金正日の独裁力が弱まる 岡林弘志 (2010.7.15) いまさら始まったことではないが、サッカーの試合運びの指示をはじめ、金正日総書記のやることなすことすべて裏目に出ている。それに健康不安が加わり、独裁力・統率力に翳りが見える中、権力内部の争い、軋轢の情報が頻繁に漏れてくる。 「守ってばかりいてはだめだ。果敢に攻撃せよ」 サッカーW杯南アフリカ大会、北朝鮮とポルトガルとの対戦(6・21)。金正日は試合中の監督に携帯電話で直接指示した。結果は0-7と大敗だった。 しかも、異例なことにこの試合は朝鮮中央テレビで生中継された。この前に行われた世界の強豪、ブラジル戦で負けはしたが善戦したため、金正日はW杯を国威掲揚の絶好の機会ととらえ、全国民に見せろ、と指示したからだ。 ところが、結果は裏目に。金正日の指示通りにしての惨敗だった。だいたいプロが必死で戦っている最中に、素人が口をはさむというのが大間違いだ。この人は大きな勘違いをしている。 そういえば、金正日の国家運営の方法はすべてこの方式である。 「現地指導」が好きなようで、農業や工業の生産現場などへ行き、直接に改善方法などを指示する。しかし、現場を知らずに思いつき程度の指導は、かえって現場を混乱させる。現場や担当当局はダメ、おかしいとわかっていても、将軍様の指示には逆らえない。 かくして、北朝鮮の農業も工業も滅茶苦茶、現地指導が国力衰退の最大の原因になってきた。 それに金正日の指導力に陰りが見える。2008年8月に脳卒中で倒れて以来、初めての外遊として今年5月に中国を訪問した。健在ぶりを誇示するのが目的の一つだったようだが、生気のない表情など全体的な衰えは隠せなかった。 「金総書記が脳卒中の後遺症で記憶力が低下し、現地指導で論理的に合わない話をよくしている」 韓国・国家情報院の元世勲院長による6月の国会での報告だ。 判断力の衰えを示すように、2003年に補修工事を行って良好に使えている国立演劇劇場の建て直しを指示した。国立演劇団による喜劇「山びこ」を、異例なことに半月の間に2回も観覧した(7・8東京新聞)という。 このところ、威力の衰えのすきをついてか、権力内部の抗争の情報が漏れてくる。 中央日報(7・5)によると、金正日の側近中の側近と言われた呉克列・国防委員会委員と金正日の妹婿で、国防副委員長に昇格したばかりの張成沢が、外資の誘致を巡って熾烈な争いをしているという。いずれも金正日に次ぐNO2を競っている。 また、朝鮮中央通信によると、後継者といわれる金ジョンウンの後見役といわれた労働党組織指導部の李済強・第一副部長が交通事故死した(6・2)。しかし、党や政府の人事を握る人物の死に方としては不自然だ。しかも同じ第一副部長だった李容哲も心臓まひで死亡したと報じられた(4・26)。世襲後継の体制作りの過程での権力争いの一こまと見ることもできる。 側近の中では、張成沢が急速に力を増している。ラジオプレスの集計では、今年上半期の金正日の動静報道では、実妹の金敬姫と夫の張成沢の動向回数が最も多かった。78件中、金敬姫が56回、張は46回と1、2位を占めた。二人は、後継体制作りでも主導権を握りつつあるようだ。 独裁者は、気弱になると疑心暗鬼にとらわれる。頼りになるのは、血族・親族だけだ。 このところの勢力争いは、張成沢の勢力強化に反発する金正日の古くからの側近との間で演じられているようだ。金正日にはそれを抑える力がないか。 そんななか、朝鮮労働党は党最高指導機関を選ぶ「党代表者会」を9月上旬に招集すると発表した。開かれれば、44年ぶりになる。本来なら、代表者会は5年ごとに開かれるはずの党大会の間で、緊急を要する議題が生じたときに行われるものだ。 しかし、党大会は1980年10月の第6回以来、開かれていない。ただ、このときは金正日が初めて公式の場に登場した。このため、ほとんどのメディアは、今回の代表者会は後継者問題にかかわる可能性があると報じている。 三男の金ジョンウンの世襲後継を正式に決めるか、お披露目の機会ということだろう。これまで後継者の決定は、2012年の強盛大国実現に合わせてとみられていたが、これを前倒しにするというのか。 しかし、これまでになく国際的に孤立し、国内経済も低迷する中で、権力世襲という前近代的な体制維持が可能なのか。はっきりしているのは、金正日が急ぎ、焦っていることだ。 |