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金正日、切羽詰まって中国詣で
岡林弘志
(2010.9.7)

 

    いつもの通りとはいえ、いまどき、一国家の首脳が外遊するのにお忍びというのは珍しい。ただ、今回の金正日総書記の訪中ほど中国頼みがあからさまになると隠したくなるのも無理はないか。四ヶ月に二回という立て続けの訪中にも異常さが表れている。

 

    「今日の複雑多端な国際情勢の中で、朝中親善のバトンを後代にしっかり渡すのがわれわれの使命だ」
    金正日は、中国東北地方の長春市を訪れ、胡錦禱国家主席が設けた歓迎宴での短い答礼あいさつで、「朝中親善」を九回も繰り返した。しかも、訪中は今年五月に続いて今年2回。その前は2006年、4年もの間があった。

 

    前回5月の訪中で、中国は具体的な経済協力を約束せず、金正日は不快感を表すため、日程を一日短縮して帰国したともいわれる。それなのに、4カ月もしないうちにまた自分が訪中した。あえて加えれば、その時の首脳会談では、次は胡錦禱が訪朝するよう要請している。

 

    もっと異常なのは、カーター元米大統領が人質解放のためとはいえ、訪朝している最中だったことだ。米朝直接交渉は北の悲願である。政府特使の資格を持たなできたことにたいする不快感を表したのかもしれないが、すっぽかしたことで有力なパイプの一つを失ったのは間違いない。冷静な判断ができなくなったのか。それ以上に、訪中しなければならないよほど切羽詰まった事情があったに違いない。

 

    日韓のマスコミは「後継者について了解を得る」ことを主たる目的と推測している。金正日の健康を考えると、それもありうるが、それ以上に切羽詰まっているのはやはり経済だろう。国力が衰える一方では、後継どころではない。当面の最大の国家目標に掲げ、金正日の最大の功績として誇示すべき2012年の「強盛大国」も絵に描いた餅だ。

 

    経済危機はますます深まっている。国際的な制裁に苦しむ中、ここ数年、穀物生産は需要量を100万トン以上も下回る。工業の建て直しを目指すが、経済制裁とやせ我慢の「自力更生」で衰える一方だ。それに今年は、異常気象による豪雨、台風の襲来で田んぼだけでなく新義州では工場団地も水浸しとまさに泣き面に蜂千匹だ。

 

    そんな中で、米韓は韓国哨戒艦沈没をきっかけに合同軍事演習を繰り返している。北朝鮮はこれに対抗した演習をやらざるを得ないが、その経費負担が巨額に上る。相手をやっつけようと振りかざした剣が自分に向かってきたかっこうだ。北朝鮮が米韓演習に反対するのはこうした理由もある。

 

    また、オバマ大統領は金正日の中国からの帰国に合わせるように、追加の対北経済制裁の大統領令に署名した(8・30)。対象は、武器の売買を行う人民武力部偵察総局、金正日の個人資金を調達、運営、管理する労働党39号室など、金正日に近い団体や個人の商売や金融取引だ。いわゆる「金正日資金」直撃だ。

 

    デノミの後遺症は、依然として深刻だ。最近は人民の不満をそらすために、預金の新ウォン交換の限度額10万ウォンを50万ウォンに引き上げたともいわれるが、インフレが進んだ中ではありがたみは薄い。

 

    また、公務員や国営企業の労働者、サラリーマンの月給を払うため、「貨幣を大量に供給」(韓国開発研究院)という情報もあるが、紙幣をやたらに印刷すれば、インフレはさらにひどくなる。最近、経済改革の推進役だった朴奉珠元首相が労働党軽工業部副部長として復権した。いまあげた弥縫策はそのせいかもしれない。改革の失敗の責任をとらされて、解任されたといわれたが、人材不足の中、背に腹は代えられないか。

 

    「金日成主席にあらせられては、生前に因縁の深いこの東北地方にもう一度行ってみたいとおっしゃっておられましたが、その願いを胸に今日われわれが来ました」

    金正日は首脳会談などで、金日成の抗日パルチザン時代を振り返り、中朝両国のつながりの深さを強調した。

 

    要するに、「それだけ深い因縁があるのだから、こんなに困っているいま、しっかり助けてくれ」と言いたいのだろう。その舞台として、金日成の「革命史跡」が残る東北地方は最適と判断した。

 

    中国は、東北地方の産業発展を国家戦略プロジェクトに昇格させ、インフラ整備などに懸命だ。また、海への出口を求めて、北朝鮮の羅津・先鋒の港湾施設整備を支援している。

    北朝鮮としては、その流れで北朝鮮の産業再生への投資を以前から期待している。金正日はこれまでも「中国企業が朝鮮で投資を行うことを歓迎する」と、胡錦禱や温家宝首相らとの会談で繰り返し求めてきた。

 

    今回、首脳会談のほかに、吉林やハルビンを訪れ、製薬工場、エネルギー工場、研究所、東北3省の開発計画などを見学し、経済再生、発展への関心の深さを中国側にアピールした。しかも帰りは、中国側が「出口」として期待する羅津・先鋒の近くを経由した。

 

    中国は、金正日が訪中するたび、産業開発の先端地域、工場などを見せている。「改革・開放」路線への転換を求めてのことだ。しかし、北朝鮮に大胆な転換の兆しは見えない。

    しかも国際的な制裁解除の条件である「核放棄」も応じる気配がないなかで、中国は金正日がせっつく大幅な投資に乗り出すわけにはいかない。

 

    今回の訪中でも、両国の発表では、具体的な支援や投資の話は全く出ていない。金正日にとっては、立て続けに中国へ行ったのに、願った成果がないのでは、再び屈辱を味わったのではないか。

 

    「金総書記は、早期の六カ国協議の再開を推進すると表明した」(新華社通信)

    中国は今回の首脳会談の成果の第一に、金正日の六カ国協議復帰への意思表示をあげた。片や、朝鮮中央通信は「東北アジア情勢に関して虚心坦懐に意見交換をし、完全な意見一致を見た」と抽象的に触れただけだ。金正日にとっては見返りの経済援助が即効性のある満足のいくものでなかったようだ。

 

    中国としても、「核放棄」に向けても思うような成果は得られなかったに違いない。ただ、中国が経済面で北朝鮮の生殺与奪の権を握っているのは間違いない。核放棄に向けての圧力を強化することも含めて、熾烈な駆け引きが行われているようだ。

 

    金正日訪中で、もうひとつ注目されたのが権力世襲問題だ。日韓のマスコミには金ジョンウンが同行などという予測記事も出たが、今のところ確認されていない。また、北朝鮮が9月開催を予告した労働党代表者会も、後継問題で注目されている。

 

    経済での中国従属を強める中、さらに後継問題でも中国の了解が必要というなら、それこそ属国だ。いかに経済の助けが必要だとしても、金正日はそこまで卑屈になれるか。

 

    後継者を決めるには、金正日の場合を参考にすると、すべて労働党の組織や決定を経て行われた。いかに金正日が独裁を強化したといっても「俺が決めた」といって決まるものでもなさそうだ。まして、人民に食うや食わずの生活を強いている中では、とくにそうだ。

 

    金ジョンウンをたたえるという「パルコルム」は結構はやっているようだが、労働者の尻を叩く「百日戦闘」「百五十日戦闘」、デノミや市場規制などの経済改革などなど、後継者の手柄にして指導力のあるところを誇示しようとしたふしがあるが、すべて失敗だった。宣伝すべき業績がないまま、後継者といっても人民はしらけるばかりだ。

 

    金正日はこれまで「先軍政治」を掲げ、労働党を無視して独裁体制を動かしてきた。しかし、ここへ来て、後継体制を固めるためにも党の再生、手続きが必要と判断したのだろう。ことによると、中国側から党の手続きなしには認められないとくぎを刺されたか。

 

    こんどの代表者会は、「わが党の歴史に意義深い1ページを刻む」(労働新聞)と大々的に宣伝されている。目的は「党最高指導機関の選出」である。後継者を推戴、決定するための労働党の組織、人員の整備がまず行われるにいない。金ジョンウンの名前が出てくれば、後継作りは一歩進むことになるのだが。

 

    もうひとつ気になるのは、金正日の心身の状態だ。独裁者特有の猜疑心に加えて、健康不安による情緒不安定、疑心暗鬼が募る中、そう簡単に後継者を決めるだろうか。次を決めた途端、みんなの目はそちらに向いてしまう。父親と自分との関係で、金正日はよくわかっている。果たしてどうなるか。

 

    北朝鮮では「苦難の行軍」はすでに終わったと宣伝しているが、まだまだ続いているようだ。