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「実利」より「扇動」「宣伝」
岡林弘志
(2011.1.31)


    独裁体制は「宣伝」「扇動」で成り立っている。今年の北朝鮮は「強盛大国」を1年後に控えて、大宣伝してきた「人民生活」という「実利」を住民に保証するのが難しいとみてか、「宣伝」「扇動」で人民の期待をつなげようとしているようだ。

 

    今年のテーマソングは「勝利の歌」

    元旦の「労働新聞」「朝鮮人民軍」「青年前衛」の3紙は、例年のように「新年共同社説」を掲載――この件は、日本や韓国でも報じられたが、実は例年のように1面トップではないことが、最近わかった。

 

    というのは、日韓は対北経済制裁をやっているため、印刷物の直接取引ができない。労働新聞などは中国経由でくるため、異例の紙面づくりをしているのがすぐにはわからなかったからだ。

 

    「勝利の道」。共同社説に代わって1面を飾ったのがこのタイトルの歌だった。

     「はるか遠くの革命の道に流した血は赤旗にあり、勝利の千万里のうえに栄光の足跡がある。領袖に従って始めたこの革命、必ず将軍に従い、勝利を轟かせん」(1番)
2番には「苦難の千里をいけば、幸福の万里が来る」という歌詞もある。

 

    この歌は1998年に発表された。「苦難の行軍」の最中で、いまは苦しいが、やがて明るい未来があると宣伝するためのもので、金正日総書記が「思想が素晴らしい」と絶賛したいわくつきの歌だ。

 

    さらには、1月24、25日の労働新聞にも「勝利の道」を讃える論評が掲載された。「時代を揺るがす総進軍の主題歌」であり、「2001年の主題歌」と強調し、「首領様(金日成)に従って始めたこの革命を必ずや将軍様(金正日)によって勝利しよう」と呼びかけている。

 

    北朝鮮は2000年に「苦難の行軍」で「勝利した」と宣言してから10年が経つ。昨年は「強盛大国の理想を全面的に花開かせる土台が築かれた」(共同社説)というのに、どうしたことか。やはり昨年の最優先目標だった「人民生活向上」がうまくいっていないのだろう。

 

    それに、党代表者会で登場した三代目、金正恩への権力継承がおもうように進まず、「革命の継承」のキャンペーンを張る必要を感じてのことだろう。
    内外の情勢は10年前の「苦難の行軍」に匹敵する、という認識の表れだ。ここは歌で気持ちをあおりたて頑張れ。今年一年、北朝鮮では「勝利の道」が鳴り響きそうだ。

   

    「人民生活」から眼をそらす作戦か

    新聞の元旦1面は、そのメディアの「一年の計」を象徴する紙面づくりをするのが通例だ。まして北朝鮮で一番権威がある労働新聞ともなれば、金正日の意向をそのまま反映するとみるのが常識だ。

 

    一面は歌、ことしの施政方針である共同社説は2面。というのは、新年にあたっての金正日の価値観からは、施政方針より宣伝扇動を目的とする歌の方が重要と判断したことになる。

 

    ちなみに、他の2紙は外国へ出すのを禁止しているが、朝鮮中央テレビの新聞紹介によると、「青年前衛」も1面は「金日成元帥に捧げる歌」。「朝鮮人民軍」の紙面は不明。このほかに共同社説を掲載した内閣機関紙「民主朝鮮」も1面は「信念高く進もう」という歌だったという。

    1面に歌を載せるのは、これまでも何回かある。最近では昨年10月1日の労働新聞も全面を使って「栄光を捧げよう偉大なわが党に」という歌を載せている。金正日が党総書記に再推戴され、10日後に党創建65周年記念式典を控えていた時だ。
    しかし、元旦付け紙面では、今年が初めてだ。

昨年10月1日付の『労働新聞』。

一面いっぱいに「栄光を捧げよう偉大なわが党に」の楽譜

    「造語」が踊る共同社説
    ついでに、今年の「共同社説」の感想を言うと、例年も言葉だけが踊っているが、今年はその度合いが増している。これでもかこれでもかという感じだ。

 

    「尊厳高い」「金日成朝鮮」を「強盛大国」にするため、「老熟し洗練された」「金正日政治」が偉大な勝利を収め、「軍事優先朝鮮」の「気概が全世界に轟いた」。
    「継続革命」の精神、領導者と生死をともにする「思想的純潔体」「組織的全一体」としての「前衛隊伍」を整えるべきだ。

 

    このほかにも、様々な闘争の「炎が高くめらめら燃えあがり」「一大旋風が全国に吹き荒れ」「総攻撃の山びこが全国にこだまする」……。
    こうした文章を考え出す筆者は、前より刺激的な表現を使わなければならず、ご苦労なことだ。しかし、誇張すればするほど、実態とはかけ離れる。むなしい。

 

    「共同社説」で、もう一つ気になったのは、昨年同様「人民生活向上」を最優先に掲げたが、具体的分野としては「軽工業」だけになり、「農業」が落ちたことだ。

 

    「農業」は「軽工業」「金属・電力・石炭・鉄道」「化学工業」の次に位置づけられている。北朝鮮の食糧事情は、昨年肥料不足と水害で、前年より悪くなっているはずだ。なぜ最重点施策から外したのか理解しがたい。

 

    軽工業については、「今年の総攻撃戦の主要攻撃戦線」と強調している。これは党軽工業部長である金正日の実妹、金敬姫の存在が重みを増していることを反映してのことか。
    金敬姫は昨年9月、大将の称号を与えられ、党代表者会で政治局員に選ばれた。金正日の側近の中でも現地指導への同行回数が一番多く、三代目・金正恩の母親代わり、後見人ともいわれる。

 

    「経済10カ年計画」は絵に描いた餅か

    「実利」より扇動・宣伝の匂いが濃いのは、内閣決定の「国家経済開発10カ年戦略計画」(1・15)もそうだ。

 

    担当機関として「国家経済開発総局」を設立し、インフラ整備、農業、電力、石炭、燃油、金属、地域開発などに力を入れ、2020年には「先進諸国の水準に堂々と発展する」のだという。ただし、具体的な数字などは、例によって公表されていない。

 

    大言壮語はともかくとして、問題は実行機関として「朝鮮大豊国際投資グループ」に委任されたことにある。昨年1月外資導入の公式窓口として設置されたものだ。

 

    ということは、「10カ年計画」は外資導入によって実行するという意思表示か。北朝鮮も外資なしには経済立て直しができないことを認識している証拠にはなるが、実際には北朝鮮が核開発を止めて、経済制裁が解除されない限り不可能だ。現にこのグループはこの1年外資導入の実績はないという。
    来年2012年には「強盛大国の大門を開く」と明言してきたが、実は「門」に入るだけで、強盛大国の実現は10年後という言い訳にために使おうという思惑もありそうだ。

 

    10年後には、幸せな生活を送れるという期待を抱かせ、それまでは辛抱しろというあたりが本当の狙いかもしれない。

 

    大寒波襲来でさらに食料不足

    そんな期待も凍らせるような大寒波が北朝鮮を襲っている。
朝鮮中央通信は「約1カ月間の最高気温が氷点下になったのは、(観測を始めた)1945年以来初めて」と報じた。

 

    気象当局者によると、昨年12月24日から1月19日までの日中最高気温の平均が氷点下4.9度、最低気温の平均は氷点下15.6度だったという。このため人民生活や春の農作業の準備に「少なくない被害を与えている」という。暖房用の石炭や薪が暴騰という情報もある。

 

    米政府系のラジオ自由アジア(RFA)によると、北朝鮮当局は住民に対し軍用米の単位に供出を求めている(1・19)。工場や企業所、人民班などの単位に割り当て、事実上の強制だ。

 

    同様な措置は、1997年、2002年に行ったことがあり、昨年初めには軍用米160万トンを各地域に割り当てたが、確保できなかったという。
また、金正日が昨年末に米80万トンを確保するよう海外公館に指示したという情報もある。

 

    大寒波で、食糧事情はさらに厳しくなるのは間違いない。北朝鮮が災害を具体的に公表する時は、外国に支援を求めるためだ。近く南北接触がありそうだが、人道支援を求める材料に使われるだろう。

 

    北朝鮮の人民にとっては、三代世襲を寿ぐどころか、今年も苦難の生活を強いられることになりそうだ。