金正日「人民が私に石を…」 岡林弘志 (2011.3.28) リビアのカダフィ政権に対する多国籍軍の空爆が始まった。北朝鮮では簡単に民衆蜂起とはなりそうもないが、金正日総書記にとって同じ独裁者であるカダフィの命運は気になるらしく、激しい非難声明を出した。しかし、民衆の不満の根源である食糧事情はますます深刻、4月7日の最高人民会議で明るい展望を示すことは難しそうだ。 「最初に米国人、次に韓国、三番目に…」 「眠ると夢を見るが、石をぶつけられる夢を見る。最初に米国人、次に韓国、三番目に朝鮮の住民が私に石を投げる夢を見る」 いまから10年ほど前になるが、訪朝した故鄭周永・現代グループ名誉会長に対して、金正日が思わずぼやいた言葉だ。 さらに、金正日は「どこに行っても、多くの住民が出てきて歓迎するが、実際は住民が私を好きでないことをよくわかっている」とも語った。 鄭周永の6男である、鄭夢準・前ハンナラ党代表が明らかにした(3・27、MBCテレビ「日曜インタビュー」)。 鄭周永は、1998~2000年の間、しばしば訪朝して金正日とも会談した。これは、食事中にやり取りした会話だという。金正日が実権を握って、すでに5年ほど経つ。 人民を完全に掌握できていない現状、人民の信頼を得ていないと同時に人民を信じられない独裁者の心情がにじみ出ている。それだけに、今回のアラブの相次ぐ民衆蜂起には神経質にならざるをえないのである。 「リビアは核を放棄したから攻撃された」 「リビアの人民と生存権を無残に踏みにじる最大の反倫理犯罪だ」 北朝鮮外務省は、多国籍軍がカダフィ政権派の攻撃を開始したことについて激しく非難した。(3・22朝鮮中央通信) 北朝鮮のメディアは、中東で起きている民衆蜂起―独裁者追放の動きをほとんど伝えてこなかった。ところが、米英仏軍などによるカダフィ派に対する軍事攻撃開始(3・19)は、わが身に引きつけて重大と判断したらしく、素早い反応を示した。 リビアは2003年に制裁解除などを条件に、高濃縮ウランを使った核開発計画を放棄し、査察を受け入れた。しかし、金正日は六カ国協議で合意した核放棄を拒否して、今日に至っている。 北朝鮮の理屈からいうと「リビア核放棄方式というのは、安全担保と関係改善という甘言で相手を凍結させ、武装解除させたのち、軍事的に襲う侵略方式」(北朝鮮外務省)というわけだ。 多国籍軍が軍事介入に踏み切ったのは、カダフィが最新式の軍備や傭兵を使って反体制派や住民の殺害を始めたためであり、国連安保理による決議に基づいてのことだ。カダフィが核放棄をしたから攻撃したのではない。北朝鮮による論理のすり替えはいつもことだ。 「だから言ったこっちゃない」という金正日の得意顔が見えるようだ。「われわれが選択した先軍の道は、千万回正当で、その道で整えた自衛的国防力は重要な抑制力になっている」(同)と、先軍政治の正しさを誇示すると同時に、核武装の正当性について念押ししている。 穀物は昨年よりさらに不作に そうだからと言って、独裁体制が安穏なわけではない。北朝鮮で、民衆が不満を抱いているのは、人権抑圧から始まって、党や軍部、政府当局者らの不正腐敗など独裁体制による治世に対してだ。 特に、我慢ならないのが食糧難だ。平壌はともかく地方の疲弊は著しい。最近の韓国農村経済研究所の予測によると、今年の北朝鮮の穀物生産は、昨年よりさらに減少するという。(3・11聯合ニュース) 今年の生産量は400万トン。昨年同様の輸入(31万トン)や国際支援(30万トン)を維持するにしても、今年の必要量(535万トン)より80万トン足りない。 生産減少の理由は、肥料不足、例年にない寒波、口蹄疫の影響などだ。さらに、中国とくに東北地方も寒波による被害を受けており、穀物や肥料などの輸出税をあげ、輸出を制限しているといわれる。中国からの輸入減少も加わり、人民の飢えはさらに深刻になる。 2009年冬のデノミ失敗は、北朝鮮の人々に結果として、市場への依存を深めた。取り締まり当局との間のいざこざも頻発している。食料をはじめとするモノ不足が物価の高騰を招くのは、経済のイロハだ。韓国統一省によると、昨年2-5月の間に、肉やくだもの、野菜、石鹸などの日用品が3-5倍高騰したという。 口蹄疫の豚も掘り出し市場に 今年2月、朝鮮中央通信は、昨年末に豚など1万頭が口蹄疫に感染、数1千頭が死んだと発表した。死体は埋められたが、いくつの地方では、住民が翌日に掘り起こして、市場で売ったという(3・22デイリーNK)。 口蹄疫にかかっても肉は人間には害がないといわれるが、汚染拡散を防ぐため殺処分して焼却あるいは埋めることにしている。 食料不足の北朝鮮でそのまま放棄するのかと思っていたが、やっぱりである。当局は、殺処分・放棄をするよう指示しているが、ほとんどの豚は掘り起こされ、市場に出回ったようだ。 当局に摘発された住民もいたが、そこは「蛇の道は蛇」、保安員とぐるになって密売する住民も出てきた。豚の取引中止や豚肉の品薄、それに普通の豚肉より安いこともあって、売れ行きもよく、取り締まりはしり抜けになったという。 3代目の処遇はどうなる いずれにしても、食糧難は住民の不満の種であり続けている。 そんな中で、北朝鮮は、来月7日に最高人民会議の第12期第4回会議を開くと発表した。 例年この時期に開かれ、予算案などが決められる。今回について日韓メディアは、金正恩・党国防委員会副委員長が国家の最高機関である国防委員会の副委員長に選任されるかどうかを注目している。 国防委員会委員長は「最高領導者」(憲法第100条)であり、金正日が就任している。金正恩が副委員長になれば、権力世襲体制はここに整ったことになる。 ただそうなると、権力の分散を招く可能性が出てくる。果たして、金正日がそれを許すか。最高人民会議の議題として出てくるか。 こうした手続きはともかく、世襲が順調に進むかどうかは、まず人民の腹を満たすことができるかにかかっている。同時に、来年の金日成生誕100年を機に目指す「強盛大国」実現の成否もかかっている。 北朝鮮は、かなり前から自力で食料を含む経済分野の「大国」実現は困難と判断したようだ。このため、中朝関係の強化を目指し、韓国や米国に対する対話攻勢を展開している。 対話攻勢は食料確保が狙い? かつて最大の援助をした韓国に対しては、様々な分野で働きかけをしている。金大中・盧武鉉政権の10年間の援助額は70億ドル、年間7億ドルのカネ、食料、肥料を与えてきた。こんなおいしい話はない。 韓国の援助再開はのどから手が出るほどほしい。2月はじめには北の要請で南北軍事実務者接触が行われたが、北が延坪島砲撃などへの謝罪を拒否し、物別れに終わった。今度は日本の東日本大地震にひっかけて、白頭山の噴火に備えた共同調査をやろうという提案をした(3・22)。こじつけもいいとこだ。 韓国の財閥、現代グループの創始者である故鄭周永名誉会長の命日(3・21)を前に、金正日は「鄭周永先生は民族和解と協力の道を切り開いた」という追悼親書を送った。 さらに、金養建・労働党統一戦線部長は、開城の現代峨山グループの事務所を訪れ花輪を贈った。しかし、植物は検疫のため通関できないため、リボンだけという不手際もあったが、南北交流に努力している姿勢を示そうとしたのだろう。 「天安」撃沈や延坪島砲撃について、謝罪をしないまま、対話のきっかけを作ろうという思惑が見える。 韓国側は、南北交流や援助・貿易再開には、北の謝罪が大前提という原則を堅持している。 3月26日は哨戒艦「天安」撃沈から1年。韓国海軍は黄海、日本海、南側の朝鮮海峡などで大規模な海上射撃訓練など(3・25-27)、陸軍、空軍も総合火力訓練(3・24)を実施した。 一方で、米国のカーター元大統領が北朝鮮へ行くという報道がある。北朝鮮が強く働きかけている。これも、米朝対話のきっかけを作ると同時に、そうなれば韓国も対話・援助に踏み切らざるを得ないという皮算用があってのことだろう。 独裁者追放に時の勢い 北朝鮮で、中東の様な民衆蜂起が起きない原因の一つは、携帯電話やインターネットがさして普及していないからだ。しかし、すでに30万台を超える携帯電話が平壌を中心に使われている。 さらには、閉鎖社会の常として口コミは発達している。リビアの動向も人々の間に広まりつつあるようだ。市場(いちば)経済の広がりにより、金正日に対する忠誠心は下がらざるを得ない。体制を揺るがすマグマはたまりつつある。 チュニジアから始まった民衆蜂起は、エジプトに波及し、いまはリビアで反体制派が武力を使いカダフィ派と戦っている。さらに強固な独裁と言われたシリアでもアサド大統領追放の大規模デモが広がっている。独裁者が消え去るのは時の勢いだ。 今回の北朝鮮による多国籍軍のリビア攻撃非難は、もし北朝鮮で住民が騒いでも他国は介入するなという警告を発したつもりだろう。しかし、足元が揺らいではどうにもならない。 冒頭に紹介した金正日の悪夢が正夢になる日はやがて来る。 |