現代コリア

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涙がこぼれる(!)「民生向上」
岡林 弘志
(2010.1.21)

 

    金正日総書記が、今年の大目標に「民生向上」を掲げた。いまさらという感じもするが、「わたしは最短期間内に人民生活の問題を解決する」というのだから、その気になっているのは確かだろう。しかし、「核」を抱え、「先軍政治」すなわち金正日式独裁政治をそのままには不可能だ。

 

    「わが人民が白米に肉のスープを食し、絹の服を着て、瓦屋根の家に住むようにすべきだ」

    故金日成主席が生前よく口にしていた目標だ。年明けの労働新聞(1・9)に、この懐かしい文言が出てきた。そして金正日が「われわれはいまだにこの遺訓を貫徹することができずにいる」と嘆いて見せ、「遺訓を絶対貫徹しよう」と固く誓ったのだという。

 

    なぜこんなことを言い出したかというと、「政治・思想的な面では言うまでもなく、軍事的な面でも強国の地位に上り詰めた」が、経済とくに人民生活では、「強国」にはとても届かないと、自ら分析した結果のようだ。
別の表現をすると、「領袖の決死擁護精神」と「核保有」はようやく実現したが、人民は飢えに苦しんでいる、ということだ。

 

    「党創建65周年を迎える今年、もう一度軽工業と農業に拍車を掛け、人民生活に画期的な転換をもたらそう」

    今年の施政方針である「共同社説」も、タイトル、スローガンは同一、「民生向上」を最優先課題に位置づけた。

 

    もともと社会主義というのは、資本の側ではなく人民が生産手段を占有して豊かな生活を営むための仕組みのはずである。労働党創建から65年もたつのに、いまだにこの目標を達成できないというのはおかしい。

    もっとも、社会主義では経済そのものが成り立たないことは20年前の冷戦崩壊で、国際的に証明されている。

 

    なぜ、金正日はいまさらこんなことを言い出したのか。

    一言でいうと、このままでは独裁支配に支障が出ると判断したためだろう。

    人々は長い間、飢えに苦しんでいる。「強盛大国」などと威勢のいいことを言っても、腹ぺこではどうにもならない。金正日に対する不信感が強まるのは当然だ。

 

    しかも、昨年11月末のデノミ実施が大きな混乱を起こしている。配給制度が事実上崩れた中、市場経済あるいはヤミ市経済が全国に広がり、人民の生活を支配している。このため労働党の統制は弱まる一方だ。したたかな人民は商売を通じて小銭を貯め、カネがすべて、将軍様の威力をないがしろにしている。

 

    デノミは経済統制を目的にしたものだが、物不足をそのままに経済をいじくり回してもインフレを招くだけだ。ものの価値はどんどん上がり、カネの価値はどんどん下がる。人民の生活は混乱をまし、不平不満も高まっている。

 

    もう一つ。金正日は、金日成生誕百周年の2012年に「強盛大国」、要するに軍事優先の金正日式独裁国家を大目標に掲げている。そして、その体制を未来永劫に続けるためには、権力世襲が必須条件と見ているのだろう。それには、人民が世襲を歓迎する雰囲気を作る必要がある。

 

    あれやこれやの要因が重なって、柄にもなく「民生向上」を言わざるを得なくなったに違いない。しかし、この言葉を信じる人はほとんどいないに違いない。

 

    そもそも、金正日が実権を握って15年余、人民から搾り取ることで独裁体制を維持してきた。金正日の贅沢な生活、権力維持のためのプレゼント用の資金を最優先に調達し、続いて軍事関連を優先する。経済混迷の中で、民生に回るカネも資材もエネルギーもない。これが北朝鮮の現状だ。

 

    本当に民生向上をやる気なら、独裁体制維持と軍事のためのカネを民生に回す必要がある。金正日が質素な生活をし、軍事に回るカネを民生に回す必要がある。こんなことができるか。

 

    もう一つ、今年の「共同社説」の特徴は、対米、対韓関係の改善を求めていることだ。北朝鮮が窮地に陥ったときの常套手段である外交攻勢だ。

    米国に対しては早速、休戦協定の平和協定への移行を協議する場の設置を提案した。そして、米国が強く求めてきた六カ国協議への復帰については、経済制裁の解除を条件にあげた。

 

    国連による経済制裁決議は、国際的に厳しく実行され、昨年末にもタイで北朝鮮発の武器密輸が摘発されたばかりだ。米国への関係改善の呼びかけは、米国主導でなんとしても経済制裁を外してほしいという悲鳴だろう。

 

    韓国に対しても、手のひらを返すように「関係改善の道を切り開くべきである」と求めている。金大中、盧武鉉政権の10年、北朝鮮は濡れ手で粟のように韓国から外貨、食糧、肥料などを手に入れた。

 

    「南北相互主義」を唱える李明博大統領に対しては昨年夏まで非難を繰り返していたが、それ以降は直接非難を控えている。韓国からの援助が止まってみて、そのありがたさがわかったからだろう。

 

    北朝鮮はつい最近、韓国のメディアが北朝鮮の非常事態を想定した対応計画「復興」の存在を報道したのに対し、強く反発し「報復聖戦を始める」と脅しを掛けた。その一方で北朝鮮赤十字はトウモロコシ1万トンの支援受け入れを表明、開城工業団地では南北合同の海外使節団派遣の協議に応じた。

    なんとしても、韓国の支援を獲得したい意向がにじみ出ている。

 

    一連の動きにみえるのは、経済立て直し、民生向上のためには外国の支援・協力が不可欠という現状だ。これに対して、米国も韓国も「関係改善には核放棄が前提」という原則を崩していない。しかし、北朝鮮にとって強盛大国の柱である「核」を捨てることはできない。北朝鮮にとって最大のジレンマだ。

 

    口先だけの「民生向上」なら、北朝鮮経済の疲弊はさらに激しくなり、人民の独裁体制への批判が強まる。権力世襲への恨みも深まるのは間違いない。

    今年、金正日独裁体制は大きな峠にさしかかっている。