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言いなれた「青年大将同志」(北朝鮮旅行記・1)
岡林弘志
(2010.10.12) 

    北朝鮮のマスゲーム「アリラン」見学ツアーに参加して、一週間ほど北朝鮮へ行ってきた。ちょうど9月28日に44年ぶりに労働党代表者会が開かれ、10月10日の党創建65周年の祝賀行事に向けて準備が進んでいる最中だった。ということは「金王朝」の永続のための「権力世襲」作業の大きな節目に出くわしたことになる。旅行の中で垣間見た最近の北朝鮮事情――。

 

・録画中継に繰り返し登場

    金正日総書記の後継者となる金正恩の名前を初めて見たのは、9月28日付けの労働新聞一面だった。「朝鮮人民軍司令官(注・金正日)命令」の中で、「大将」の軍事称号を与える6人の二番目に出ている。(一番目は金正日の実妹、金敬姫)

    北朝鮮でも金正恩の名が公になったのはこの日が初めてだったようで、地下鉄の駅や公共施設の新聞掲示板には何人かの人が食い入るように紙面を見ていた。

    労働新聞に出る前、案内人に「党代表者会で三代目は登場するか」と聞いても「やって見ればわかるでしょう」と言うばかり。実際は代表者会の一日前に出たことになる。

    続いて金正恩の名前が出たのは、29日の労働新聞。代表者会で金正日が総書記に推戴されたことが主要ニュース。その5面に「労働党中央委員会2010年9月全員会議に関する公報」の人事一覧の党中央軍事委員会委員の中に、副委員長二人の中の一人として名前が出ている。

 

    一方、金正恩の写真姿が登場したのは、30日の労働新聞だ。党代表者会の参加者全員がひな壇に並んだ記念写真が一面に1枚、二面に2枚載せられている。いずれも一列目は同じ顔触れで、真ん中に金正日、向って左側の二人目に金正恩が黒い人民服姿で座っている。これが新聞初登場だ。

 

    その前に、29日夕方には朝鮮中央放送(テレビ)で党代表者会の録画中継が放映されたとも聞いた。私が見たのは30日午前のテレビだった。この中の金正恩が映っている部分は日本でも放映されたようだが、この録画中継は一時間以上にわたって放映された。壇上には金正日が真ん中に座り、議長団が10人ほどが並んでいる。

    カメラは壇上と会場、それに議案提案者や総書記推戴に賛同する演説者を交互に映す。
金正恩は会場の最前列の真ん中あたりに座っていて、カメラはこの部分を何回も左右にゆっくり振って映していた。

    最初、金正日が壇上に姿を現すと、会場は一斉に立ち上がって手を顔のあたりまで上げて拍手、声をそろえて「万歳(マンセー)!」を繰り返す。それが十回以上の続いた後、金正日は「もういいよ」というような苦笑いをしながら何回か右手を挙げて会場を制するしぐさを四回ほどすると、会場はようやく収まり、会議が始まった。

    また、総書記推戴が報告された時か、同じような光景が繰り返された。続く演説の節目には出席者は座ったままだったが、手を高く上げて激しく拍手する場面が繰り返された。

 

    映像に初登場した金正恩が立ちあがったときの姿から推測すると、身長は170-175センチ、体重は90-100キロほど。27歳としては太りすぎと思えるが、太っているのは貫禄がある証という文化があるのかもしれない。

    拍手などをするタイミングは他の出席者に合わせていたが、「マンセー」の時は口をわずかしか開かず、拍手する際も手は胸のあたり。周囲の出席者の力の限りというのと比べ、あきらかに抑え気味。ただ、その仕草は壇上の金正日にそっくり。

    座り方も周囲に比べ、いくぶん深く座り、早くも威厳を示しているような印象を受ける。 

 

・写真説明、経歴紹介はなし

    ただ不思議なのは、新聞の写真には、誰が金正恩という説明は全くなし、名前を見出しに使っていない。録画中継でも金正恩一人だけをクローズアップするという撮り方はしていない。生年月日や家族関係、経歴や業績など個人的な情報はまったく報道されていない。ただ、朝鮮中央通信が漢字表記は「金正恩」と報じただけだ。このへんはよくわからないが、神格化のためには謎にしていたほうが都合がいいのかも知れない。

 

    金正恩登場に関する一般の反応もまったく報道されていない。翌々日か、ある施設の説明員に感想を聞くと、「顔や恰好が首領様や総書記様にそっくりだったので、すぐ分かった。家族みんなうれしく思って思わず歓声をあげた」とおそらく模範的であろう答えをしてくれた。

 

    別の場所で会った60代の研究者は「青年大将同志の指導力などの資質は大変なもので、われわれは深い敬意を持っている」と話した。

    いずれも「青年大将同志」という言葉がスムースに出てきて、だいぶ前から各職場や地域での学習が進んでいたことをうかがわせる。「去年の中ごろから『青年大将金正恩同志』という言葉を使っての学習が行われた」という話も聞いた。

    今回の登場は、「金日成主席にそっくり」というのが面白いところだ。まさにその前に見学した朝鮮革命博物館などで見た若き日の金日成の写真によく似ている。太り具合や顔かたち、とくに髪を短く刈り上げたところなど、そっくり度はかなり高い。詰襟の黒っぽい人民服も若いころの金日成、金正日が好んできていた。ここまでくると、どう見ても意識的に似せたとしか思えない。

 

    後継者として金正恩の名前が出てきたのは、2009年になってからだ。それから「金正日同志が愛情を注いで指導者たるべく育て上げられた」などの学習が行われたようだ。ただ、これを人民に認知させるには学習だけでは限界がある。業績、実績、功績が必要だ。

    このため、昨年は生産をあげるため「150日戦闘」が行われたが、さしたる成果は上がらず、引き続き「100日戦闘」が行われたが、資材も燃料もない中、精神力だけで生産が上がるはずもない。金正恩の功績にするのに失敗したともいわれる。そして、11月末のデノミも「青年大将同志の主導」としたかったが、大失敗というより大方の人民の激しい反発をくらった。

    このほかに、工場などで大々的に展開されている「CNC(コンピューター数値制御)化」や大干拓地の造成などを「青年大将同志の指導のもと」という学習をしてきたとも言われる。

    しかし、これでは国民全体をうならせるほどの迫力はない。

    そこで、カリスマ性のあった祖父に似せて、「金日成の再来、生まれ変わり」と印象付けることで、人々の認知を容易にするという作戦を思いついたのか。さまざまな理屈をつけるよりわかりやすいことは間違いない。

 

    日本に帰ってきてからの報道では、二日続きで父親の現地指導に同行した(10・5-6)ことを朝鮮中央通信が外国にも配信した。また、労働党創建65周年記念の軍事パレード(10・10)、父親と共に閲兵した姿が朝鮮中央放送で2時間ほど同時中継されたという。日本や米国を含む外国メディアにも取材を許した。その前日にはメーデースタジアムのマスゲーム「アリラン」やはり父子で観覧した。公の場、民衆の前にも姿を現すなど内外に向けてのお披露目は着々と進められているようだ。

 

    ただ、現地で表面を見ただけの印象を言うと、金正恩を認知させる事業は始ったが、公には大キャンペーンを展開するには至っていない。あくまでも権力の実権は金正日が握り、金正恩に権力移行ということにならないよう慎重に進められている感じがした。

    他の旅行者にも確かめたが、平壌に滞在中に、金正恩の肖像画や名前、それをうかがわせるスローガンなどは見つからなかった。

 

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