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UN創設時の事務総長だったヒス米国務部次官補もソ連のスパイ!
~ヤルタ会談の時はルーズベルト大統領を随行した~
趙甲済
(2010.3.24)

 

    世界金融秩序を主導するIMFを創立した時、アメリカ代表として主導的役割をなした米国財務部の海外担当責任者(当時)ホワイトがソ連情報機関のスパイだったように、国連創立時の事務総長だった国務部の次官補級高官のエルジャ・ヒス(Alger Hiss)もソ連のため暗躍したスパイだった。

 

    ヒスもホワイトのようにハーバード大学を卒業してから弁護士になって連邦大法院の大法官書記、法務部職員の仕事をして1936年に国務部に入った。1939年、米国共産党党員だったが転向してから記者として働いていたフィテッカ・チャンバスは、国務部のアドルフ・バル次官補にヒスが共産党員であったことを教えてあげた。フランス情報機関も「米国務部の次官補の一人がソ連スパイだ」という情報をアメリカ側に提供した。当時ルーズベルト大統領は左翼性向の人物を多く起用していたのでこういう情報に無関心だった。この隙間を利用して多くの共産主義者が政府の要職に進出した。 

    ヒスは国務部で最も嘱望されるエリートだった。彼は1945年初ルーズベルト大統領を随行してヤルタ会談にも参加した。この会談でスターリンはルーズベルトの戦略を正確に看破し、会談を有利にリードした。それが出来たのはヒスをはじめ、ルーズベルト政府の中に扶植しておいたソ連スパイたちが提供した情報のおかげだったという。

     ヒスはヤルタ会談が終わった後モスクワを訪問したが、この時ソ連共産党の外務部長のアンドレイ・ビシンスキはヒスに会いその間の協力に感謝した。この情報をアメリカのNSAが暗号解読を通じて把握し冷戦が終わった後公開した。NSAの解読文書には「アレス」という暗号名で現れるが、ヤルタ会談の直後モスクワを訪問した米国高官はヒスだけだったためアレスはヒスを指すものと推定された。

 

    ヒスは1947年米国務部を辞めてカーネギー財団の代表になった。1958年、タイム誌の編集委員だったフィテッカ・チャンバスは米下院の非米国活動調査委員会に出席して、ヒスが1930年代共産党員で、自分に米国務部の文書を渡し自分はその文書をソ連に伝えたと証言した。

 

    ヒスはこの事実を否認し、チャンバスを名誉毀損で提訴した。チャンバスはこれに対応してヒスが書いたメモやタイピングした文書を公開した。ヒスは議会で偽証した嫌疑で起訴されて実刑を服役して出獄した後も冤罪だと主張した。アメリカのいわゆる進歩的知識人らもヒスの肩を持ってヒスを責め立てたニクソンを誹謗した。

 

    1996年アメリカのNSAはソ連側の暗号を解読した文書を公開し、ヒスがソ連のスパイだった物証を提示した。この他にもソ連側から出た多くの文書とソ連情報機関出身たちの証言などでヒスがスパイだったという主張はもはや動けない事実として確定された。

 

    ヒスのような知性人も共産主義に染まれば平気で嘘をつく。韓国も同様であるはずだ。一度共産主義に汚染された経歴のある人物らに対しては信頼性を無条件疑うところから出発するのが安全だろう。

 

    *写真;議会で証言するヒス(上)、服役囚のヒス(下)

 

    www.chogabje.com 2010-03-22 21:55