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海を経ての脱北が目立つ
岡林弘志
(2011.11.11)

 

    このところ脱北者が目立つ。しかも多くの困難が伴う海上経由でだ。北朝鮮は、来年の金日成生誕100年を寿ぐため「強盛大国の大門を開く」と宣伝しているが、生活苦を象徴する脱北は減りそうもない。

 

    黄海に脱北船が相次ぐ

 

    10月30日未明、月が見えないこの夜、黄海の北方限界線(NNL)
付近を警戒する韓国海軍は忙しかった。

    午前3時ごろ、延坪島近くで板に自動車のタイヤをつけた粗末ないかだを見つけ、男性一人を救助した。

 

    この男性は、前夜9時ごろ、黄海南道カンリョン郡の海岸から漕ぎ出し、南西に向かう潮の流れに乗って、韓国領海内に達した。直線距離で13kmだ。

 

    それからわずか10分後、白翎島近くの大青島西方の40km沖合で小型の木造船を見つけた。21人が乗っており、未成年者8人を含む5家族が乗っていた。うち女性は10人。なぜか犬2匹も乗っていた。

 

    この一団は、平安北道宜川郡の漁村でワタリガニ漁やカキの養殖を営んでおり、一人が兄弟姉妹に呼びかけて決行した。ここから発見場所までは200km近くもあり、「決死行」だったことが分かる。

 

    中国船を使っての脱北も

 

    さらには、11月4日未明には、黄海海上で、24人が中国船から韓国船に乗り換え、韓国の仁川港に入国した。こうした方法での脱北は3月に続いて今年2回目だ。

 

    日本がらみでは、9月13日、金沢沖に9人が乗った小型の木造船が漂着、日本海沿岸で海軍の管轄下で漁業をしていたといい、韓国行きを希望し、韓国へ移送された。

 

    脱北者は、今年に入り、これまでの累計で2万人を超えた。このうち海上を経ての脱北者はわずか2%にすぎない。船舶の数が少ないのと軍などの監視が厳しいためといわれている。

 

    「市場資本主義」が後押し

 

    それなのに、ここへきて海上経由が目立つのはなぜか。一つは、「闇市資本主義・市場資本主義」が広がりつつあるからだ。今回21人で脱北した漁師は、中国との密貿易にかかわっていた。

 

    3年前から脱北を計画、中国の水産業者を通じて、かなりの距離を航行するのに必要な部品を買い集め、エンジンは耕運機のそれを改造した。また、航路を間違えないために、中国製の船舶用衛星航法装置(GPS)を購入し、「今回非常に重要な役割を果たした」という(11.8朝鮮日報)。

 

    このほかに、密航するには少なくとも1週間分の燃料、食糧、水などが欠かせない。こうした品々は、配給で調達できるわけはなく、市場が脱北に大いに役立ったはずだ。

 

    中朝国境の警備が格段と厳しく

 

    一方、脱北の定番ルートである中朝国境は厳しくなっている。10月25日、両江道恵山市の鴨緑江、北側から中国側の岸辺に着いた40代とみられる男性が、北の国境警備隊によって射殺された。

 

    この様子は、たまたま現場近くにいた韓国にある脱北難民人権連合会のキム・ヨンファ会長が目撃、携帯電話で撮影した映像は韓国のテレビで放映され、衝撃を与えた。

 

    脱北者支援団体などによると、公安関係を掌握といわれる金正恩が登場して以来、脱北者の射殺命令が出るなど取り締まりが一段と強化された。今回の様な射殺事件は度々起きているという。

 

    また。国境警備隊が強化され、特別訓練を受けた部隊が配置された。ブローカーなどとの癒着を防止するため、配置換えも頻繁に行われているという情報もある。

 

    さらには、取り締まり強化に中国側も一段と協力しており、「6月には鴨緑江で北朝鮮と共同巡察チームが稼働し、密輸や脱北者の取り締まりに乗り出した」(聯合ニュース)という。中国も人道無視に手を貸しているのである。

 

    脱北経費も高騰

 

    また、警備強化に伴い、脱北費用が高騰しているという。警備兵へのわいろも含めブローカーへの手数料は700万韓国ウォン(約50万円)前後。二年前の約500万韓国ウォンに比べて、約1.5倍になっている(9・14東京新聞)。

 

    これらの理由から、このところ海上経由の脱北が目立っているのだろう。

 

    韓国へのあこがれが実感に

 

    そして、もう一つ明白なのは、北の社会の中で韓国の経済力について実感を持って認識されるようになりつつある、ということだ。21人で脱北してきた一団の主導者は、かねて北の体制はだめと思ってきたが、中国の密貿易業者から韓国の経済発展の様子を着て脱北を決断した。

 

    金沢沖経由で、脱北した漁民は、韓国の映画やテレビのDVDで、やはり韓国の発展した様子を見て脱北を決行した。

 

    かつて、北朝鮮へ行った時、案内人などに韓国の経済発展をどう思うか質問したが、知識として知ってはいるが、実感がないためか、「羨ましくはない」と答えていた。

 

    しかし、救援物資や闇で中国製品とともに韓国製品も市場に並び、韓国のテレビ番組、映画、音楽などが何年も前からひそかに出回る中で、北と比べて格段と豊かな韓国が実感として広がりつつあることの反映だ。

 

    それにしても、「強盛大国」の掛け声は勇ましく、2年連続で「人民生活の向上」に力を入れているはずだが、脱北者はなくならない。人々が生活向上を実感していないからだろう。

 

    平壌の街は交通量も増え、服装もこぎれいになっているが、地方は相変わらず、食うに事欠く状態が続いているようだ。宣伝で腹は満たされない。これでは脱北はいつまでたってもなくならない。

 

    最大10万人もの脱北孤児

 

    先ごろ「中国に脱北孤児が最大で10万人」という報道があった。中国の人権問題などを監視する米議会の「中国に関する議会・政府委員会」の最近の報告書を、ボイス・オブ・アメリカ(VOA)放送が伝えた(11.4)。

 

    中国内の脱北女性が北朝鮮に強制送還される場合、中国人との間に生まれた子供の相当数は中国人の父に棄てられたり、取り締まりで親子離れ離れになる。いわゆる脱北孤児だ。

 

    中国はこうした子供の国籍を認めず、市民権がないため、教育や医療のサービスを受けられない。韓国の脱北者支援団体もかつて2万人の脱北孤児がいると推定しており、万単位の孤児が中国に棄てられている。

 

    また、委員会の報告書は「中国内の脱北者の7割近くが女性で、10人に9人は人身売買される」とみている。脱北者がなくならない限り、悲惨な子どもたちは増え続ける。

 

    脱北防止より独裁強化

 

    こうした悲劇も含めて、国を逃げ出す人々が多いということは国家の政策の誤りの結果であり、恥ずかしいことだが、独裁体制は取り締まることはしても、脱北の原因をなくす努力はしない。

 

    脱北者が目立ち始めて、すでに2,30年が経つ。しかもこのところ増える傾向にある。人民生活よりも独裁体制の維持強化を最優先にするこの国のあり方を浮き彫りにしている。