鄭前議員は、何回も憲法第3条の領土条項の廃止を主張してきた。憲法第3条は「大韓民国の領土は韓半島とその附属島嶼とする」と宣言した条項であり、北韓を反国家団体と看做す国家保安法の存立根拠として機能してきた。 鄭前議員は、2005年3月15日、「インターネット民衆の声」とのインタビューで「今の時点で憲法(の改正)を議論するなら権力構造に関する検討だけでなく領土条項の削除を主張したい。領土条項は南北が分断されてから正統性を持つ国ということを強調するため入れたものだ」、「領土条項はなくなるべきだ」と主張した。彼はまた「憲法に領土条項を持った国が殆どない。アメリカもなくドイツもない。わが憲法を作る当時の理由は分かるが、この期に及んで固執し続ける理由がない」、「韓民族が全世界のどこにいようがわれわれが代表性、あるいは民族的アイデンティティ持ちながら行けば良いことだ」と話した。 鄭前議員は、2005年5月12日国家人員委員会で開かれた「2005南北和解と平和定着のための市民討論会」でも、憲法第3条の削除を主張した。同行事を主管した統一教育協議会は、ホームページに載せた記事でこう報道した。 「ハンナラ党の鄭文憲議員は南北交流協力がイベント性の行事で終わるよりは、領土を超えての韓民族ネットワークができるように視野を拡大せねばならない時であることを強調した。このために憲法の領土条項の削除が必要だという破格的な意見も開陳した。」 鄭前議員は、国家保安法の改廃論議が真っ最中だった2004年11月3日、北韓の法的実体を認め、北韓の国号を使う内容のいわゆる前向きの「南北関係基本法案」を提出した。 鄭前議員が2004年7月3日国会に提出した「南北交流協力に関する法律改正案」は、政府の事前承認なしで北韓のインターネットサイトに接続できるようにするのが骨子だった。彼は当時「南北間のインターネットを通じての交流拡大は和解・協力と相互理解の増進に寄与し、分断管理や脅威の解消に役立つ」と主張した。 鄭前議員は、2005年6月14日~17日「6.15民族統一平壌祝典」に参加してこう言った。 「平壌が自慢する建築構造物である凱旋門は金日成の武装抗日独立運動を記念したためか、フランスの凱旋門より雄壮で華麗だった。金日成の独立運動の事実可否に対しては異論があるが、この問題を離れて彼らなりに強調し自慢したい部分に対しては対外に明確にする印象を十分に受けられた。(中略)ハンナラ党も前向きに北韓を認識し今後北韓をパートナーとして認めて包容する変化を見せねばならない」(6月23日、江原デーリーアンとの書面インタビュー)。 鄭前議員は2007年5月17日、南北間の列車試験運行に搭乗した。当時南韓の猪津駅で「お会いできてうれしいです」という北韓の歌が流れたことに北韓側の金・ヨンサム鉄道相が関心を示したら、鄭議員は「私は『心臓に残る人』という歌が良かった」、「鉄道相は私にそういう人のようだ」と言った。 |