独裁者の最期は哀れ 岡林弘志 (2011.10.26) 独裁者の最期は哀れだ。歴史の必然だが、「中東の狂犬」と言われたあのリビアのカダフィも例外ではなかった。隣の独裁者はどうだろう。 排水管の中で捕まった 「撃つな」「殺さないでくれ」 カダフィの最後の言葉は、こんなことだったらしい。権力維持のために住民を虐殺し、内戦になってからは外人傭兵を使って自国民に銃を向けた男の言葉とは思えない。 しかも、NATO軍の空爆や反カダフィ勢力の攻撃にあって、国内を逃げ回り、最後は、排水管に隠れているところを見つかり血だらけになって引きずり出された。42年にわたる独裁をほしいままにしてきた独裁者としては往生際が悪い。 このカダフィも、1969年に無血クーデタによって王制を倒し、登場した時は颯爽としていた。当時27歳、そのころの映像を見ると、引き締まった精悍な顔つきは、新しい国造りに情熱を燃やす心意気が見て取れる。笑顔も魅力的だ。 しかし、権力は恐ろしい。やがて権力の魔力に魅入られる。国民30人に1人という秘密警察を支配下において、政権や独裁者に対しての批判は一切許さず、当局者の思うがままにしょっ引き、処刑した。権力維持強化が至上命題になってしまった。 さらに公式には「直接民主制」と称して、憲法や議会、政党を許さなかった。なんてことはない人民は政治にはかかわらせず、直接支配したのは自ら。まさに「朕は国家なり」を実践した。 「アフリカ諸王の中の王」 始末の悪いことに、リビアは世界有数の石油埋蔵量を誇る。このカネを利用して独裁体制を固め、しかも富を独占するため、一族や出身地の部族を権力や経済の中枢に据えた。 「アフリカ諸王の中の王」 名誉欲を満たす狙いいもあって、アフリカの貧困国にカネをばらまき、歓心を買い、アフリカに君臨する夢を見続けた。 対外的には、権力掌握当初の反欧米が民衆から受けたこともあり、やがて情報機関、工作機関を使って、欧米へのテロをくりかえした。欧米からの非難をさらに反欧米に利用して、国内を締め付けた。 “鬼子”を育てた大国のエゴ このいびつにして残忍な指導者“鬼子”を作り上げた責任は大国にもある。東西冷戦の時代、エジプトに対してと同様、各国がリビアに銃器や地雷、戦車、戦闘機、ミサイルなど大量に売り込んだ。とくにソ連は最大の輸出国だった。 冷戦後も欧州各国は、石油資源の獲得を狙って、カダフィに取り入った。対岸にあるイタリアは友好関係を作り、ベルルスコーニ首相とカダフィは、お互いに「友よ」と呼び合った。 イギリスも、北海油田の枯渇に伴い、リビアからの輸入を確実にするためブレア前首相はリビアと和解した。2009年にはパンナム機爆破のテロ犯を「余命3カ月」、人道措置として、リビアへ帰した。このテロ犯は今も生きている。 カダフィ政権の情報機関の跡からは、米国のCIAとも協力関係があったことをうかがわせる秘密文書も見つかっている。また、中国も資源を狙って巨額の投資をし、友好関係を強めていた。 いわば大国のエゴもあって育てた独裁者に、置き去りにされたのが、一般の民衆だった。国民一人当たりのGNPは、1万ドルを超えるのに、貧富の差が激しく、失業率は30%を超えるという。 かくして、チュニジア、エジプトと続いた「ジャスミン革命」は、両国に挟まれたリビアに飛び火するのは必然でもあった。 北朝鮮の体制はより過酷 ところで、われわれの隣の独裁者はどうか。民衆に倒された中東の独裁者と奇しくも同じ年齢、しかも両国は友好関係にあった。大いに気になるどころか、神経質になっているに違いない。 しかし、近い将来、北朝鮮で民衆蜂起が起たり、金正日体制が崩壊するという見方はほとんどない。中東ははるかに遠いということもあるが、北朝鮮の独裁体制はより強固だからだ。 リビアからの報道を見ながらの感想だが、独裁者への忠誠の度合いが違う。カダフィの悪口は直ちに牢屋行き、街々にはカダフィの肖像画などが飾ってあるが、全国民が「金日成バッジ」や各戸ごとの金親子の肖像画といったようなものを強要されることはなかった。 また、移動の自由、居住の自由までが厳格に制限されたようでもない。隣のエジプトなどには多くの出稼ぎが出ているし、かなりの若者が欧米への留学もし、欧米の空気を吸っている。北朝鮮の過酷な閉鎖体制とは違う。 それに反カダフィ勢力がたちどころに武器を手にして立ち向かったのには驚いた。北朝鮮では一般国民がこれほど銃を手にすることはできないし、軍の武器管理も厳しいはずだ。 また、カダフィの出身部族以外には様々な差別もあったが、北朝鮮のように出身成分を細かく分け、ごく一部の成分しかおいしい目に会わないという過酷な身分制度はないようだ。北朝鮮の分裂支配は過酷だ。 それに、リビアは一方が海、三方が砂漠や山岳地帯、しかも面積は176万平方キロ。北朝鮮(12・2平方キロ)の14倍だ。国民の掌握にもおのずと限界がある。 北朝鮮の方は、東西は海、南北は鉄条網で遮られている。それに面積も独裁を敷くのにやりやすい広さなのだろう。 「ジャスミン革命」はまだ匂わない 残念ながら、北朝鮮の「ジャスミン革命」は、しばらく起きそうもない。金正日はこれまで、外国で独裁者といわれる国家指導者があえない最期を余儀なくされた際には、必ず警護態勢を強化してきた。 それに、金正日は、カダフィ政権の崩壊の原因は、2003年に英米に騙されて大量破壊兵器開発を放棄したことにあるとあらためて思ったに違いない。米朝接触が始まったが、核を手放すことはあり得ない。 また金正日は、健在を誇示するように「現地指導」に励んでいる。広徳養豚工場、985軍部隊(10.22)、4304軍部隊(10.20)、咸興市のビナロンや肥料工場、近郊の協同農場、鉱山(10.17)・・・・・・。(朝鮮中央通信) しかし、肝心の食糧問題は好転の兆しが見えない。最近現地入りした国連のエイモス事務次長(人道問題担当)は「子どもと妊婦の栄養失調が深刻」「食糧配給が三月からの一人一日400gが7月から200gに半減した」(10.24)という。 食糧需要530万tに対して100万t不足というここ数年の状態は相変わらずのようだ。北朝鮮の報道を見ると、来年の金日成生誕100周年に向けて、各分野での目標達成、大躍進などの活字が躍るが、どこまで具体的に進んでいるのか。 「強盛大国」→「強盛国家」→「強盛復興」 そのせいだろう。大々的に宣伝してきた来年の「強盛大国」があやしい。今年に入って、「大国」ではなく、「強盛国家」と呼ぶようになった。9月の日本からの訪朝団に対して、経済当局者は「本格的には来年末から土台作りが始まる」と明言した。 来年は「強盛大国」実現の年ではなく、ようやく土台作りに着手するというのだから、大幅な先送りだ。しかも9月末からは「強盛復興」という言葉を使い始めた。「復興」というからには、かつての状態を取り戻すということだ。 昨年10月、経済当局者は「1988年の水準に戻すのが当面の目標」と、20年余り前の経済力をいまだに取り戻せていないことを明らかにしたが、大号令にもかかわらず「復興」はなっていないのである。いずれにしろ「大国」には程遠い。 北朝鮮で、民衆蜂起はしばらく起きそうもないにしても、民衆の食えない不満、生活への不満は間違いなく募る。はたして独裁者の最期はどうなるか。 |