「火の海」と「チョコパイ」、あまりの落差 岡林弘志 (2011.11.28) 北朝鮮は「火の海にするぞ!」という脅し文句が好きだ。延坪島砲撃1周年でまたこの文句を使っている。その一方で、開城工業団地では、韓国側がおやつに出しているチョコパイをもっとよこせ、代わりに現金をよこせ、などといじましい。「背に腹は代えられない」のだろう。 今度は「青瓦台を火の海に」 「共和国に一発の砲弾でも落ちるなら、延坪島の火の海が青瓦台の火の海に…なることを明記しなければならない」(11・24朝鮮中央通信) 朝鮮人民軍最高司令部は、延坪島砲撃1周年(11・23)に際しての韓国軍の演習に対して、激しい発表文を出した。 そのあとも朝鮮中央通信は「挑発者は代価を支払わなければならない」という題目の論評を発信し、「延坪島の火の海は、数千倍の復習の火の海に広がり、逆賊一味の本拠地をすべて燃えあがらせる」(11・27)と、またまた「火の海」を強調している。 韓国軍は、1周年に際して、1年前の砲撃に対しあまり有効な反撃ができなかったことを反省、今年は「砲撃の基地だけでなく、後方の指揮所や支援勢力にまで打撃を与える」ことを想定して演習を行い、平壌も攻撃可能な射程280kmの空対地ミサイル搭載の戦闘機も参加させた。 韓国の演習にいら立ち 北朝鮮は、これに神経を逆なでされたようだ。また、韓国側の演習に対抗して、燃料などがひっ迫する中、それなりの演習をせざるを得ず、この辺もいら立つ原因になっている。 この強硬発言に合わせて、金正日総書記と金正恩親子が軍部隊を二日連続で視察した。まずは、昨年の延坪島砲撃を行った4軍団・233大連合部隊司令部を訪れ、「戦闘動員態勢を万全にしつつ西海海岸を鉄壁で守るよう」指示した(11・25)。 翌日には空軍第1016軍部隊に出向き、「米帝侵略者と南朝鮮かいらい好戦狂に無慈悲な復讐の銃火を浴びせる気概に満ち溢れている」様子を見て、満足の意を表した。これも北朝鮮が、韓国側の動きに神経過敏になっていることの裏返しだろう。 ただ人民軍司令部は、昨年の延坪島砲撃について、あらためて「神聖な共和国領海に先に発砲してきた挑発者に対する正々堂々たる自衛的措置である」と、韓国側が先に仕掛けたという主張を繰り返している。 これに対して、韓国の李明博大統領は、6月に新設されたソウル郊外の「西北島嶼防衛司令部」を訪れ「いまだに北の公式謝罪がない」とあらためて、北の謝罪を求めた。この点で、韓国側の姿勢に変更はなく、南北間の関係改善は当分見込めない。 15年前からの脅し文句 それにしても、北朝鮮は「火の海」が好きだ。最初につかったのは、1994年の第1次核危機の時だ。北朝鮮の核開発放棄について、交渉が進まないため、米韓の中には核施設空爆や「軍事的対応」などの強硬意見が出ていた。 こうした折に開かれた南北の特使交換のための実務代表者協議で、北側の代表が「制裁や軍事挑発があれば、38度線からの砲撃でソウルを火の海にする」と発言、席を立ってしまった。 「火の海」発言を韓国のメディアは大きく取り上げた。この衝撃もあって、米国はカーター元大統領を訪朝させ、金日成主席と会談、南北首脳会談の開催などで合意した。 北朝鮮は、このときの「火の海」発言の効果が忘れられないらしく、その後も脅し文句として時々使ってきた。あるいは、これ以上の脅しの表現を思いつかないのかもしれない。しかし、「狼少年」ではないが、その効用も薄れてきて、今回の「火の海」発言に対して、韓国軍当局者は「対応する価値がない」とにべもない。 「チョコパイをもっとよこせ」 一方、韓国のメディアを最近にぎわせたのが「チョコパイ騒動」である。舞台は、北朝鮮・開城の韓国企業の工業団地。北朝鮮の労働者のため、おやつに配っている韓国製「チョコパイ」の量について、進出企業が一定にするよう申し合わせた、という話だ。 チョコパイは、パイ生地を使ったソフトケーキ。韓国ではオリオン(旧東洋製菓)が作り始め、ロッテも生産、女性や子供に人気がある。韓国映画「JSA」でも韓国軍兵士が北の兵士にチョコパイをやる場面があったと思う。 開城工業団地は2004年12月に操業を開始。韓国企業は当初からチョコパイ2‐4個をおやつに配っていたが、労働者の多くはこれを食わず、家に持って帰って子どもに与えたり、中には市場に持っていってカネに換える労働者もあり、人気は高まる一方。 このため、北の労働者からはもっと量をふやしてくれという要望が多く、中にはノルマ達成の褒美として8個、10個と配る企業も出てきた。となると他の工場の労働者も黙っていないなど、騒ぎは大きくなるばかり。 これに悲鳴を上げた123の進出企業が支給数を横並びにするなり、ガイドラインを作るよう北朝鮮当局や韓国の関係部署に申し入れることになった。というのが一連の騒ぎである。 もう一つ、9月には北朝鮮当局の意向を受けた労働者代表が、チョコパイでなく、現金で支給するよう韓国側に要請した。北の体制にとって「韓国製」の人気が高まるというのは、面白くないからだ。 開城団地は最大のドル箱 とはいうものの、北朝鮮にとって、開城工業団地は南北間では最大のドル稼ぎの場だ。2008年、金剛山観光が韓国人観光客射殺事件で途絶えているため、一層「ドル箱」としての価値を高めている。 このため、韓国統一部によると、9月末の北朝鮮労働者数は、4万8242人と過去最多。9月の生産額も3682万ドル(約28億3400万円)と、やはり過去最高を記録した(11・16連合ニュース)。 北朝鮮労働者の賃金は、ドルで支払われる。平均月収は約85ドルといわれる。単純に計算すると、総額4800万ドルになる。給与は北朝鮮当局を通じて労働者には北朝鮮ウォンで支払われる。しかも、7,8割をピンはねしており、当局にとってこんなおいしい話はない。 そのうえ、韓国側は土地の賃貸料などの名目で北側にドルを支払っており、北は一方的にドルを吸い上げる仕組みになっている。打ち出の小槌のようなもので、文字通りの「ドル箱」だ。 さらに、「韓国政府は対北柔軟化措置の一環として、団地周辺の道路改修や通勤バスの運行拡大を計画しているため、北朝鮮労働者数と生産額の増加は続くとみられる」(同上)という。 「火の海」の前に足元は「火の車」 要するに北朝鮮は、口では「火の海にするぞ!」などと脅しながら、足元は「火の車」だ。このため、昨年の韓国哨戒艦沈没事件や延坪島砲撃の際、韓国側が対北交流を遮断したのに応じて、北も金剛山の韓国側施設などを没収したが、開城工業団地の閉鎖は言わなかった。 「ドル箱」を失うわけにはいかないからだ。「チョコパイ騒動」はその延長線上の出来事。現金なものだ。まさに建前と本音の違いをありありと見ることが出る。 |