現代コリア

TOP     日本     韓国(大韓民国)     北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)     その他     コラム一覧     佐藤勝巳     岡林弘志     五味洋治     田中明     会社紹介      

「28歳の独裁者」―時代錯誤の大実験
岡林弘志
(2011.12.26)

 

    金正日総書記の死去公表と同時に、三男・正恩への権力世襲を進める大キャンペーンが始まった。しかし、父親が残した疲弊した国を立て直すのは至難の業だ。「負の遺産」はあまりに重い。今の世に、28歳の独裁者は存在することができるのか。時代錯誤の大実験にも見える。

 

    あっという間に「最高司令官」

 

    「われわれは、金正恩同志をわれわれの最高司令官、われわれの将軍と声高く呼び、先軍革命偉業を最後まで完成させるだろう」(11・24労働新聞・政論)

 

    金正日死後、1週間にして、金正恩は早くも「最高司令官」と呼ばれるようになった。「将軍」も、これまで金日成、妻の金正淑、金正日の三人だけにつかわれてきた呼称だ。

 

    死去の発表と同時に、金正恩後継の大キャンペーンが始まった。「偉大な金正恩同志の賢明な指導に従って前進するわが党と軍隊と人民の革命的進軍を拒む力はこの世にない」(11・19朝鮮中央通信)

 

    さらに、嘆き悲しむ住民の姿を放映する中で、「金正恩同志がいれば、我々は必ず勝利する」「金正恩同志の指導に従えば、この悲しみを力と勇気に変えることができる」など、金正恩への絶対服従を誓う声も紹介している。

 

    最高司令官、将軍への突然の昇格は、正式な機関決定ではないはずだが、最高実力者の急死という緊急事態にあって、権力の空白による不測の事態を恐れたのか。

 

    「金正恩同志は人民の慈父だ」

 

    「金正恩同志の心の中にはいつも人民がいる」

    同時に、後継者がいかに慈悲深い指導者であるかのキャンペーンも始まった。朝鮮中央通信(12・24)はこんな見出しで記事を発信した。

 

    各道に金正日の大肖像画が設置されたが、金正恩は寒さの中、追悼に集まる「人民の健康を心配して、肖像画周辺にサービス施設を増設」するよう指示、暖かいお湯が供され、救急車が配置された。「全国の人々は、『金正恩同志はまさに人民の慈父』だと口をそろえている」のである。

 

    「民族の大国喪に際して悲憤に浸っている平壌市民に、金正日総書記の恩情のこもった魚が平壌市のすべての店で供給され始めた」(12・23朝鮮中央通信)

 

    特権都市である平壌市内に限ってだが、スケソウダラやニシンの配給が始まった。金正日が生前最後に決裁した指示だそうで、金正恩が「偉大な将軍様の愛情を一日も早く人民に届けるべきだ」と特別輸送対策を講じたおかげという。(朝鮮中央通信)

 

    金正恩の発言が直接引用する形で報道されたのは、これが初めて。後継体制を進めるためのキャンペーンの一環として、民心掌握にも力を入れているということだろう。

 

    父親の威光を前面に

 

    同時に金日成主席死去時と同様、権力世襲に父親の威光も最大限に使われている。統治者として、年齢的に若く、従って経験、実績がない現状ではそれ以外にない。

 

    哀悼期間13日間、弔問期間8日間など葬儀までの日程も同じだ。また、金正日の遺体は、早速金日成が安置されている錦繍山宮殿に移され、巨額の費用をかけて永久保存される。

 

    平壌から遺体の写真が送られてきたが、金日成と同様、仕事をしている時の姿そのままに、人民服を着て、靴を履いたまま、透明のアクリルケースにおさめられ、金正恩が悲痛な表情で最初に参拝した。

 

    金正日は、父親の追悼行事を、社会主義では考えられない「革命の血統」の正当性を人民に認識させる上で、極めて有効と判断、演出した。今回もそれを忠実に踏襲している。

 

    服喪期間の余裕はあるか

 

    また、金正日は父親の死後3年を服喪期間に定め、「遺訓統治」をした。この間、国家予算などを定める最高人民会議などは開かれず、金正日のサイン一つで処理したようだ。

 

    「服喪」と言いながら、実は金正日は法律や組織機関を使わず、個人でこの国の重要決定を行うという独裁権力をすでに掌握していることを証明して見せた。

 

    「朕は国家なり」。究極の独裁者である。後継者に決定してから20年余、独裁者としても訓練を続け、邪魔者は排除することも含め、実力を蓄えてきたからできたことだ。

 

    金正恩は、後継決定から1年余。このまま三年も服喪して、公の場に姿を現さなければ、存在感は薄くなる。従って、長々と服喪しているわけにはいかないはずだ。

 

    のしかかる国力衰退と外交孤立

 

    しかし、国際的に孤立し、経済的にほぼ破産しているこの国を引き継ぐのは至難の業だ。父親は「強盛大国」をスローガンに掲げ、工場や軍部隊にハッパをかけに行く途上で亡くなったという。

 

    しかし、目標とした「人民に白いご飯と肉のスープ」は夢のまま終わった。北朝鮮当局者が「GDPで1988年の水準を回復するのが当面の目標」というように、20年余がたったのに冷戦終結の衝撃をいまだに回復できずにいる。

 

    要するに、1994年の金日成死後、金正日の治世17年の間、経済は混迷を続け、特に食糧事情は厳しいままだ。最大の原因は金正日の国家運営の手段である「先軍政治」にある。

 

    国家運営のすべてに軍事を優先すれば、民生経済がおろそかになるのは当然だ。ここ1、2年、口では「生活重視」を唱えたが、資材、資金、人材は軍需、特に「核開発」に優先的に注ぎ込まれた。

 

    先軍政治の大黒柱である「核開発」は同時に、国際的な孤立を招いた。金正日は、周辺国を手玉にとった気分でいたのかもしれないが、「国難」といってもいいほどに国力の低下を招いた。

 

    「先軍政治」が窮状を招いた

 

    「先軍政治」を掲げる限り、経済立て直し、国際的孤立からの脱却は難しい。少なくとも金正日はできなかった。経済では統制強化で切り抜けようと、デノミを強行したが、混乱を増しただけ。

 

    また、韓国には砲撃を仕掛け、恫喝で孤立を脱却し、言うことを聞かせようとしたが、これも裏目に出て、援助は全面的に止まったままだ。

 

    金正恩は、28歳、後継決定から1年余。国力衰弱と外交孤立という「負の遺産」はあまりに重い。

 

    余談・金正日は特異な独裁者

 

    余談になるが、近代の独裁者の中で、金正日は特異な存在ではないか。今年、中東では「ジャスミン革命」が起こり、何人かの独裁者が消えたが、登場時は、混乱した政治をただし、国民を救う志を持っていた。

 

    少しさかのぼっても、ドイツのヒットラー、日本の軍部も、政治の混乱に義憤を感じての権力掌握だった。金日成も、日本の植民地支配に苦しんだ祖国の建て直しを願っていたはずだ。

 

    ところが、金正日は31歳で「継承者」に内定した時から、金日成体制の確立、唯一領導体制いわゆる独裁体制の維持強化が目標だった。人民は救う対象ではなく、絶対服従を強いる対象だった。他の独裁者と大きく異なる。

 

    独裁者は国家運営の過程で、権力の魔力とうまみに魅入られ、さらなる独裁を手に入れるようと、ますます独裁の度を増す、という悪循環に陥り、破滅する。

 

    独裁の極限にまできた

 

    金正日は、後継者としての教育訓練の20余年、加えて最高権力を手に入れて17年―。約30年の間、権力の魔力を存分に味わい、魅入られた。この経験の結晶が「先軍政治」である。独裁の極限である。

 

    しかし、特異な理屈で練り上げた体制を維持するのは容易ではない。かつての社会主義による国家運営もそうだったが、如何に理論的であっても、人間と実利を無視した国家運営は、国民の怨嗟を招く。

 

    そして、人々を支配するため、強権を発揮せざるを得なくなる。しかし、完全な抑圧の仕組みはなく、権力者は身の危険と不安に襲われる。金正日が世界一といわれる身辺警護の仕組みを作ったのはそのためだ。

 

    「21世紀の独裁体制」という実験

 

    金正恩は、こうした極端な独裁を引き継ぐことになるのである。21世紀の今、地球規模で情報化がすすみ、1国家が孤立して経済運営はできない。情報統制を必須条件とする独裁体制が成り立つ環境にはない。

 

    しかも、父親の「負の遺産」が重くのしかかるなかで、国家運営の訓練も不十分な28歳の青年が、独裁者として存在できるのか。壮大なというか、あまりに時代錯誤な実験でもある。

 

    この実験が成功するには、指導者のカリスマ性、苛烈な人民抑圧、側近の絶対忠誠が必要不可欠だ。

 

    経験不足、カリスマ性なし

 

    カリスマ性については、いまさら言うまでもない。20数年の後継者としての訓練をした金正日ですら、全面的に父親の威光を借りなければならなかった。

 

    先にも述べたが、金正恩も父親の威光を最大限に利用するしかない。

    「我々は金正日同志の遺訓を守り、主体の革命、先軍革命の道をしっかり歩かなければならない」「われわれは偉大な金正恩同志の先軍指導を忠実に奉る」(12・22)

 

    労働新聞は、1面全面を使った社説を掲載し、すでに金正恩が「先軍政治」の継承者であることを強調している。「先軍」の踏襲は自明のこととしてレールが敷かれた。

 

    しかし、先軍政治で民生経済の建て直しは不可能だ。金正日がここ1、2年、「生活重視」を掲げて「経済大国」を目指したが、うまくいかなかったことでよくわかる。

 

    ということは、人民の食糧不足、飢餓はこれからも続くということだ。指導者が代わっても、腹がみたされないとなれば、人民の不満、不平はますます募る。

 

    強硬路線に傾く危険

 

    根本的に食糧問題が解決されなければ、人々の不満は、強権によって抑えざるを得ない。金正恩は1年前に公式に登場して以来、公安、軍機関に関わっているといわれる。

 

    このところ、中朝国境の脱北者に対する取り締まり強化を金正恩の指導という情報もある。指導力を誇示するためにも、まずは取り締まりや統制を強める可能性は高い。

 

    全人民が哀悼という官製報道の一方で、「食料不足でそれどころではない」「外へ出たら泣くが、家ではそんなことはない」「金日成主席が亡くなった時とは違う」など、脱北者経由の情報もある。

 

    北朝鮮でも遅ればせながら携帯電話が普及してきた。平壌中心で、外国との通信はできないが、100万台を超えたようだ。不穏な動きがあれば、あっという間に広がる。

 

    まして、言論統制の中で、口コミはかねて発達している。直ちに民衆蜂起にはいかないだろうが、混乱が増すのは避けられない。「大実験」失敗の大きな原因になりうる。

 

    「改革・開放」を巡る確執も

 

    もう一つ、「実験」の成否を左右するのは側近だ。今のところ、金正恩の側近は叔母で軽工業相の金敬姫(65)、その夫で国防委員会副委員長の張成沢(65)、人民軍総参謀長の李英鎬(69)の三人だ。

 

    国政全般と軍の両方から金正恩を支える。二人は万景台革命学院の同窓といわれる。しかし、この二人がどこまで連携していけるのか。利害が対立すれば、金正恩の基盤は大きく揺れる。

 

    側近の確執の原因はいくつかある。忠誠競争とともに、対立の火種になるのは「改革・開放」への対応だ。

 

    張成沢は、かねて中国との関係が深く、中国が求める「改革・開放」に理解があるといわれる。一方の李英鎬は、当然軍の利害を代表する。「改革・開放」には否定的だ。

 

    これまで、金正日が「改革・開放」に消極的だったのは、軍の強力な後押しとけん制があったからだ。この問題が容易でないのは、権力世襲の正統性にかかわってくるからだ。

 

    「改革・開放」路線への転換は、先軍路線すなわち金正日路線の否定を意味する。同時に金正日の威光で後継者に定められ、歩き始めた金正恩の権力基盤の足元が崩れることになる。

 

    しかし、「改革・開放」なしに、北朝鮮は国家として破たんするとなれば、「金正日後」の始まった今が、路線転換の好機であることも間違いない。

 

    中国の関与は必至

 

    「改革・開放」を巡る確執には、中国の強い関与も予想される。中国はかねて、金正日に「改革・開放」を求め、何回となく中国の経済特区、先端技術工場などを見学させた。

 

    しかし、金正日は独裁体制への悪影響を恐れて、ささやかな経済特区を作っただけだった。このため、中国は今回の権力移行を好機とみて、金正恩後継をいち早く承認した。

 

    中国は当然、かねて深いつながりを持つ張成沢を通じて、「改革・開放」を迫るに違いない。しかし、武力集団である軍がこれに素直に従うと見るのはあまりに楽観的過ぎる。

 

    これまで側近間の権力争いが表面化しなかったのは、金正日という重しがあったからだ。しかし、重みのない金正恩では、争いを抑える力はない。そうなれば、金正恩はただの飾り物になる。

 

    「三代独裁」と「改革・開放」は二律背反

 

    「改革・開放」は、北朝鮮が「国難」から抜け出る唯一の方法だろう。路線転換は早晩、金正恩後継権力が真正面から向き合わなければならない課題であり、独裁体制を揺るがす最大の要因になりうる。

 

    北朝鮮独特の「三代にわたる独裁体制」と、国家立て直し=「改革・開放」は二律背反だ。金正恩は、遠くない将来、この狭間に投げ込まれる。

 

    「28歳の独裁者」という実験は失敗してほしいが、実験室ではなく、2千数百万の人々の生命と生活に直接かかわる国家という場で行われるのが問題だ。何とも残酷にして、はた迷惑でもある。

 

    「白頭山が生んだ偉人を追慕する弔意の広場に数多いカササギも飛んできて悲しく鳴いている」「17日午前、白頭山の山頂池の氷が割れ大きな音が響いた」(朝鮮中央通信)

 

    自然現象を領導者の権威づけ、神格化に利用する手法は今回も健在だ。そのうち、金正恩の権力世襲を寿いで二重の虹が大空にかかりそうだ。後継者を支える勢力に、時代錯誤という認識はないのだろう。