いずれも「青年大将同志」という言葉がスムースに出てきて、だいぶ前から各職場や地域での学習が進んでいたことをうかがわせる。「去年の中ごろから『青年大将金正恩同志』という言葉を使っての学習が行われた」という話も聞いた。 今回の登場は、「金日成主席にそっくり」というのが面白いところだ。まさにその前に見学した朝鮮革命博物館などで見た若き日の金日成の写真によく似ている。太り具合や顔かたち、とくに髪を短く刈り上げたところなど、そっくり度はかなり高い。詰襟の黒っぽい人民服も若いころの金日成、金正日が好んできていた。ここまでくると、どう見ても意識的に似せたとしか思えない。 後継者として金正恩の名前が出てきたのは、2009年になってからだ。それから「金正日同志が愛情を注いで指導者たるべく育て上げられた」などの学習が行われたようだ。ただ、これを人民に認知させるには学習だけでは限界がある。業績、実績、功績が必要だ。 このため、昨年は生産をあげるため「150日戦闘」が行われたが、さしたる成果は上がらず、引き続き「100日戦闘」が行われたが、資材も燃料もない中、精神力だけで生産が上がるはずもない。金正恩の功績にするのに失敗したともいわれる。そして、11月末のデノミも「青年大将同志の主導」としたかったが、大失敗というより大方の人民の激しい反発をくらった。 このほかに、工場などで大々的に展開されている「CNC(コンピューター数値制御)化」や大干拓地の造成などを「青年大将同志の指導のもと」という学習をしてきたとも言われる。 しかし、これでは国民全体をうならせるほどの迫力はない。 そこで、カリスマ性のあった祖父に似せて、「金日成の再来、生まれ変わり」と印象付けることで、人々の認知を容易にするという作戦を思いついたのか。さまざまな理屈をつけるよりわかりやすいことは間違いない。 日本に帰ってきてからの報道では、二日続きで父親の現地指導に同行した(10・5-6)ことを朝鮮中央通信が外国にも配信した。また、労働党創建65周年記念の軍事パレード(10・10)、父親と共に閲兵した姿が朝鮮中央放送で2時間ほど同時中継されたという。日本や米国を含む外国メディアにも取材を許した。その前日にはメーデースタジアムのマスゲーム「アリラン」やはり父子で観覧した。公の場、民衆の前にも姿を現すなど内外に向けてのお披露目は着々と進められているようだ。 ただ、現地で表面を見ただけの印象を言うと、金正恩を認知させる事業は始ったが、公には大キャンペーンを展開するには至っていない。あくまでも権力の実権は金正日が握り、金正恩に権力移行ということにならないよう慎重に進められている感じがした。 他の旅行者にも確かめたが、平壌に滞在中に、金正恩の肖像画や名前、それをうかがわせるスローガンなどは見つからなかった。 「主席の威光」は欠かせない(北朝鮮旅行記・2) 街は明るくなったが…(北朝鮮旅行記・3) ハンバーグ店、イタリア料理店、遊園地…(北朝鮮旅行記・4) 中朝友好と日朝冷却(北朝鮮旅行記・5) 「自力更生」と「われわれ式」(北朝鮮旅行記・6) 遺体安置宮殿は「神格化」の極致(北朝鮮旅行記・7) 「生活向上」と「強盛大国」のせめぎあい(北朝鮮旅行記・8) |