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北朝鮮国連代表部の機能と謎⑥

連載19回目 議場を退出した大使
五味洋治
(2009.10.28)

 

    北朝鮮は1992年に国連に加入しているが、それを成功させたのは前国連大使朴吉淵である。彼はこの成功で、最高の栄誉である金日成勲章を受けている。朴は、2001年12月から2008年3月までの18年間、国連大使として国連で活動。長年北朝鮮の対外窓口の役割を果たしていたが、2008年4月に帰国し、外務次官に復帰している。

 

    4月7日の朝鮮中央通信(北朝鮮)は、金永南最高人民会議常任委員長が北京五輪開会式に出席するため平壌を出発したニュースを伝える際、「外務次官の朴吉淵をはじめとする随行員らが同行した」と述べたことから、朴の肩書きが確認された。

 

    1994年6月、第1次北朝鮮核危機が起きたが、このとき朴は北朝鮮の国際原子力機構(IAEA)脱退決定を米国に通知している。

 

    2006年7月のミサイル発射と10月の核実験で、国連安全保障理事会が対北朝鮮制裁決議を採択したが、北朝鮮は全面的に拒否する姿勢を示し、朴は議場から退出した。

 

    第2次世界大戦前に、やはり議場を退出した日本の松岡洋右をほうふつとさせた。朴吉淵国連大使は2006年10月10日の核実験について「北朝鮮を祝福すべきだ」と共同通信にずうずうしく語っている。

 

    朴外務次官は過去に米州局長の経験や、長い間国連と米国で活動した点からみて米州地域を担当し、金桂寛外務次官は核問題を専門に担当するものとみられる。 

 

    朴氏の後任は辛善虎前次席大使で、30余年間外務省で勤めたベテラン外交官だ。

 

    1948年黄海南道生れで1980年から外務省に勤務。ジンバブエ大使館参事を経て、1996年には外務省課長、2000~2003年まで国連代表部次席大使を歴任している。

 

    相次ぐ代表部の人事異動の背景ははっきりしないが、対国連、対米外交を強化する狙いがあるとみられる。