示したことを認めた(四月十日)のである。
これはもちろん、関連法律(南北の交流協力に関する法律、南北関係発展に関する法律)への違反である。
盧武鉉大統領はこの前、クウェート訪問の時(三月二十六日)、国賓晩餐会で遭った許鐘・北朝鮮大使に「(大使館へ)帰ると(金正日委員長へ)伝えて欲しい。真心でやる」とも言った。
金正日は退任間近の盧武鉉との頂上会談は「あまり気が進まないだろう」とも言われるが、韓国で保守右派から大統領が出るのは決して許したくない。だから、南・北の左翼政権の利害は一致する。もとろん金正日自身は南北の終戦宣言や平和協定などには直接署名しない可能性が大きいが、とにかく終戦宣言や平和協定などの衝撃は大きい。韓米同盟の再調整問題などの外交問題から憲法改正まで、いま想定もしがたい安全保障や危機管理の難題がやってくるだろう。
韓国の主導による韓半島の自由民主主義的統一や、その後の大戦略などに対しての綿密な検討なしで夢想的左翼勢力による感情的統一の動きを許していいだろうか。
同盟関係でも共通の脅威、共通の価値観、共通の未来へのビジョンの共有が望ましい条件だと言われるが、いま韓国社会は同盟関係の管理意識、特にこの条件を満たす努力が欠けている。もっとも南・北の左翼同士の連邦制の論議は国民全体の幸福と繁栄のためでなく、ごく一部の共産主義者同志の恨みと復讐おための狂乱だとしか言えない。
あらゆる紛争が外交的に解決できると良い。しかし歴史の中には相手の説得に失敗すると自分が能力が足りないと見られるのがいやで(或いは怖くて)味方や上司、そして祖国を説得し、ひどい場合は騙す(これは国に対する裏切り・反逆である)愚かな交渉者・外交官も見られる。
また嘘つきを相手に外交だけで問題の解決が出来ると思うのは自己欺瞞でもある。
金正日だけでなく、歴史的にも邪悪な独裁政権と野合して成功した政治家はない。自由民主主義制度は指導者・権力者に任期を制限している。任期が制限されてない指導者にいつまでも絶対権力を許してはいけない。任期のない絶対権力者との交渉は犯罪になるかもしれない。
悪の勢力との闘争する時は人間の智力や知恵以上の何かが必要である。