やはり世襲も「強権」で 岡林弘志 (2011.6.30) 金正恩が事実上の後継者として、公に登場してから10カ月になる。しかし、順調には進んでいないようだ。人民に食わせられない軍事独裁体制の継続を人民が歓迎するとは思えない。となると、強権を持って推し進めるしかない。取り締まり態勢の強化、更迭や処刑など、穏やかでない情報が漏れてくる。 デモに備えて機動隊を新設 「北朝鮮が特別機動隊の創設」「デモ鎮圧用の装備を中国から購入」――このところ、こんな情報が飛び交っている。 特別機動隊は、昨年創設された。警察組織の一部で、各道、市、郡ごとに組織されている。すでに警察をはじめ役所前や市場、学校、広場など人が集まりやすい場所を選んで活発に鎮圧訓練が行われているようだ。 その装備は中国製だ。おなじみの防護服や防護楯、警棒、ヘルメット、さらには催涙弾、防弾チョッキ、道路遮断用の器具などで、中国東北地方の業者を通じて購入している。 北朝鮮が暴動鎮圧にあらためて力を入れ始めたのは、2009年1月のデノミ騒ぎに恐れをなしてのことだ。住民の生活を直撃したデノミは、激しい反発を引き起こし、各地で騒ぎが起きた。その後も、配給がもらえない地域の住民が食糧を求めて集まったり、市場を取り締まる保安員が商人から暴行を受けるケースも散発した。 さらには、昨年から今年にかけての中東の民衆による「ジャスミン革命」の波及にも当局は神経をとがらせている。 騒動の多発を予測 かつて、大規模な騒ぎには軍が出動していた。「1998年、黄海製鉄所で幹部が労働者に食料を与えるため、資材を無断で搬出したことが発覚し処刑された。工場労働者が集団で抗議行動を行ったため、戦車などを動員して強制的に暴動を鎮圧…労働者はほぼ全員が殺害された」(6・22朝鮮日報) 日頃、殺るか殺られるかの訓練をしている軍は手加減ができない。そこで機動隊による取り締まり、鎮圧に切り替えた。これには、中国の忠告があったようだ。今年2月、中国の孟建柱公安部長が訪朝しているが、様々な助言、「鎮圧装備」の提供などが話し合われたようだ。最近は、鎮圧用車両の購入も商談中という。 北朝鮮当局はこれから騒動が増えると想定しているのだろう。不穏な動きは、断片的にしか漏れてこないが、警察部門のトップである朱霜成人民保安部長が解任された(3・16)。国防委員会は「病気のため」と発表したが、金日成の生家の一部が壊された責任をとってという情報もある。 また、今年初め、リュ・ギョン国家安全保衛部副部長が「高官らの目前で銃弾99発を浴びて処刑された」(6・16韓国・文化日報)という報道もあった。解任や処刑の原因が何かはよくわからないが、こうした処刑がたびたびおこなわれていることは間違いない。 昨年1年で60人以上を公開処刑 「北朝鮮では、昨年少なくとも60人以上が公開処刑された」 国際人権団体のアムネスティ・インターナショナルによる「国際死刑宣言と執行報告書」が明らかにした(3・28) 報告書は、昨年は公開処刑の回数が増加。非公開の処刑まで含めれば、はるかに多くなるだろうと推測する。この中には、すでに報じられたデノミの責任を取らされた文一峰財政相、金正日総書記の列車爆破にかかわって運行計画を漏らしたという金容三鉄道相らも入っているようだ。 金正日は、後継者としての地位を確保する過程で、「横枝」排除のため粛清や追放を行い、権力把握後も失政の責任を取らせるかたちで処刑を行ってきた。また、公開処刑は住民への見せしめもあってかねて行われてきたが、金正日の治世になっても続いている。というより、むしろ増えているということだ。 三代目は現地指導に登場するだけ こうした中での三代目への権力世襲である。金正恩は、昨年9月、大将の称号を授けられ、労働党中央委員、労働党軍事委員会副委員長に就任した。それから10カ月になる。 金日成の若いころに似ていることや、金正日の現地視察にたびたび同行、10月の労働党創建65周年記念日に金正日の横で閲兵したことなどから、日韓のメディアは「事実上の後継者」と扱っている。 しかし、北朝鮮のメディアでは、一度も「後継者」と明言していない。公の場に金正恩の肖像画や讃えるスローガンが登場したとも聞かない。また、4月の最高人民会議で、最高権力機関である軍事委員会委員への登用という予測もあったが、外れた。相変わらず、経歴や金正日との血縁関係、要するに親子であることも報道されていない。 金正日は、後継者内定から公表までの間、「党中央」として、指示や活動が報じられた。今回、名前は報道されるが、現地報道の随行者の一員として登場するだけだ。金正日の健康状態をにらみながらの後継作業だが、随行以外に何をしているのか、公式には不明だ。 デノミについては、金正男が東京新聞とのインタビューで「弟が主導したという事実は知らない」と答えている。当時、何の肩書もなかったのだから、当然ではあるが、うまくいったら、金正恩の手柄に仕立て上げて、後継の雰囲気作りに利用する狙いはあったかもしれない。しかし、デノミは大失敗し裏目に出てしまった。 伝説だけで腹は膨れない また「不出世の指導者」「語学の達人、4ヶ国語に堪能」「3歳の時金日成の漢詩を完璧に書き写した」などの伝説を人民に教えているという情報もある。しかし、伝説で腹は膨れない。 食糧と燃料不足は相変わらず。北朝鮮が大目標とする「強盛大国」の大門を開く2012年は目前。そんな中で、市場があちこちにできたこともあり、口コミを抑えるのはますます難しく、携帯電話も普及し始めた。 まして、後継者として人民が喜ぶ実績を上げられないまま、世襲を進めようとすれば、力ずくで言うことを聞かせるしかない。不平不満を抑えるために、機動隊を新設し、独裁体制や世襲への疑問は、恐怖感を植え付けることで抑える。これが最近の動きだ。 北朝鮮は昨年秋に労働党規約を改定して、金正日が主導する「先軍政治」を国家運営の柱に据えた。そして、金正恩がまず軍事関係の肩書を手にしている。軍隊を握り、軍事などの力を背景に、後継者の地位を確立するという方針の表れだ。 「軍事で実績」しかないか 人民に世襲を納得させるには、実績が必要だ。昨年の韓国哨戒艦「天安」撃沈、延坪島砲撃は、金正恩の主導ともいわれる。当面、人民が食料に困る状態を解決することはできない。軍事で手柄を立てるしかないとなれば、再び暴発する恐れもある。 軍事独裁体制は、もともと内にも外にも強面、強権、力ずくで対応するしかない性格を持っている。世襲作業もその例外ではありえないということだろう。 |