これがハンナラ党の本質であり正体だ。こういう党はもはや国のため献身する戦士の集団でなく、利益を分け合い戦利品を分ける政閥(財閥、軍閥のような政治閥)の頭領たちの封建諸侯集団だ。こういうハンナラ党には今日の大韓民国が置かれている危機が見えるはずもなく実感できるはずもない。 こういう党に対して「6.2地方選挙」の投票者が容赦なくびんたをくわせたのはあまりにも当然の帰結だった。一部では憂慮するだろう。「でも、ハンナラ党が滅びたら、左派が台頭するはずだからどうしよう?」と。もちろん、左派が猛威をふるうのはそれなりに憂慮して当然だ。だが、いったいいつまで今のハンナラ党のような奴らのため愛国国民がそこまで切切と精を尽くして心血を注ぎ情熱をつくさねばならないか?宝石をこれ以上豚舎に空しく投げるべきなのか?愛国国民が既存のハンナラ党の太った豚らに人質でも捕えられているのか? 2012年まではまだ時間が残っている。できるだけ早く、「死んでも生きてもハンナラ党」というような諦めの鎖を断ち切り、「本当に生きるためにはひとまず一度死なねばならない」という「死即生」の道へ進んだらどうだろうか?既存のハンナラ党が一応死んでこそ、大韓民国の自由民主主義が(そしてそういうハンナラ党に仕方なく身を置いている人々までも)新しい体を貰って再誕生するのではないか... 7月28日の補欠選で愛国国民が果たしてどんな向背と決断を下すのか注目される。 柳根一の耽美主義クラブ http://cafe.daum.net/aestheticismclub 2010.07.05 13:11
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