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「生活向上」と「強盛大国」のせめぎあい(北朝鮮旅行記・8)
岡林弘志
(2010.11.15) 
    今回の旅行で、もっとも耳にし、目にしたのは、2012年の「強盛大国」建設に向けての動きである。そんな中で、表面化したのが「三代目」への権力世襲の準備だ。金正日総書記の健康不安がささやかれる中、独裁体制を続けるためには欠かせない。しかし、そのために不可欠な「生活向上」は、人々の欲望も含めて「個」を目覚めさせる。はたして独裁強化と両立できるのか。そんな疑問も抱いた。 

万景台に来ていた小学生、この子たちの未来は

「国歌」が二つ?

    周知のように、北朝鮮には国歌はない。南北統一までお預けとなっているからだ。そこで事実上の国歌が、「金日成将軍の歌」である。事あるごとにこの歌が流され、毎日の朝鮮中央テレビの放送開始時間には、必ず流されていた。

    今回、テレビを見ていて気が付いたのだが、「金日成将軍の歌」のあと、必ず「金正日将軍の歌」も流される。「金日成―」の方は演奏だけだが、「金正日―」の方は歌詞も付いている。 

三大将軍(金日成将軍、金正日将軍、母親の金正淑抗日女性大将)の肖像画(万壽台芸術社)

    帰ってきて、10・10の軍事パレードの録画中継を見たが、やはり開始の時は、二つの歌が演奏されていた。だいぶ前からだろうが、国歌を歌う際には、必ず二つの歌を歌うことになっているのだろう。事実上の国歌ではあるが、二つの国歌というのは世界でも珍しい。

    三代目になったら、三つも演奏するとなると時間がかかり大変だなどといらぬ心配をしたくなる。

    各部門で2012年目標達成のノルマ

    「発電能力年間100万kwを12年末までに達成することができる」

    社会科学院経済研究所の李基成・上級研究員は「4大先行部門」(金属、電力、石炭、鉄道)の一つ電力についての目標を示した。煕川の大規模水力発電所(30万kw)などを建設中で、小規模の基礎発電所も各地で作動し始めていると説明する。

 ビル建設工事現場(平壌市内)

    また鉄道についても、「全線の電化は終わっており、新たな機関車の開発、レールの重量化を進めており、12年までには輸送量は大きく増える」という。

 

    「強盛大国」の思想、軍事部門はすでに達成した。残りの経済大国を2012年までに実現するというのが、北朝鮮の当面の最大目標だ。

 

    大同江果樹総合農場でも、主な作物であるリンゴについては、12年までに本格的に稼働させ、ha当たり35tから50tに収量を上げ、全体として35000t収穫が目標という説明を聞いた。 

 

    ついでに、平壌市内のどこからでも見える高さ約300mの105階建て「柳京ホテル」は、長い間、コンクリートの壁が風雨にさらされており廃墟のように放置されていた。これも金正日の指示で12年には完成するのだという。すでに、外側の8割ほどは淡いブルーに変わっていた。 

 

外装はほぼ完成した柳京ホテル。2012年の完成を目指す

    おそらく全国の工場や協同農場、各職場で、12年までの目標を立てているのだろう。問題は、限られた資材、資金、燃料の中で、このノルマが達成できるかだ。「自立更生」と言うが、無から有を生じさせるには多くの無理がある。

 

タイル工場内の「決死貫徹」の石柱。ノルマ達成が至上命題

 

    また、これまでは資材や、燃料の取り合いが激しく、結局軍需産業が最優先され、民生経済を衰退させた苦い経験がある。同時にノルマ達成を金科玉条にしたため、虚偽の報告をしたり、収穫物や製品の中身をごまかしたり、という弊害が社会主義各国で見られ、崩壊の原因にもなった。こうした教訓は生かされているのか。

 

    「三代目」が盛んにテレビに登場

    「強盛大国」の2012年のもう一つの目標は、金正日後継体制の確立だろう。労働新聞などは明言していないが、金正日の健康不安が消えないなかで、金正恩・労働党中央軍事委員会副委員長への権力継承に目途をつけるのは必須条件だろう。

 

    「不世出の領導者を迎えたわが民族の幸運」

    「青年大将同志は英知と識見、神秘の判断力と無比の胆力を持つ」

    北朝鮮の地域での有線放送も含めて各種メディアは、金正恩の「偶像化」を展開し始めた。とくにテレビでは10・10軍事パレードの閲兵や現地指導の様子を放映している。

 

    また、各職場や地域での学習でも、1年以上前から金正恩がいかに優れた人材であるかの教育が行われているようだ。こうした光景や事情は、旅行者には見せてくれないし、説明もなかったが、さまざまな形で漏れてくる。

 

    韓国の聯合ニュースは(10・12)、咸鏡北道で使われた「農民扇動資料」を紹介している。金正恩は08年12月に黄海北道・沙里院の協同農場を金正日と訪れた際、標準肥料表の間違いに気が付き、新たな微生物肥料を提示した。これに従うと、翌年は1町歩当たり最高で15tのコメが収穫できた。住民らは「(全国の)農場を金正恩大将が訪れれば、我が国の食料問題は自然に解決するだろう」とあきれた、という。

 

    これから、12年に向けてこうした偶像化作業はますます盛んになるはずだ。

    問題は、住民たちが三代にわたる偶像化、神話化を素直に受け入れるかどうかである。

 

    「市場」は欲望を刺激する

    金正日は、「私は、人民がまだトウモロコシの飯を食べていることがもっとも胸が痛い。いま私が行うべきことは、この世で一番立派なわが人民に白米を食べさせることである」(2・1、北朝鮮のウェブサイト「わが民族同士」)

 

    食糧難を率直に認めている。生産量が回復せず、配給が滞るなか、先にも述べたが、2002年7月以来、人々は「市場」によって、衣食を手に入れ、商売でカネを稼ぐことを知った。「市場」は生存のための欠かせない存在になっている。初期の資本主義が北朝鮮に根を張りつつあるといってもいいだろう。

    北朝鮮が昨年末、デノミと市場規制などの統制強化を行ったのは、そこに独裁体制の危機を感じたからだ。今回の旅行で聞いた経済当局者は「われわれはあくまでも自立更生のウリシック(われわれ式)社会主義でいく」「中国式の改革開放は採らない」と明言した。 

 

普通江の水でベンツを洗車

    しかし、デノミなどの措置に対して住民は強く反発し、当局は規制を大幅に緩めざるを得なかった。今以上に統制を強めるのは事実上できないということだ。「市場」は人々の生活を維持する必須の手段であるだけでなく、同時に欲望を刺激する。より多く、よりうまいものを食いたくなり、よりきれいな服を着たくなり、商売を覚えた人たちはより多くの利益を上げたくなる。

    こうして、人々が「個々の事情」を優先するようになれば、統制はきかなくなり、独裁体制の危機だ。今回、平壌の街を行き来する人たちを見ていて感じたのは、この人たちは「失うもの」を持ちつつあるということだ。既得権を失うとき、人々は激しく抵抗する。
地方を垣間見ての感じたのは、平壌との格差である。かつてよりは住宅もきれいになった感じもするが、自動車の交通量も含めて、平壌の比ではない。また、「市場」資本主義が広まれば、貧富の格差は広がる。

    平壌と地方の格差、所得の格差は、人々の不満を刺激する大きな要因になる。

 

開城郊外のアパート

 

 

 

 

機上から見た平壌北方の農村地帯。

山の上まで畑になっている

 

 

    「人民性格の向上」は両刃の剣

    また、もし、今年の目標である軽工業と農業を飛躍させ、「人民生活の向上」がうまくいけば、人々は食うに困らなくなる。食料に心配がなくなれば、人々の関心は身の回りや政治、人権や自由に向いていくのは必然だ。同時に「市場」資本主義は本来、自由を求める。資本主義と自由は裏腹の関係だ。自由がなければ商売はできないからだ。

 

    韓国では70年代に統制を強める時の政権に対する不満が爆発し、各地でデモが起き、ついには朴正煕大統領暗殺にまで至った。朴大統領による「漢江の奇跡」によって食うに困らなくなってのことだ。中国でも、政府批判が時々表面に出てくるが、これも経済成長により、食うに困らなくなった人々が政治の自由、表現の自由などを求めてのことだ。また、地方の格差、所得格差に対する不満や抗議も混じっている。

 

    北朝鮮に話を戻すと、食糧問題をはじめとする「人民性格の向上」が実現しなければ、人々の不満はますます強くなる。かたや、食うに困らなくなれば、政治的な欲求が高まる。いずれにしても「革命の首脳部」を「決死擁護」する独裁の論理とは相反する。もろ刃の剣である。2012年に向けて独裁体制にとっては頭の痛い問題だ。

 

    携帯電話は体制の脅威

    北朝鮮も遅ればせながら(昨年3月からか)携帯電話が広がりつつあるようだ。エジプトのオラスコムという会社(最近ロシアの会社に買収されたという情報もある)の携帯が導入され、すでに15万台とも聞いた。今年初めには12万台という報道があったが、かなりの速さで普及しているようだ。

 

    実際に、われわれの案内人もよく携帯で連絡を取り合っていたが、ホテルのロビーでも携帯をかけながら歩く人たちをよく見かけた。ホテルのエレベーターガールも携帯を持っていた。これからもどんどん普及するのは間違いないだろう。

    外国との通話はできないそうだが、国内の情報はあっという間に広がる。権力者の都合のいい情報よりも、むしろ都合の悪い情報の方が素早く伝わるだろう。携帯電話はそうした性癖を持っている。これも独裁にとっては脅威だ。

    北朝鮮では、2002年にも携帯電話の導入が許可されたが、2004年に金正日を狙ったといわれる列車事故が起き、犯人らが携帯で連絡を取り合ったとみられ、禁止になった。しかし、多くの人々が便利さを覚えたら、簡単に禁止とは行かないだろう。

 

    「強盛大国」の三つの要素、思想、軍事、経済すなわち「人民生活の向上」は並び立つのか。平壌の街で、今も変わらず金日成バッジを胸に付けて行き来する人々を見ながらいろいろ考えさせられた。

 

(了)

 

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