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遺体安置宮殿は「神格化」の極致(北朝鮮旅行記・7)
岡林弘志
(2010.11.10)

    金日成主席の遺体を安置した「錦繍山記念宮殿」を初めて訪問した。金正日総書記は、父親の神格化を通じて、後継者としての地位を確立し、死後も「遺訓統治」などの形で、父親の威光を最大限に活用してきた。この宮殿は神格化の極致である。

 

    延べ340mの動く歩道 

    「錦繍山記念宮殿」は青空を背景に威容を誇っていた。

 

錦繍山記念宮殿、前の広場で記念写真を撮る

    われわれの案内人は、前夜に翌日の日程を説明しながら、「あすはネクタイをしてきてください」と言った。

 

    当日、一行はバスで現地に着き、待合所に入った。ここには主として外国人やVIPが使うところのようで、このときはカナダ、スウェーデン、中国人らが待っていた。在外朝鮮人もいて、女性は一張羅のチマチョゴリで着飾っていた。

    待合所のすぐ右手に路面電車の停車所がある。この路線は地下鉄「赤い星」駅との間をつなぐ専用線だ。2両連結の電車が着くと、いかにもおのぼりさんという雰囲気の団体や、そろいの黒っぽい人民服を着た職場の団体などが降り立ち、屋根つきの外廊を通って、宮殿に向かう。われわれもそのあとに従った。

    靴の消毒をするマットを踏み、荷物預かり所へ。ここでカバンやハンドバック、カメラ、ボールペンなど、財布以外の所持品はすべて預ける。要するに宮殿内は撮影禁止だ。続いて身体検査のゲート。財布は手に持って、ボディチェックを受ける。

    宮殿へ向かうが、これが有名な長い長いエスカレーター、歩く歩道だ。200m以上真っ直ぐ進み、続いて右に曲がり100mほど、最後に左に曲がって20m。総延長は340mに達するという。そこから、上りの短いエスカレーターにのってようやく宮殿の中へ。ここは2階だ。

 

    まずは大ホールがあって、正面に5、6mほどの金日成の立像。後ろに手を組んだまっ白の立像で、後ろの壁の上半分は空色、下は薄いだいだい色、日の出、夜明けのイメージらしい色彩のライトが当たっている。参拝者は3人ずつ並んで立像の前へ。ここでお辞儀をする必要はないが、おのずと仰ぎ見る格好になる。このホールを出ると、エレベーターで上の階、3階へ。

 

    「永世一緒に」という願い

    最初に入るのが「慟哭の間」。4面の壁には、農民、工場労働者、鉱山で働く人々、子どもや学生たち、要するに老若男女、すべての人民が主席の死を嘆き悲しんでいる姿が浮き彫りになっている。

    この部屋の入り口では、片手で持って耳に当てるレシーバーを手渡される。これには「ソニー」のロゴが付いていた。

    「この壁の彫刻は、単に人民が嘆き悲しんでいる彫刻ではありません。主席様に対して永世一緒にいてほしいという南北の人民の切なる願いがかたまって形をつくったものです」

    いかに人民が主席を偉大に思い、その死を嘆き悲しんだか。そして、世界中の人たちも涙を流したことなどを切々と、そして少し重々しい、朝鮮中央テレビの女性アナウンサーのような調子で説明する。10分余りかかったと思う。

    使用言語は各国語があり、われわれには日本語のものを貸してくれた。これは出口で返すが、説明が終わらないうちに返そうとすると、「すべて聞いてから」と止められる。

    続いて、空気清浄室。二本の太い柱の間を通ると、両側からかなり強い風が流れ出ていて、体や衣服に着いたほこりを吹き払う仕組みになっている。

 

    薄暗い部屋で遺体に淡いライトが

    いよいよ遺体安置室だ。中へ入ると薄暗く、なれない目には足元がようやく見えるほどだ。部屋の大きさは一辺が40m(いずれも目分量)ほどの四角形、天井の高さはかなり高く20mはある。

    天井の真ん中あたりは四角にさらに高くなっていて、かなり濃い赤のライトが当っている。

 

    遺体の安置台は部屋の中心部に置かれている。縦5m、横3m、高さ1・5mの黒の大理石の台座があり、生年と没年を現す「1912・1994」の数字と朝鮮労働党の党旗が刻まれている。

 

    遺体は、周囲よりほんの少し明るく、浮き上がって見える。幻想的な雰囲気だ。黒いスーツにネクタイをつけて、上を向いて横たわり、顔の色は白く、眠っているようだ。胸まで赤い労働党の党旗で覆われている。靴を履いているらしく、足のあたりが盛り上がっている。遺体にはアクリルかガラスのカバーが付いている。縦3m、横2m、高さ1m。

 

    台座の周りは幅2mほどの浅い堀のようになっていて、水が張られているようだった。その周囲は金モールでつないだ高さ1mほどのステンレスの柱で囲まれている。参拝者は、3人一列になって、時計回りに柱の柵の外側を回る。お辞儀をするのは3回、足元と遺体の右側、左側だ。なぜか頭部に向いたところではしない。

 

    立ち止まることなく5分弱。

    われわれの前後には現地の人たちもいた。大声で泣く人はいなかったが、鼻を詰まらせたような音は聞こえた。宮殿に入ってからは、少しずつ厳粛な気にさせられるような仕掛けになっている。

    遺体がスーツ姿や靴を履いたままなのは、執務中に倒れ、最後の最後まで人民のために働いていたことを表しているという。

 

    各国からの勲章、メダルを展示

    霊安室を出ると、勲章展示室。国内での勲章や軍の階級章、そして世界各国から授与された勲章やメダル、「名誉教授」などの称号が各大陸別に並べられている。とくにアフリカ大陸の国々からのものが多い。

    米大陸のコーナーはほとんどが中南米、米国は民間団体からの称号か何かがあった。アジアでは中国や旧共産主義国のものがほとんど。日本からのものは見かけなかった。

    続いて、お召し列車などの展示室。長さ24・4メートル、外側は濃い茶色、内部は明るい黄色を主調にした壁や家具調度。それに愛用のベンツ600V12も展示されている。

    この後は、記帳記録所。かなり広い部屋に立派な椅子と机が17セット。外国からの客はここで記帳する。代表者だけが記帳する。

 

これで、参拝は終わり。同じ歩く歩道を通って、荷物預かり所、荷物を受け取ると、宮殿前広場へ。ここは撮影自由。記念撮影用の台もあって、次々と団体客が来て、真正面に主席の肖像画を掲げた宮殿を背景に、写真におさまっていた。 

 

宮殿内の参拝を終えて広場へ向かう人々

    宮殿の窓は全部ふさいだ

    宮殿は、もともと主席官邸・公邸として使われていた。死後、金正日の指示で遺体安置の記念宮殿に改築された。このため、窓という窓はすべて大理石でふたをされている。正面も大きな窓があったが、いまや石の宮殿だ。ちなみに、宮殿の中もほとんどが白、灰色、緑色、黒色の大理石がふんだんに使われた豪華な造りになっている。

    また、宮殿にふさわしい作りにするため、周りには幅30メートルほどのお堀が掘られ、白鳥が数十羽も浮かんでいる。堀の内側は、鶴と雲を透かし彫りにした大理石製、高さ2mの垣。宮殿正面の入口は国賓など特別なVIPや総書記が来たときなどにだけ使うようだが、その扉は厚さ1m近くもある重々しいものだ。

宮殿を取り巻くお堀、白鳥が泳いでいる

 

正面入り口の遮蔽扉、厚さは80㎝もあるか

    神格化のための巨大建造物は各地にあるが、この宮殿の改造はカネに糸目をつけないで行われたといわれる。案内人に改造費を聞いたが、答えてくれなかった。これまでの報道によると、3億―9億ドル。建物や内部装飾、広場、濠や塀、植林などとてつもない費用がかかったのは間違いない。

    さらに、遺体の保存はロシアの特殊技術を使い、その後の維持管理費もやはり巨額の経費がかかっている。全体の維持管理費は年間500万ドル程か。神格化にはとてつもないカネがかかる、というよりかけているのである。

 

    先に述べたが、9月末に開かれた労働党代表者会はこの宮殿内の大会議室で開かれたという。主席の威光いまだ衰えず、というより独裁体制を強化、権力世襲のために最大限に使われた。ここはやはり「神格化」の極致である。

 

    ちなみに、遺体をそのまま保存し、安置してあるのは、世界で4人だそうだ。レーニン、毛沢東、ホーチミン、そして金日成だ。このうちレーニン廟は、最近行ってきた人によると、厳粛さはまったく消えて観光名所と化し、遺体の横でピースをしながら記念写真を撮る若者もいたという。

  

言いなれた「青年大将同志」(北朝鮮旅行記・1)

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