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天秤外交の余裕はないか
岡林弘志
(2011.8.30)

 

    東奔西走とまではいかないが、金正日総書記は忙しい。健康不安を抱えながら、今度はロシアへ出かけ、帰りがけに中国へも寄った。「強盛大国」を半年後に控えて「自力更生」には限界がある。天秤外交というより、両国に無心して、外交孤立と経済の困窮から何とか抜けようという焦りがにじみ出ている。

 

    「おかげで楽しい旅をしている」

 

    17両編成の緑色の列車がゆるゆるとユーラシア大陸東部の一角を一回りした。全行程6000km、8日間(8・20-27)に及ぶ長旅だ。航空機を使えば、ほんの数時間の旅程だろうが、大げさなことだ。

 

    「大統領のおかげで楽しい旅をしている。また、私に会うためにこんな所まで来てくれて大いに感謝する」

    金正日はメドベージェフ大統領との初の首脳会談(8・24)の冒頭で、珍しく笑顔を見せながら謝意を表した。

 

    本来は、招いた方が感謝するのが普通だが、金正日にとって、9年ぶりのロシアの旅はかなり満足だったのかもしれない。

 

    六カ国協議に無条件復帰でロシアのに柄を

 

    「金総書記は、六カ国協議への無条件復帰と核・ミサイル実験凍結の用意を表明した」

    ロ朝首脳会談についてのロシア大統領府の発表だ。ロシアとしては、暗礁に乗り上げている六カ国協議に北朝鮮を引き出す役割を果たしたという手柄を立てたと強調したかったのだろう。

 

    これまで六カ国協議では脇役に追いやられていたが、これからは重要な役回りを演じることができるという自負心もみえる。

 

    実は、「無条件」は日米韓への注文

 

    しかし、北朝鮮側の発表をみると―。

    「前提条件なく六カ国協議を一日も早く再開し、9・19共同声明(2005年)を同時行動の原則に基づいて履行することで、全朝鮮半島の非核化を前倒しすべきということで意見を共にした」(朝鮮中央通信)

 

    ロシアの発表とは似て非なるものだ。北朝鮮の「前提条件なく」というのは、北朝鮮がではなく、再開に5つの条件を付けている日米韓に対して註文をつけたのだ。ウラン濃縮活動の即時停止、国際原子力機関(IAEA)監視要員の復帰などの条件を取り下げろと言っているのである。

 

    また「同時行動の原則」もかねて北が主張している。日米韓も国交正常化や核の先制使用禁止、さらには経済制裁解除などを実行しろと求めているのである。これでは、北朝鮮は従来の主張を繰り返したにすぎない。

 

    多分、金正日の発言は玉虫色だったのだろう。リップサービスでロシアとの連携を深めることができれば、こんな結構なことはない。六か国協議でも中ロの支援を得て、当面の課題である経済制裁の解除、周辺国や国際機関の支援再開に道を開くことができる。

 

    経済支援で成果と判断?

 

    もう一つ、金正日が満足したのが、ロシアの経済援助・支援についてである。首脳会談では、ロシアから北朝鮮を経て韓国につながる天然ガスのパイプライン敷設計画を推進するとこで合意した。

 

    「わが領土を提供する用意ができている」
    金正日は首脳会談などで意欲を示したという。通過料や土地賃貸料などで年間1億ドル(約77億円)が入るといわれている。また、いくらかでも天然ガスの供給が受けられれば、深刻な燃料不足の解消にも役立つ。

 

    (もっとも、北朝鮮の延坪島砲撃、金剛山の韓国側財産処分などで、韓国側に警戒心が強く、南北間に信頼関係がないままでの実現は極めて難しい。とらぬ狸の皮算用だ)

 

    今回の訪ロに先立って、5月には対外情報局のフラトコフ長官が訪朝し、食糧5万トンの無償支援を約束している。食糧不足に悩む北朝鮮にとっては渡りに船だった。これがロ朝首脳会談の呼び水になったようだ。

 

    さらに今回の首脳会談では、様々な分野での経済協力で合意し、会談の終了と同時に、ロシアは連邦地域開発相を団長とする経済代表団を平壌に送り(8・26)、具体的な協議を始めた。何とも手回しがいい。大サービス、金正日としては「どうだ!」と言いたいところだろう。

 

    ただ、北朝鮮の対ロシア債務については、ロシアは110億ドルにのぼると説明し、北朝鮮側の帳消し、減額の要請にはこたえなかったらしい。ロシアとしては「カード」としても使える。それほど甘くはない。

 

    対ロ関係改善は必要不可欠

 

    ロ朝関係を振り返ると、東西冷戦がソ連の敗北に終わった後、一挙に冷え込んだ。ソ連は対北援助、とくに石油・重油の供給を停止、北朝鮮のほとんどの工場が止まった。このため、20年も経ったいまも北朝鮮経済は当時の経済力を回復できないほどの打撃を受けた。

 

    その後、ソ連はロシアに変わり、プーチン大統領が訪朝(2000・7)、金正日も訪ロ(2002・8)して、首脳会談を行ったが、ロシアは北に特恵を与えることもなく、大した進展もなかった。北朝鮮にとっても、何もくれないロシアと関係を深める必要もなかった。

 

    しかし、国際的な経済制裁のなか、来年の「強盛大国の大門を開く」大目標の一環である経済立て直しのためには、中国だけでなく、ロシアにも頼らざるを得ないと判断したのだろう。

 

    ロ朝連携強化の陰に中国の存在

 

    同時にロシアの側にも連携強化の必要が出てきた。双方の利害が一致したのである。その大きな要因は中国の存在だ。

 

    ロ中両国間に、双方が社会主義国だった当時の近親憎悪のような厳しい対立はないが、隣国同士の利害が対立するのは通例だ。このところ、両国ともに日本海への関心を高めている。

 

    ロシアにとって、遅れた沿海地方の開発を進め、シベリアで産出する天然ガスなどの輸出を増やすのに、日本海は重要であり、隣接する北朝鮮との関係強化は欠かせない。これまでも北に通じる鉄道建設など様々な提案をしてきた。

 

    これに対して、中国は東北3省の開発・発展のために、日本海への出口を求めて、北朝鮮・羅津港の長期借用、海軍同士の関係強化を進めるなど、日本海での存在を高めている。

 

    ロシアにとって、北朝鮮との関係強化は、日本海における中国をけん制するために有用だ。

 

    一方、北朝鮮は金日成の時代、対立する中国とソ連を交互に刺激して、双方から「友好国特恵」による軍事、食糧、燃料などの援助を引き出した。

 

    最近は、中国との関係ばかりが目立つが、金正日が1年間に3回も訪中したのに、中国は生かさず殺さず程度の援助しかしない。また、行くたびに「改革・開放」や、商業ベースの経済協力を求められる。

 

    こうした中国の対応をけん制し、中国一辺倒を是正するためにも、ロシアとの連携強化は有効に働きそうだ。となれば、かつての天秤外交の復活である。

 

    天秤にかける余裕はなさそう

 

    しかし、今の北朝鮮には双方を天秤にかけ、といった器用な外交術を駆使するほどの余裕はなさそうだ。今回の訪ロの帰りは、中国東北地方を通って、帰国した。

 

    大慶市での戴秉国国務委員との会談(8・26)では、六か国協議について、「朝鮮半島の非核化目標を堅持し、無条件で六か国協議に復帰したい」と述べた。ロシア首脳に示したと同じ対応を伝えた。

 

    また、ロシアでも経済関連施設をいくつも視察したが、中国でも1日ちょっとの滞在、しかも長旅の帰りで疲れているはずなのに、自動車生産工場や油田科学技術博物館などを見学した。経済ではやはり中国がお手本といわんばかりだ。

 

    天秤にかけるどころでなく、中国にも機嫌を損ねないように気配りしているようにみえる。双方からできるだけ多くの支援を受けるため、ひたすら無心するしかない。

 

    異例の即時報道

    今回の訪ロ、訪中は、異例なことに、ロシアのメディア、中国の国営新華社通信なども時間をおかないで、金正日の動向を伝えた。朝鮮中央通信も帰国前に会談内容などを配信した。

 

    8日間ものろのろと列車による“大名行列”をやっていて、この情報化社会で秘密になどできるわけがない。大時代的な報道規制が緩むなら歓迎すべきだ。

 

    それはともかく、ロ朝首脳会談の冒頭のテレビ中継を見ると、金正日の顔はかつてのようにやせてはいないが、かなりむくんでいるように見えた。それでも「強盛大国」や権力世襲のための長い旅に出なければならない。ご苦労なことだ。