北朝鮮国連代表部の機能と謎⑤ 連載18回目 人事の意味 五味洋治 (2009.10.21) 国連北朝鮮代表部では、ここ数年重要な人事異動が相次いだ。 まず2006年、代表部の名物男だった韓成烈が離任し、金明吉軍縮平和研究所(外務省傘下)首席研究委員が就任した。 韓は1992年外務省米州局課長を経て、1993年9月国連代表部公使となった。2001年から次席大使として、対米交渉を行った。 いったん北朝鮮に戻り、外務省米州局副局長となったが、2002年8月、再度ニューヨークに戻り、対米チャンネルの責任者となった。 1990年代以後北朝鮮は、核問題、長距離ミサイル発射、人権問題で世論の注目を浴び、マスコミに追いかけられたが、韓はつっけんどんな対応は取らず、マスコミにもよくしゃべり、開放的で柔軟と評価されていた。 韓国・中央日報によれば、韓と金の交代の背景について関係者は「韓次席大使が5年以上務めたので交代する時期になった上、米国の対北朝鮮金融制裁と6カ国協議復帰問題が平行線を引いている中、新たな変化が必要だと判断したようだ」と述べた。 後任の金は革命遺児出身で、金日成総合大学英語科在学中、南米北部にあるガイアナに留学した経験がある。 1985年、ジャマイカ駐在書記官などを経て97年国連代表部で参事官として勤務、外務省米州局副局長を歴任した。米州局副局長時代、対米外交の中心的役割を担っていたこともある。 金は、2004年10月、軍縮平和研究所のメンバーらを率いてニューヨークを訪問し、米国政府関係者らに会ったことがある。 また2000年10月、趙明禄国防委員会第1副委員長(当時)が金正日委員長の特使として米国を訪問したときも随伴しており、米国経験が豊富だ。
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