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またまた「右手はげんこつ、左で握手」
岡林弘志
(2011.1.11)

 

    朝鮮半島にきな臭さが漂う中、北朝鮮は年明け早々から繰り返し韓国に対話を呼び掛けている。一か月ほど前、休戦協定以来初めて韓国の領土を狙って砲撃したばかりだ。いつもの「恫喝・瀬戸際戦術」だが、麻薬中毒と同じで使い続けると、ますます刺激の強いものを求めるようになる。はた迷惑なことだ。

    背景には、強盛大国実現の三本柱の一つ「人民生活の向上」が思うように進まず、権力世襲も危うい、まずは韓国に「カネとモノ」を出させようという計算がありそうだ。

 

    新年早々から対話呼びかけ

    「無条件の北南(南北)当局間会談を早期に開催することを公式に提案する」
韓国との窓口になっている北朝鮮の祖国平和統一委員会は、8日報道官談話を発表した。同時に赤十字、金剛山観光再開、開城工業団地をめぐる会談を1月末か2月上旬に開こうと提案した。なんともあわただしい。

 

    これは、今年の新年共同社説(1・1)を受けてのものだ。

    「北南間の対決状態を一日も早く解消すべきである」

    「朝鮮半島に作り出された戦争の危険を解消し、平和を守護すべきである」

    「対話と協力事業を積極的に推進していくべきである」

    昨年11月の砲撃などはなかったかの如く、関係改善を呼びかけた。

 

    さらに5日には、北朝鮮の政府・政党・団体が「連合声明」をだして、無条件での対話を呼びかけた。各界各層が「対話、交渉、接触」を通じて、「緊張緩和と平和、和解と団結、協力事業を含め民族の重大事に関するすべての問題を協議・解決していく」のだそうだ。

 

    翌6日の労働新聞は1面トップで、「連合声明」の全文を掲載し、内容を詳細に分析、補強する3つの論文を載せた。

    この中には、金正日総書記の「北南関係の改善は祖国の自主的平和統一を実現するための切迫した要求」などという“お言葉”も引用されている。

    北朝鮮は、韓国への対話攻勢を今年の重要課題に掲げたのは間違いない。自らが「対決状態」を作っておいての提案は、いかにも北朝鮮だ。

 

    昨年も関係改善を求め、のちに砲撃

    北朝鮮は昨年の新年共同社説でも「北南関係改善の道を切り開くべきである」「民族の和解と協力を積極的に実現すべきである」と明言した。

    ところが、実際は、哨戒艦「天安」の撃沈(3・26)、延坪島砲撃・軍民4人死亡(11・23)と、戦争になってもおかしくないほどの武力攻撃を行った。

 

    北朝鮮は、延坪島周辺の海域は、わが方の領海と主張、正当性を強調しているが、黄海にあるこの島々については事実上、韓国の領有を認めてきたはずだ。しかも、170発もの爆弾を打ち込み、多くの民家を破壊、焼失させ、民間人二人を死亡させた。

 

    韓国内には報復が不十分という批判も強いが、韓国政府の自制がなければ紛争・戦争になってもおかしくない状態だった。朝鮮戦争休戦協定違反であることは間違いない。少なくとも、韓国内の北朝鮮不信は一気に深まった。

今回の北朝鮮の対話呼びかけは、右手のこぶしで相手をひっぱたき、足蹴にしながら、左手を出して握手しようというのに等しい。そして、握手に応じなければ、また痛い目に合わせるぞ、と脅しているつもりだろう。

 

    祖平統は「われわれの提案には条件はなく、その真意を疑う必要もない」と念押ししているが、真意は極めて疑わしい。

    また、「南朝鮮の現政権発足後、一度も対話らしい対話ができなかったのは非常に遺憾で、慨嘆すべき」と人ごとのように言っている。

 

    李明博政権が南北相互主義という常識的な対北政策をとったことに腹を立てて、南北関係を断とうとしたのは北の方である。

    昨年5月25日、祖平統は「南朝鮮当局とのすべての関係を断絶し、李明博の任期中、当局間対話と接触を中止する」と宣言した。

 

    当面、砲撃は危険と判断

    それでも北朝鮮が対話攻勢に出ざるを得なかった「真意」は、いくつかある。

    一つは、北朝鮮が当面、再び韓国の領土・領海への砲撃はできないと判断しているためだ。

    昨年は韓国側に、北朝鮮がそこまで荒っぽく出てくることはないという油断や判断間違いがあった。軍の備え、情報分析も甘く、北朝鮮に付け入る余地を与えた。

 

    このため、韓国は北朝鮮の再挑発に備えて、黄海の5島の「軍事的要塞化」へ着手し、自走砲などの攻撃用装備も増強しつつある。同時に、米韓合同演習や韓国軍の単独演習などを頻繁に行っている。

    李明博大統領も、新年早々「北の挑発には断固として強力な懲罰を与えるだけだ」と決意を新たにしている。こんなときに攻撃すれば、飛んで灯にいる夏の虫だ。

    二つ目は、日米韓が「南北関係改善が最優先課題」ということで意見集約したことを十分に意識してのことだ。中国も様々なパイプを通じて武力行使を抑え、話し合いで事を処するよう働きかけているのも念頭に置いているのだろう。われわれは対話の努力をしているというアリバイ工作だ。

 

    もうひとつは韓国への揺さぶりだ。北朝鮮の「連合声明」は、韓国側の「当局・民間、与党・野党、進歩・保守を問わず」各界各層に対しても「無条件」での対話を呼びかけた。韓国では様々な意見や考えが許されている。親北勢力にも発言の機会を与え、世論の分裂を広げて、南北関係で自らが主導権を握るなどの狙いからだ。よく使い手だ。

 

    最大の狙いは韓国のカネとモノ

    対話攻勢の最大の狙いは韓国の支援にある。「強盛大国」建設まで残り1年、しかし、経済の疲弊は続き、当面の最優先課題に据えた、「人民生活向上」は思うように進まないからだ。手っ取り早く韓国のカネとモノを手に入れて、強盛大国の体裁を整えようという虫のいい計算が見え隠れする。

 

    「今年、再び軽工業に拍車をかけ、人民生活向上と強盛大国建設で決定的転換を起こそう」

    今年の新年共同社説の見出しである。

 

    昨年の回顧の部分で、人民生活向上の部門は、「大高潮の各激戦場で爽快な勝利の砲声を鳴らした」と誇らしげに書いている。

    しかも、それは金正日総書記の「想像を超越する強行軍現地指導によって彩られている」。健康不安を抱えながらご苦労なことに「厳しい酷寒と猛暑、暴雨と吹雪をかき分け、昼夜の別なく」行われたのだ。

 

    確かに、昨年1年、金正日は精力的に現地指導で全国を回った。韓国統一部によると、公開行動は161回、最多記録を更新したという。このうち、経済部門が63回で最も多かった。軍関係38回に比べても、如何に経済に力を入れたかがよくわかる。

    脳卒中で倒れた08年は97回、昨年は159回だった。

 

    もっとも、現地指導そのもの民生経済の足を引っ張っているという見方もある。「将軍様」が経済や経営論理にかかわりなく、「太っ腹」なところを見せるため、大風呂敷を広げ、大盤振る舞いをするため、結果として経済をゆがめるからだ。

 

    実際に、今年も「人民生活向上」を最優先目標に掲げたところをみると、うまくいかなかったようだ。共同社説も「人民の生活水準を強盛大国の高みに引き上げなければならないという差し迫った課題」を解決せざるを得ないと素直に書いてある。

 

    ちなみに、韓国統計庁によると、2009年の南北の経済格差は、37対1(GNI=名目国民総所得)だという。韓国は8372億ドルに対して、北朝鮮は224億ドルだ。95年は24対1だったから、年々格差は広がっている。

 

    昨年秋、北朝鮮当局者から、2007年の国民一人当たりのGDP(国内総生産)が638ドル、過去最高は88年の2530ドルだったという数字を聞いた。要するに、22年前の4分の1程度ということだ。

 

    その後、急速にGDPを伸ばしたにしても、88年の水準に戻るのはいつになるのか。そして、そこまで行っても韓国との格差はさらに広がる。「強盛大国」という言葉だけが踊っている。

 

    三代目世襲に「人民生活向上」が不可欠

    これでは、昨年9月末にお披露目した三代目、金正恩への権力世襲もうまくいかない。1月8日は誕生日といわれているが、公式の祝賀行事は伝えられていない。

 

    そもそも、正恩が何年に生まれたかはっきりしない。いまだに経歴を公表しないからだ。かつて金正日は金日成と30年違いにするため誕生年を1年ずらしたようだ。来年は金日成100歳、金正日70歳。正恩は今年28歳と言われているが、来年30歳にすれば、三代続いての区切りがいい年齢になる。めでたしめでたしだ。

 

    それはともかく、「人民生活の向上」が実現しないままでは、世襲もままならない。北朝鮮もよくわかっていて、2年続きで最優先目標に据えたのだろう。

 

    そこで手っ取り早く民生向上を図るには韓国しかない。北が今回会談を提案した赤十字、金剛山観光、開城観光・工業は、いずれも、金大中・盧武鉉政権の時代、北朝鮮が濡れ手で粟をつかむように簡単にドルを手に入れる手段だった。今回の会談再開提案はその復活を狙ってのことだ。

 

    「緊張と制裁」は今年も続く

    しかし、北朝鮮もわかっているように「強盛大国建設は、極度に緊張した情勢と敵の悪辣な制裁の中で」(共同社説)行われているのである。このためだろう、昨年の共同社説にあった「貿易」についての言及が今年はなくなった。「対外市場を拡大し、貿易活動を積極的に展開」と言っても、周辺国による経済制裁の中では、まったく成果を上げることができず、むなしいことがわかったからだ。

 

    今回の虫のいい対話提案に対して、韓国は慎重に対応を検討しているが、「天安・延坪島」の謝罪なしには、話は進められない。簡単に応ずるような雰囲気ではない。

    米国に対しても、昨年11月訪朝した核専門家に、ウラン濃縮施設をわざわざ見せて、米朝対話をするよう誘いをかけている。しかし、北が非核化を具体的に進めるという前提条件は変えていない。

 

    日米韓は、1990年代の第1次核危機以来、北朝鮮の「恫喝・瀬戸際政策」に振り回されてきた。ここ2,3年、ようやく学習の効果もあって、だいぶ腰が据わってきた。経済制裁を解除する動きも出ていない。

 

    北朝鮮の思惑通りに進まなくなりつつある。そのために、「極度に緊張した情勢」を自らが作り上げ、さらに国際的孤立を深めるという自己撞着に陥っている。

 

    「強盛大国の大門を開く」2012年を目前にして、北朝鮮は今年も様々な術策を弄するに違いない。物騒なことも含めて。