墓穴を掘り続けた北朝鮮の一年 岡林弘志 (2010.8.9) スクラップをめくっていたら、ちょうど一年前、金正日総書記の得意満面が出てきた。米国籍ジャーナリスト二人を人質に米国のクリントン元大統領を平壌に呼び寄せたからだ。しかし、いまは金正日の渋面しか思い浮かばない。振り返ってみれば、この一年の凋落は著しい。デノミ、韓国哨戒艦撃沈、治山治水の逆をやったための相次ぐ水害……。自ら墓穴を掘り続けた結果である。 「必要な時期に核抑止力に基づく報復聖戦を開始する」(7・24)「強力な物理的対応打撃で鎮圧する」(8・3)「この警告は口先だけでは終わらない」(8・7) このところ、北朝鮮は、米韓合同や韓国軍の軍事演習に対して非難声明を連発している。米韓が核兵器の演習をするわけでもないのに。これでは、北朝鮮が米韓演習をいかに怖がっているかを自ら証明し、演習の意義を際立たせているようなものだ。 この演習は三月の北朝鮮の魚雷による韓国哨戒艦撃沈を受けてのものだ。米韓日は、国連安保理での北朝鮮名指しの非難声明を目指したが、北が「濡れ衣」などと抵抗し、中露などの反対で名指しなしの議長声明にとどまった。米韓にとっては、そのままではしめしがつかないし、北朝鮮の次なる挑発を防ぐためにも欠かせない対応策だ。 米韓演習が黄海でも予定されたこともあって、北朝鮮は中国も巻き込んで、対米非難をしてきた。その成果があってか、黄海での演習は中止・先送りされた。このため、米韓は日本海で米原子力空母ジョージ・ワシントンも参加しての大規模演習を行い、日本の自衛隊もオブザーバーとして初参加した(7・25~28)。 韓国軍は単独で黄海の撃沈があった海域での軍事訓練を実施した(8・5~9)。対潜水艦訓練を中心にしたもので、4500人が参加する大規模なものだ。そのうえ、米国国防総省は9月に黄海で合同演習をし、原子力空母も参加すると明らかにした。(8・5)。 6月末の米韓首脳会談では、2112年に予定されていた「有事作戦統制権」の米軍から韓国軍への移行を延期することで合意した。移行は盧武弦前大統領の時代に対北融和の一環として決めたものだが、国内には「米韓同盟の弱体化を招く」という反対論があった。要するに、移行延期は北朝鮮にとって好ましくないものだ。 哨戒艦撃沈は韓国の対北軍事体制の強化だけでなく、米韓、日米韓の連携を引き出した。いずれも、北朝鮮が自ら招いた結果である。 もうひとつ注目したいのは、米国の対北朝鮮金融制裁だ。 国連非難が不十分だったことや黄海での米韓演習に中国が抵抗したのを受けて実施される。米国務省の発表によると、「米ドル紙幣偽造などの不法行為や贅沢品購入などにかかわる北朝鮮企業と個人」も制裁対象に加える(8・2)。 これまで、米国は軍需物資や麻薬取引きにかかわる企業に制裁を加えてきたが、今回はその包囲網をさらに厳しくした。対北制裁を監視する国連の専門家パネルは5月に最終報告書をまとめたが、この中で北朝鮮の制裁対象企業が制裁逃れのため、事業を別の企業に移すなどして武器輸出を続けていることを具体例をあげて指摘しているという。 米国は、関連の企業・個人のリストを洗い直ししており、関係国と調整、協力取り付けを実施しており、8月中にも公表される。 そうなると「制裁対象の企業・個人は、国際金融・産業システムから完全に孤立する」(アインホーン米国務省調整官)。米国は世界中のドルの往来を完全に把握しており、他国・地域の金融機関も全面的に協力することになる。おそらく金正日の独裁力の大きな源泉の一つであるドルの流入は大幅に制限されるはずだ。 要するに、米韓演習を声高に非難しているうちに、北朝鮮にとっては具体的に痛手を被る経済制裁がさらに強化されることになった。経済が瀕死の状態にある北朝鮮にとってはこっちの方が大問題だろう。目先のハチを追っ払うのに夢中になっていたら、崖から落ちて大けがといったところか。 「全国で5560世帯の住宅と350棟の公共建物・生産施設が浸水・破壊され、1万4850町歩の農耕地が浸水・埋没・流失した」(8・5朝鮮中央通信) 北朝鮮は、今年も水害に見舞われている。7日にも鴨緑江があふれ出し、沿岸の田畑を浸水と報じている。とくに慈江道、咸鏡北道など北部の被害がひどく、死者も出ているという。 朝鮮中央通信は、7月23日にも北西部の平安北道で大雨の被害が出たという。また、北朝鮮は軍事境界線付近を流れる臨津江のダムを放流すると、たびたび韓国に通報してきている。7月末から8月初めにかけて、韓国側に木箱に入った北朝鮮製地雷が何個も流れてきた。 となると、北朝鮮南部でも豪雨に見舞われたのだろう。昨年秋の穀物収穫は需要量より100万トン少なかったが、今年はさらにひどいことになりそうだ。治山治水をおろそかにした結果だ。 そんな中、昨年11月のデノミの失敗が今も続き、物価の高騰が止まらないという情報が流れている。デノミ後、「政府はコメ1キロ20ウォンと言っていたが、いまは1000ウォン」(東京新聞)「7月の農産物価格は2月に比べて3~6倍、工業製品は最高7倍にまで急騰」(聯合ニュース)。 韓国開発研究院は「北朝鮮当局はサラリーマン層の不満を抑えるため、貨幣を大量に供給する可能性がある」と分析している(8・6)。これではますますインフレは進むばかりだ。デノミの失敗は、かなり致命的だ。 一年前の8月4日、クリントン元大統領は、平壌で金正日と会談した。拘束されていた米記者二人は開放され、「米朝間の懸案を対話の方法で解決する」(朝鮮中央通信)ことで見解の一致を見たという。 このときの記念写真の金正日はまさに得意満面、その気になれば米国の偉い奴も呼び寄せることができる、念願の米朝直接交渉の糸口をつかんだ。やはり俺が出ていかないと、と満足だったに違いない。それに五月に行った核実験の“霊験”あらたかなることも実感したに違いない。 それから一年。金正日が望んだ米朝対話や休戦協定の平和条約への移行も全く進んでいない。というより、北朝鮮を取り巻く情勢はますます厳しさを増している。ここにも一部を紹介したが、いずれも、金正日の失政が招いたものばかりだ。 金正日の治世は15年を超えるが、独裁強化を最優先にした国家運営のため、内外に「自ら墓穴を掘る」誤りを繰り返してきた。とくにこの一年は、再び金正日の健康悪化も加わったようで、混乱、混迷の度を増している。 このままでは、予想した通り、北朝鮮が今年の目標に掲げた「人民生活の大変革」は到底かなわない。2012年の「強盛大国」建設も絵に描いた餅。人民の苦しみはさらに深くなるばかりだ。
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