韓国の民主化パターンも類例を見られないほど素晴らしかった。権威主義政権らによる高度成長で中産層が大きくなり、そのインフラに基づいて民主化への欲求が臨界点に達するや権威主義勢力と民主化勢力が平衡をなした。この時点で権威主義勢力は自らの力を抑えて民主化に承服し、民主化勢力も「闘争の慣性」にもかかわらず、さらに過激な「街闘革命」へ走らなかった。中東の「ジャスミン革命」の流血的な過程とは全く異なる、有関当事者たちの相互節制のパターンだった。 今は産業化と民主化以後の時代だ。この時代をわれわれが上手く管理できるかは疑問だ。だが、韓国の現代史には矜持を持つほどの十分な理由がある。その光に対称する影ももちろん無いはずはないが、人間が作る歴史に完璧を注文するのはできない。始める時の選択が良かったものでありながら全体的に、結果的に良かったら良いことだ。これを教科書に大韓民国矜持史観として盛込まねばならない。 柳根一の耽美主義クラブhttp://cafe.daum.net/aestheticismclub 2011-05-14 10:26 |