平壌で見る限り、20年前、15年前からはかなり良くなっているのは間違いないだろう。同行者の何人かと話したが、これは2002年7月の経済改革措置の影響という見方が有力だった。私もそう思う。 この「7・1経済改革」は、国家が資源、燃料を供給できず、配給も止まりがちの経済難をしのぐ苦肉の策だったが、それまでの統制経済、管理経済をかなり大胆に見直すものだった。この改革によって、各企業は原則として独立採算制を採用。さらに「チャンマダン」と呼ばれる市場が公認され、各地に市場ができ、中には体育館ほどの「総合市場」まで登場した。これが人民の生活を変えたのではないか。 人々は市場を通じて、商売をし、カネもうけや食料、モノを手に入れる術を覚え、不足していた日用雑貨などは中国から大量に輸入した。政府の統制が外れ、配給が有名無実になる中で、初歩的ではあるが市場主義になじみながら、人々はたくましく生き抜いたのである。 「市場(いちば)経済」の効用 人間はカネとモノを一度手にすると、それを失いたくない欲が出て、さらにそれ以上のカネとモノを手に入れたがる。資本主義はその欲望を刺激して経済の豊かさを追求する。 こうした仕組みの中では、国家の統制はむしろ邪魔だ。資本主義は自由と裏腹の関係にある。となれば、独裁体制とは相いれない。昨年11月のデノミは、その危機感の表れだ。市場資本主義に一気にブレーキをかけ、統制を強めようとした。 しかし、北朝鮮の人々は、この8年の間に着実に市場(いちば)資本主義によってたとえ少しずつでも欲望を満たす喜びを覚えた。そこまで行かなくとも配給が滞る中、食料や日用品を調達し、何とか生き延びる術を身につけた。別の表現をすると、失うものを持ったのである。 統制が強まれば、再び食糧不足、物不足の世の中に戻りかねない。人々は持てるものを失うとき激しく抵抗する。デノミに対して人々が強く反発したのは当然の成り行きだ。市場の閉鎖や規制、タンス預金の凍結などの措置が次々と緩められたのは、いかに抵抗が強かったかを証明している。 角度を変えてみると、人々はほっといてくれれば、一生懸命に生きて食っていける。なまじ統制を強めるなどお上が経済に口を出すと混乱して人々は迷惑を被るということだろう。 2012年の「強盛大国」実現に向け、権力世襲に向けて強化せざるを得ない独裁体制と、人々の生活に深くしみ込んだ市場(いちば)資本主義とのせめぎあいは、ますます激しくならざるを得ないだろう。かなり明るくなった街を眺めながらの感想だ。 旅行中、案内人に何回か市場の見学を申し入れたが、「スケジュールがいっぱい。次に来たとき行きましょう」などとはぐらかされた。数年前は外国メディアに公開し御たこともあったと思うが、デノミ、市場規制をやった後、再び市場が盛況という光景を見せたくないのか、あるいは物価の動静を知られたくないのか、市場見学は実現しなかった。 言いなれた「青年大将同志」(北朝鮮旅行記・1) 「主席の威光」は欠かせない(北朝鮮旅行記・2) ハンバーグ店、イタリア料理店、遊園地…(北朝鮮旅行記・4) 中朝友好と日朝冷却(北朝鮮旅行記・5) 「自力更生」と「われわれ式」(北朝鮮旅行記・6) 遺体安置宮殿は「神格化」の極致(北朝鮮旅行記・7) 「生活向上」と「強盛大国」のせめぎあい(北朝鮮旅行記・8) |