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「主席の威光」は欠かせない(北朝鮮旅行記・2)
岡林弘志
(2010.10.14)

 

    後継者は登場したが、実権はこれからも金正日総書記が握り続ける――。44年ぶりに開かれた労働党代表者会の最大の狙いは、やはりそこにあるのではないか。この行事の前後に現地の空気を吸っての印象だ。もうひとつ、独裁体制を強化し、「権力世襲」体制を確立するうえで、やはり故金日成主席の威光は欠かせないと思われる場面も目にした。

 

    総書記再推戴を大キャンペーン

    「我々の党と我々人民の偉大な領導者金正日同志に最大の栄光を捧げます」

    9月29日の労働新聞1面。紙面の3分の1を占める若き日の金正日総書記のでっかいカラー写真には驚いた。労働党代表者会(9.28)の内容がこの日の大ニュース。写真の大きさを測ると、縦27㎝横22㎝もある。案内人は「この写真は折らないでください」と言ったが、これほど大きく載った写真を折らないでカバンに入れるのは至難の業だ。

 

金正日総書記推戴の看板

    党代表者会の報道は、総書記への再推戴一色と言ってもいいほどだった。この後もメディアは再推戴を寿ぐ大キャンペーンを展開した。

    「偉大な領導者金正日同志におかれましては朝鮮労働党総秘書として変わりなく高く推戴されたことを熱烈に祝賀」(10・2労働新聞)などの見出しで、慶祝する各界、各地域の代表者らの演説や平壌や各道での慶祝大会の様子が紙面をにぎわせていた。

    朝鮮中央テレビの録画中継は、代表者会の翌日の9月29、30日、10月1日と続けて1日に3、4回も放映し、ニュースの時間には例のおどろおどろしい発声で日本にも知られた女性アナウンサーが出てきて、再推戴のニュースを読み上げるなど、メディアは再推戴の祝賀一色だった。 

 

    また、街のスローガンは、28日の党代表者会までは、「祝賀 党代表者会」などと書かれた看板がいくつもあったが、30日ごろからは「慶祝 総書記再推戴」「総秘書推戴 鋼鉄の党 不敗の党」などの看板に付け替えられていた。 

 

    ちなみに、私が訪朝したのは20年前と15年ほど前。前回は金日成主席が亡くなった翌年になる。このときは当然ながら、街のスローガンのほとんどは金日成にかかわるものだった。今回は大ざっぱに言うと金日成:金正日の割合は3:7か2:8ぐらいの割合か。

 

労働党創建65周年を祝う立て看板

    「21世紀の太陽金正日将軍万歳!」
    「21世紀を偉大な金正日世紀として輝かせよう!」
    「伝説的英雄金正日将軍万歳!」
    「偉大な将軍様だけがおられれば我々は勝つぞ!」
    「いつも偉大な将軍様を奉ることができるよう準備しよう!」

 

    金正日が総書記に就任したのは、1997年10月だ。それから13年たつが、もともと任期があるわけではない。それなのに、今回の代表者会でわざわざ再推戴し、人民全体に祝わせているのは、後継者を決めたけれど、これからも金正日の治世であることをあらためて人々に認識させるためだろう。

 

 

 

    それともう一つは、党代表者会と党創建65周年記念(10・10)に関する大キャンペーンを展開したのは、独裁体制強化と権力世襲を確実に進めるため、これまでほとんどないがしろにしてきた労働党という存在を無視できないことを再認識したからだろう。これまで「金正日国家国防委員会委員長」「金正日委員長」の呼び方が一般的だったが、これからは「総書記」の呼び方が復活するかもしれない。 

 

    平壌の街は、10月10日の党創建65周年の祝賀ムード一色といってもいいほどだった。

    街には労働党に関するスローガンも目立った。

    「党創建65周年を高い政治的熱意と輝ける労力的成果で迎えよう!」

    「全員が党に捧げる労力的贈り物を抱いて10月の広場に誇り高く正々堂々と立ち上がろう!」

    平壌に滞在中、バスで移動したが、平日もあちこちの広場に人々が集まり、慶祝などの大文字や造花、赤い旗、リンゴの木の作りものなどを持って隊列を作ったりダンスをしたりなど、賑々しい雰囲気。金日成広場では大型サーチライトをつけて、大勢の人たちが集まっていた。住宅街の道路はきれいに掃除され、平壌駅前など公共施設の周辺では道路修理や塀の掃除などに人々が大動員されていた。

    帰ってから見た報道では、創建記念日には軍事パレードをはじめ大祝賀行事が各地で行われたようだ。

 

←党創建記念日の祝賀行事の予行練習に集まった人々

    会場は金日成が眠る錦繍山宮殿

    金日成が死去して、今年で15年になる。街のスローガンの数は減ったが、やはり金日成の威力はいまだに色濃い。金正日の神格化も進んでいるが、金日成の威光はいまも必要なようだ。 

 

三大革命展示館の金日成主席のレリーフ(党代表者会の壇上正面には同じような金日成主席の立像のレリーフがあった)→

 

 

    それをまざまざと見せつけたのが、9月30日の労働新聞1面だ。

 

    代表者会の出席者230人ほどが8列にずらっと並んだ記念写真が紙面一杯に。同じ記念写真は2面にも2枚載っている(ちなみに3枚の写真とも、第1列は同じ顔触れで、金正日、金正恩が座っている)。

    注目すべきはその場所だ。金日成の遺体がそのまま安置されている錦繍山記念宮殿前の広場である。したがって背景には、金日成の肖像画を正面に据えた記念宮殿がどっしりと控えている。

    平壌滞在中、案内人に代表者会の場所を聞いたが、開催前は「やればわかるでしょう」と答え、終わってからは「場所はどこでもいいです。内容が大切です」と教えてくれなかった。もちろん労働新聞にも場所は触れていない。

    「4.25文化会館」とも推測した。今回売店で買った「国家観光総局」が編集した「朝鮮観光」(日本語版)という本には、「会館では、国家の重要会議と行事、芸術公演が行われる」と書いてあったからだが、案内人は「そこでないことは確か」と否定した。

    金正日が姿を現す場合は場所を明かさないことになっているのかもしれない。

 

    帰ってから、朝鮮日報を見ると「党代表者会の会場は、錦繍山記念宮殿の大会議室(1000席)だったことがわかった」(9・30)という記事が出ていた。

    なるほどなるほど。この可能性は極めて高い。

    代表者会の録画中継を見ていると、壇上の背景の白い壁に金日成の立像がレリーフになっているらしく、その部分に柔らかい光が当てられ、金日成の姿が浮き彫りになっている。

    要するに、金日成が見守る中で、44年ぶりの党代表者会が開かれ、金正日が総書記に再推戴され、三代目が初めて公の場に姿を現したのである。しかも一代目そっくりの格好で。

    金日成の威光のもとに、「金王朝」の継続を演出するには、これほどふさわしい場所はない。

 

「将軍福」

「首領福」

    党規約に「金日成朝鮮」明記

    また、金日成の威光は、今回15年ぶりに改正された北朝鮮の最高規範である労働党規約にも色濃く反映された。(9・29労働新聞3面に序文掲載)

    「労働党は…金日成朝鮮の富強発展と人民大衆の自主偉業、社会主義偉業遂行において不滅の業績を成し遂げた」

    「金日成朝鮮」という表現は、死去の後からちらちらと使われていたが、党規約に明記されたのは初めてだ。そして規約の書き出しは「労働党は偉大な首領金日成同志の党だ」と簡潔明瞭だ。

    金日成神格化は極に達した感がある。その威光も永久不滅ということだろう

 

    街で見た神格化の一つ。

    大同江下流の工場の入り口の両側に「スリョンポク」(首領福)、「チャングンポク」(将軍福)という高さ150センチ、幅50センチほどの石柱を見かけた。その後、気をつけてみるとホテルや公共のものらしい建物の入り口でも同じ石柱を見つけた。

    案内人に聞くと、「首領様と将軍様の幸福は人民の幸福、人民の幸福は首領様と将軍様の幸福」を意味するのだそうだ。15年前には見なかったが、神格化もさらにきめ細かくなってきたということか。ただ、これから三人を神格化するとなると、石柱の配置が難しい。 

 

 

言いなれた「青年大将同志」(北朝鮮旅行記・1)

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