現代コリア

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田中明著『遠ざかる韓国』晩聲社刊
(評・首都大学東京教授 鄭大均)
(2010.3.15)

 

    まさかと思うことが、日本にもその周辺国にも起きている。日本人の劣化が語られる時代がくるなんて想像したこともないし、部分的にではあれ、韓国が日本より魅力的に見える時代がくるなんてことも想像したことがない。ましてや、日本の女性が、韓国の男優に身をもちくずす時代がくるなんて、これはほとんど悪夢に近い。

 

    韓国の変化にもまさかと思うことがある。日本との国交が正常化したころ、韓国の国民一人当たりGNPは100ドルにもならなかったが、それが今では世界11位の経済大国である。あの朴正熙だって、11位と聞いて、わが耳を疑うに違いない。ただし、韓国の場合も、その国民国家形成の担い手から見れば、人間の劣化といえる現象は少なくない。

 

    一方の北朝鮮に見られるのは、異常なほどの自画自賛の代価というべきであろうか。田中明氏は近著『遠ざかる韓国』(晩聲社)で次のように記している。

 

   

      七〇年代、私にも金日成選集をつづけて読んでいた時期がある。そこで異様に思ったのは、金日成が外部に援助や協力を求めるときの表現であった。彼は相手に「××して下さい」という内容を語るとき、「汝は協力すべきである」という言い方で通していた。「して下さい」は従属的態度で「すべきである」は主体的態度ということらしい。

      だが、それによって他国の状態を改めようとするなら、時には七重(ななえ)の膝を八重(やえ)に折っても、頼まなければならないことがあろう。その一時の屈辱が、次の飛躍と発展に導くバネになるという機微が、彼らには分かっていない。言葉で現実を糊塗(こと)している間は、何も変わらないということが。

      そんな習性が体質化すると、世界に通用すること、しないことの弁別能力が退化してしまう。その結果は、いまの北朝鮮が示している。金日成は絶世の英雄であり、主体思想は世界に冠たるものだと自家消費用の演説をしているうちに、北朝鮮は世界に冠たるどころか、食い扶持まで世界に頼る情けない国になってしまった(58頁)。 

 

 

    だが、氏によれば、よりすさまじいのは、韓国における北朝鮮観の変化のほうである。韓国に北への共感や憧れの空気が顕在化するのは八〇年代後半のことであるが、その時期は北の経済的破綻が明らかになった時代であるとともに、共産主義が人民に幸福をもたらすものでないことが世界的に立証された時期でもある。にもかかわらず、韓国に、北への共感を抱くものが少なからずいるのはなぜか。あるいはそのことが意味することとはなにか。

 

    『遠ざかる韓国』は、日・韓・北朝鮮という東アジアの三つの国の変容やその相互作用に、知的であると同時に、情緒的かつ道徳的に向き合った本。田中氏は自らを「気力・体力の衰えた老書生」というが、そのコリア論の記述は厚く、また激しい。同書は『現代コリア』誌に、二〇〇四年から二〇〇七年にかけて連載されたエッセーを集めたもの。

 

    一九二六年生まれの田中明氏は少年時代をソウルで過ごしたひと。現役のコリア論者のなかでは、最長老であるとともに、もっとも信頼に値するひと。少なくとも、私にとっては行路を守護してくれる道祖神のような存在で、自分が羽目をはずしていないかを確認するためにも氏の作品は傍らにあるのがいい。