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「自力更生」と「われわれ式」(北朝鮮旅行記・6)
岡林弘志
(2010.11.1)

 

    「自力更生」「ウリシック(われわれ)式」という言葉は前から使われていたが、今回の旅行でもよく聞いた。国際的な経済制裁が続く中、自前で経済建て直しをせざるを得ない状態のなかでのやせ我慢の表現でもある。今年の目標である農業と軽工業を盛んにして「国民生活の向上」を図ることは可能か。このところ盛んに行われている金正日総書記の「現地指導」も紹介したい。 

 

    「物流」は相変わらず

    垣間見ただけでわかる北朝鮮経済の弱点は「物流」だ。

     一週間ほどの旅行のうち、定番である南北軍事境界線の「板門店」を訪問した。

    平壌から170キロほど、開城までの高速道路。時間にして、2時間ほど。

    北朝鮮のもっとも太い動脈のはずだが、交通量は極めて少ない。対向車線を何台通るか数えたが、10台まで行かなかった。それも、観光バスと乗用車がほとんどで、トラックは途中で故障しているのを含めても3台ほど。高速と言っても高架や高い土手の上にあるわけではない。自転車や歩いている人、中には横断する人もいる。交通量がいかに少ないかはこれでもわかる。

    行った日は週末だったが、それにしても少なすぎる。20年前、15年前とほとんど同じだった。「物流」は活発になっていない。

 

平壌-開城館の高速道路、交通量はわずか

 

収穫物の運搬はもっぱら自転車

    9月から10月にかけては、稲やとうもろこしなど農産物の収穫期だ。板門店への往復や平壌郊外の農村地帯へ行ったとき、目にしたのは、収穫物を入れた袋を2、3個積んだ自転車の群だ。供出のため集荷所へ運んでいるのだろうが、おびただしい自転車が一定の方向へ向かって走っていた。トラックがあれば、一気に運べるはずだが、トラックがないか、あっても燃料不足で動かないか、運輸部門の遅れは著しい。 

    平壌市内は、かつてに比べ自動車の交通量はかなり増えていたが、少しでも街から離れると、交通量は極端に少なくなる。平壌と地方の格差は極めて大きいという印象を受けた。 

    ついでなので田んぼについて報告する。稲は黄色く色づいていたが、目にした範囲では倒れているところはほとんどなかった。かなりの大雨に見舞われたというのに稲が立っているのは、実のつき方が少ないためだ。肥料不足のせいだろう。それに「稲架」は見かけなかった。刈った稲はそのまま田んぼに横たえて干してある。これで雨に降られたら一気に品質、味が落ちる。そうでなくとも土壌からの湿気で味は落ちる。ただ、一か所だけ稲を束ねて立ててある田んぼを見た。

 

 

 「タイル生産で覇権を」

 

珍しく刈った稲を立てて干してある

 

 

大同江タイル工場のタイルのオートメ生産

    「自力更生」のモデルとして、案内されたのが「大同江タイル工場」。

    「強盛大国建設を目指して近代的な産業をさかんにするためにと金正日同志が場所まで定めてくれた」工場である。

    ここではタイルと瓦を生産している。タイルは床、外壁、内壁、模造大理石など。いまのところの年間生産量はタイル400万平方メートル、瓦20万平方メートルに上るという。

 

    自慢は「自主が確立された自主の工場」であることだ。原料を生産する鉱山を持ち、燃料も高熱が必要な部分は石炭のガス化によって賄っている。生産は北朝鮮が誇示する「CNC」(コンピュータ数値制御)化だ。要するにコンピュータ化だろうが、特別進んだものには見えなかった。生産現場がガラス越しに見える「中央操縦室」にはデスクトップのコンピュータ4台が置かれ、4人の「操縦士」が画面をにらんでいる。

タイル工場の「中央操縦室」 

    外国からの視察も多く、ドイツやロシアからは「是非輸出してほしい」という要請がきているという。今のところは国内需要を満たすのに手いっぱいだが、工場責任者は「やがて世界のタイル製造において覇権をとるよう頑張っている」と鼻息が荒い。

 

    この工場は金正日の「現地指導」によって規模を拡大し、さらに別の場所にも工場を計画している。またすべて自前が自慢だが、原料も自前で掘り出すため、鉱山も所有し従業員2000人のうち800人が鉱山労働者だ。また高熱燃料を作るため石炭をガス化し、酸素を吹き込むという方法を採っている。この国にはコークスの埋蔵がないためだ。 

    「現地指導」でリンゴ園はあれもこれも 

    もうひとつモデル農場を案内された。「大同江果樹総合農場」だ。金正日総書記の「人民にリンゴを十分に食わせるように」という指示によって作られた。小高い丘から眺めると、はるか向こうの山裾まで広大なリンゴ園が広がっている。

 

大同江総合農場のリンゴ園、向こうの山裾まで続く

     

    当初は、135haだったが、これも金正日の「どうせやるならもっと拡大しろ」という現地指導で、735haに広げ、さらに265haを加え、約1000haという広大な農場になった。

    2008年12月に着工、09年3月に整備が完了した。深さ60センチを掘り返し、リンゴの育成に最適な条件をつくるため、40センチの有機肥料、20センチの土壌に入れ替えて造成した。これらの作業はすべて軍隊によって行われた。

 

    リンゴの苗は約百万本。このうち32万本はイタリアから輸入し、果樹専門家をイタリアに派遣して勉強させた。昨年3,4月に植樹し、1haに蜂の巣を2箱ずつ置いたため、最初の年は受粉率20~40%。「土壌の栄養がよいので」8月末には初収穫し見せたところ、「将軍様からよくできたとおほめの言葉をもらった」。

    また、「人によってリンゴの好みは違う。世界中の種類を集めろ」という指示で、108種類を集めた。このうち今は5種類を栽培している。

 

    生産目標は、2012年に35000トン。将来はジュースなどの加工品も生産するため倉庫や工場も建設する。それに肥料も自前で調達するため、「豚を飼育して、そこから出る糞尿を浄化し、パイプをめぐらして、リンゴ一本につき一日20リットルを供給できるようにする」という。そして、なぜか10万匹のスッポン農場も計画に入っている。

 

    この果樹園は「実現から管理まですべて金正日同志が計画を立ててくれた」モデル農場だ。ここで働く労働者のために1000戸の住宅も農場内に建てられ、「1戸に1台ずつ、1000台のアリランカラーテレビの贈り物をして下さった」。そのうえ、農場内が広いため不便だろうと、「三千里バス」3台も贈ってくれたのだという。 

     

 工場も農園も「すべて自前」という方針のもとに作られたのだろうが、次から次へと規模や仕事を増やして採算がとれるのか。工場や農場経営の基本、原理にかなっているのか。「現地指導」による特別扱いなしでやっていけるのか。経済に素人ながら、疑問は尽きない。

 

実をつけたリンゴ、密植が気にかかる

    「88年が生産の最高水準」

    経済当局者から北朝鮮経済の話も聞いた。

    当面の目標は「かつての生産水準を突破すること」だ。この「かつて」は1988年だという。20年前が生産のピークで、いまだにその水準を下回っているということだ。

    2007年のGDPは163億6000万ドル、一人当たりのGDPは638ドル。質問をして確かめたが、88年の国民一人当たりのGDPは2530ドルだったという。この数字はかなり大きく真偽は定かでないが、「20年ほど前が一番高かった」と率直に認めたことに驚いた。それにいまだに最高水準の四分の一という数字にも驚く。苦難の行軍はいまだに続いているようだ。

    経済落ち込みの原因として、90年の冷戦終結によるソ連からの原油供給ストップで「石油や重油を燃料としていた工場の多くが止まった」と言う。そして(その後の90年代の第一次核危機による)経済制裁をあげた。

    経済当局者は言及しなかったが、89年に平壌で開いた青年学生祭典もその一因ではないか。過去最多の参加国を記録した88年のソウル五輪に対抗して行われたもので、世界各地の青年学生を招待したため、巨額の経費がかかった。かねて北朝鮮経済の混迷の引き金になったといわれていたが、それを裏付ける数字でもある。独裁体制強化を狙っての「神格化」「偶像化」のための巨大建築物、各種行事も民生経済を圧迫したはずだ。

 

    経済当局者は、「強盛大国」建設の2012年には「過去の最高水準を超える目標を達成するめどがついた」と自信のほどをみせた。そのためには、大雑把に計算しても08年から12年まで20%以上の経済成長が必要だが、これは大変な数字だ。

    今年の具体的目標は、今年の共同社説で打ち出した「人民生活の向上」。このため軽工業と農業に重点を置いている。 

    軽工業では、日用品の生産を増やし質の向上を図る。日用品は400種増やし、靴の生産は昨年比1.5倍。また平壌穀物工場や平壌メリケン粉加工工場など食品加工部門でCNC(コンピュータ数値制御)化が進み、加工品種が増えた。

    ちなみに、「CNC化」は、マスゲームの人文字にも登場したし、労働新聞で使われる唯一のローマ字だ。一種の流行語のようになっている。これは金正日が90年代半ばに「ウリシック(われわれ式)でやれ」「すべてをCNC化しろ」と指導したことから始まったという。最近では金正恩の指導のもとにという学習が行われているともいわれる。 

 

マスゲームで「CNC」を「主体工業の威力」と誇示

 

    農業では、収穫向上のため30年かけて行ってきた「種子革命」「稲の一代雑種」によって、1ha当たり10トン収穫できるようになった。トウモロコシ、ジャガイモ、大豆の「栽培革命」をすすめ、面積も広がった。とくにジャガイモは成績がよく「間もなくアジアのジャガイモ王国になる」。

    長い間肥料不足に悩んできたが、「咸興肥料工場」の尿素生産が「正常化」するなど「来年からは肥料の心配はしなくていい」そうだ。また、トラクター工場も完成し、「農業機械化に有利」という。

    実際にどこまで実現し効果を発揮するかは結果をみなければわからない。印象に残ったのは、「正常化」という単語が何回も出てきたことだ。ことし3月に17年ぶりに再稼働した「ビナロン工場」(咸鏡南道咸興市)は「正常化」の模範だ。これまで長い間正常ではなかったことは認識しているのだろう。

 

    北朝鮮の当面の最大目標は、2012年の「強盛大国」建設だ。とくに未達成の「経済大国」実現を重点に掲げている。そのために解決すべき問題として3項目を挙げた。

    第1は、経済と科学、技術で世界的な最先端突破。

    第2は、原料、燃料の主体化、国産化。

    第3は、対外経済関係を拡大発展。

 

    目標は壮大だが、どこまで実現性があるか。経済政策にかかわる当局者の考え方の一端を伝えることができればと思い書き記した。

 

言いなれた「青年大将同志」(北朝鮮旅行記・1)                    

「主席の威光」は欠かせない(北朝鮮旅行記・2)

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