現代コリア

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今こそ勧めたい警世の書
~長島陽子著『中国に夢を紡いだ日々――さらば「日中友好」――』を読む~
紺野敏武
(2010.10.19)

 

    情けないではないか。自国の領海内で漁獲活動をされたばかりか、それを制止しようとした巡視船に体当たりして来たというのに、その決定的証拠となるビデオを全世界に、どころか自国民にも公開せず、逆に相手国の首相によって、声高に堂々とその正当性を国連で叫ばれ、居直られてしまったとは!

 

    このたびの中国漁船による衝突事件での我が国政府の弱腰と対応の悪さには、ハラワタが煮えくり返る思いの日本人は、決して少なくない筈だ。

    今回の事件は、戦後最大の国難といっていいだろう。それは、中国による東シナ海からハワイ諸島にまで及ぶ遠大な領海・領土侵犯の最初の現れ、その着実な第一歩といっていいのかも知れない。つまり、これはいうならば第2次日中戦争の幕開けであり、わが国は、その緒戦において完敗したのである。

 

    現政府の腰抜けぶりを批難するのは容易い。問題は、かかる弱腰外交を平和外交と錯覚し、戦後、一貫して支持してきてしまった国民のことである。我が国民の意識のことである。

    この、ドロボーが警官になってしまったばかりか、本来警官であるべき筈の国が、無策どころかニセ警官の顔色を窺っている図を、ハッキリ国難と認識し、日本人としての矜恃(きょうじ)と誇りをもって、今こそ一大意識改革をなすべき秋(とき)ではないか。国民意識の変革なくして国の外交の拙劣を正す術(すべ)はないのではなかろうか。

 

    当面の我が国にとっての最も厄介な、しかも脅威の国は、いわずと知れた中国だ。日中国交回復以前から、我が国と中国の間で、日中友好の名のもとに、さまざまな友好活動が行われ広範囲に浸透しているが、今回の事件の後も、これを〝友好〟の御守りとして後生大事に身につけていくことが、却って今後の日中関係改善に役立つ、などと考えるメデタキ同胞も少なくないのだろう。

 

    そのような甘い幻想を打払うのにうってつけの本を、ここに紹介したい。

    それは、長島陽子著『中国に夢を紡いだ日々――さらば日中友好――』(論創社)というタイトルをもつ、中国との訣別の本である。

 

    題名を見ただけでも、著者は、中国と何らかの浅からぬ関わりを窺わせる人のようだが、果たして長島氏は「折り紙つきの親中派」として、たびたび中国を訪れている。

    氏は、1949年の新中国誕生から10年後の1959年に、所属する組合の青年婦人部代表として最初の中国の土を踏む。〝高い志と情熱をもつ〟中国の青年たちの熱烈な歓迎を受けて、氏は夢心地の体験をするうちに一層〝親中〟にのめり込んでいく。そうして、帰国後すぐに日中友好協会に加入し、日中間の国交樹立が成った1972年の春には、今度は婦人訪中団の団長として再び訪中するのである。

    だが、改めて振り返ってみれば、第1回の訪中の頃には、時あたかも毛沢東の「大躍進」が失敗、3600万人以上ともいわれる中国人民が餓死していたのであり、2回目の時は、全ての既存の文化、伝統を破壊する紅衛兵を使っての文革がようやく終息を迎えつつある時期なのであった。

 

    氏の純な感性は、この2度の中国訪問の頃から、中国の発する妙な異臭を捉え始めるのである。

    1964年に中国が原爆実験に成功したときには、仲間とカンパイまでして有頂天になっていたという著者が、中国共産党内部の権力闘争、林彪の奇怪な墜落死、改革開放路線への傾斜、民主化運動の抑圧などを知るうちに、徐々に、そして確実に、かつて自分の中にあった純粋な中国賛美の枠組が溶解していくのを実感するようになる。そうして、それを決定的にしたのが、1989年の天安門事件なのであった。〝人民のため〟の共産党政府が、良心的な同胞の人民に向け無差別に発砲、殺戮(さつりく)したのであったから。氏にとってのやり切れなくも痛切な〝日中友好〟との訣別であり、副題どおりの〝さらば日中友好〟となるのである。

 

    燃える心を胸に憧れていた彼(か)のひとの正体が露(あらわ)になったとき、その恐るべき害毒を、世に広く知らしめるべく本書を執筆しようとしたのであろう。それは、この本の中でも氏自身が内心を明かしているように、自分の不明を恥じながらも、それでも書かざるを得なかった、いわば氏のザンゲ、告白の書でもある。だから、本書を手にした読者は、読み進むうちに著者の乙女の如き純粋さといつわりのない筋道にこころ打たれるであろう。

 

    政界のいわゆる媚中派ばかりでなく、戦後植えつけられてしまった〝侵略者〟としての贖罪(しょくざい)意識もあって、いつしか日本悪者イコール中朝韓聖者なりとしてこれらの国々へ心情的理解を抱く者も決して少なくないだろう。現に今の政権は、ほぼそれらの人間の集団なのだ。本書は、これら目覚めぬ人、と言って悪ければ、くもり無き眼でまっすぐに視ることの出来ぬ人々への警告の書でもあるのだ。

 

    著者はこれを、中国との関わり50年にしてたどりついた痛切な認識であると言う。単なる聞きかじり、あるいは書物、雑誌等からの反中、嫌中ではないとも述べている。氏と日中友好運動で行動を共にした人でも、今なお中国観が変わっていない、かつての同志への失望も大きいに違いない。

    氏は、民主、自由を標榜(ひょうぼう)するジャーナリズムや政党、団体等が、それらを圧殺している国に拝跪(はいき)し、媚びるという倒錯的姿勢に強い危機感と異様さに憤(いきどお)っているのだ。

 

    本書は、中国共産党権力の興亡、その方針の目まぐるしい変遷を概観しつつ現地での知見に基づいて内側からその実態を描いたという点で類書のない異色の本である(氏は、1993年に三たび訪中、1年間滞在している)。いや、内側から描いたといっても、中国滞在の特派員など、例えば朝日新聞他の中国べったりの報告を流しつづけてきた記者たちと違って、真っ正面から見据えることによって自分の眼のくもりに気づき、それを赤裸々に白状した、その潔(いさぎよ)さという点でも特筆されるべきだろう。著者は、神田生まれの江戸っ子という。それゆえでもあろうか、間違いは間違いとして潔く認め、その過(あやま)ちをくり返すまいと自分に戒め、同時に多くの人々にも自分のアタマで考えることを強く促しているかに見える。

 

    中国が、法や国際的取り決めをハナから無視して、遮二無二世界を席巻しつつある今、かかる国への弱腰、見て見ぬふりの事なかれ主義の危険を思うとき、この『さらば日中友好』の副題をもつ本書は、今こそ広く読まれるべき警世の書であると思う。