現代コリア

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拉致被害者が「死亡した」という
田原総一郎氏の認識を問う 
              
佐藤勝巳
(2009.8.28)

 

    先日、友人から「6月13日付朝日新聞に田原総一郎氏が『北朝鮮と交渉せよ』と寄稿している。当然反論されるのではないかと思っていたが、いつまでたっても何も出ないので、もしかすると読んでいないのではないか」いう電話がかかってきた。彼の言う通り私は、その記事の存在を初めて知ったのだった。

 

    4月24日のテレビ朝日「朝まで生テレビ」(以下「生テレ」)での田原総一郎氏の発言をめぐって、「拉致された日本人を救出するための全国協議会」のメールニュースで、「救う会」、家族会との間でトラブルになっている事実は承知していた。それによると、番組の中で田原氏は、外務省のナンバー2だか、ナンバー3から、横田めぐみ、有本恵子の両氏は死亡していると聞いているが、それを言うと関係者に批判されるのを恐れ、彼らは口にしないでいるため、拉致も解決しないうえ、日朝交渉も進まないという主旨の発言をしていたという。

 

    早速、朝日新聞を読んでみた。田原氏の寄稿は、400字詰め原稿用紙10枚約4000字近くあり、「世論を恐れる外務省 米にすべて委ねず 首相が非核化先導を」という見出しに、写真、小見出しなどを入れると1ページの5分の3ほどを占めている。「生テレ」発言から、約43日後に発表されたもので、異議を唱えている人たちに対して、朝日新聞を通じて真意を伝えたいという意図だったのかも知れない。

 

    結論から言うと、この朝日新聞の田原氏の主張と「生テレ」の発言を重ね合わせると氏の考えが鮮明に浮かび上がり、大変参考になった。以下、田原総一郎氏の発言に対して、筆者の考えを述べてみる。これを書くに当たって「生テレ」の田原氏の発言箇所をDVDで確認した。そして田原氏の発言に対して有本明弘・嘉代子両氏が損害の訴えをおこしているので、訴状の当該箇所も確認した。有本夫妻の訴状には次のように書かれている。

 

    「これを言うのをよそうと思っていたが、あえて言うと、ブッシュ大統領がテロ支援国家指定を解除した。私はこの時、外務省のナンバーツーだかナンバースリーに、『日本は拉致問題があるのに、こんなテロ国家支援国家の指定を解除するのは日本に対する裏切りではないか』と言ったの。名前を言うと悪いから名前は言えませんが、その人は、『実はそうではない』と。『アメリカは日本にあきれ返ったのだ』と。『あきれ返ったとは何だ』と言ったら、2007年1月にベルリンでヒルと金桂寛が会って、ここからアメリカは圧力から対話に変ったんですよ。マカオの銀行の話もあるし、それからこういうことをやった、と。あきれ返ったとは何だというと、要するに、『ベルリンの2007年1月のこの対話から日本に対しては1年間時間をくれた』と。『拉致問題をきちんと交渉しろ』と。『ところが日本はついには交渉できなかった』と。『だからアメリカはあきれてテロ支援国家指定を解除した』と、こう言っています。

 

    何で出来なかったかははっきりしている。つまり、まともに交渉するということは、日本は山本さん(同席の議員)なんかは典型だけど、横田めぐみさんと有本恵子さんは生きている前提でやっているわけだ。ところが北朝鮮は『生きていない』と言っているわけ。外務省も生きていないことを知っているわけ。そこで生きていないという交渉をやると、山本さん達にこてんぱんにやられる。田中均が爆弾を投げ込まれるじゃない」

 

    文字で読んでもかなり刺激的であるが、DVDで見ると、訴状の何倍ものリアリティーがある。田原氏の発言のときのゼスチャーや声の抑揚、反対者を威嚇する態度が他の出席者の表情とともにアップで映し出されているからだ。それと比較し、田原氏の朝日新聞への寄稿は、論旨としては同じことを言っているのだが、書いたものであるから整理されていて上品ではあるが、臨場感はすこぶる乏しい。

 

    田原氏は「生テレ」で、横田めぐみ、有本恵子両氏は死亡している、と北朝鮮と外務省「ナンバー2だかナンバー3」が言っており、「生きていない」ということで交渉すると関係者からこてんぱんにやられると言ったが、「寄稿」では「現実には世論を恐れて北朝鮮と交渉もできずにいる」「日本の外務省が何より恐れているのは北朝鮮ではなく、日本の世論なのである。それに怯えるあまり、結果として、拉致被害者の確認作業からどんどん遠ざかってしまっている」と記す。

 

    「生きていない」(生テレ)ことを認めたうえで「麻生太郎首相は、これからでも米国に飛んで、オバマ大統領から北朝鮮を本当にどのようにしたいのかを引き出し、中国に飛んで胡錦濤主席と会談し、平壌に飛んで金正日書記と談判すべきだ」(寄稿)と提言している。

 

    今回の田原発言の最大の問題点は、田原氏が2人の拉致被害者が死亡したと言っている北朝鮮と外務省幹部官僚(寄稿原稿でこのように表現が変わった)の発言は正しい、という前提でモノを言っていることにある。田原氏は、金正日政権と外務省「ナンバー2だかナンバー3」が横田めぐみ、有本恵子両氏が死亡したと言っていることを、何らかの根拠で間違いない、と判断したから「生テレ」で公表したはずだ。

 

    北朝鮮幹部〇〇が、外務省幹部〇〇が「死亡した」と言っていたので間違いないと判断したのか。もしそうなら間違いないと判断した根拠は何か。また、田原氏のみが死亡確認可能な物的証拠をもっているのか、以上を是非聞かせていただきたい。もし根拠がなかったり、曖昧だったりすれば、とんでもないデマを振りまき、有本明弘氏ら被害者家族に精神的打撃を与えた上、テレビを通じて世論を誤導したことになる。そして田原総一郎氏のジャーナリストとしての命を事実上絶たれかねない。立証責任は極めて重い。

 

    また田原氏は「5月19日中曽根弘文外相が記者会見で、『外務省は安否不明の拉致被害者はすべて生きているとの立場、前提に立っている』と表明した。この言葉を条件とする限り、北朝鮮が交渉を受け入れるはずがない。つまり、事実上交渉を先延ばしすることを意味している」(寄稿)と明快に言い切っている。金正日政権の死亡説を受け入れない限り拉致は解決しないと言うのだが、氏はいつから金正日政権の代弁者になったのか、と思ったのは私だけではあるまい。

 

    金正日政権は、日本で拉致が顕在化した1998年以来、金正日政権が拉致したと日本で騒いでいるのは「韓国情報部のデマとでっちあげ」と繰り返し、繰り返し主張してきた。韓国に金大中政権が出現し、南北接近が始まり出した1999年頃からは、「韓国情報部と日本極右のデマとデッチあげ」と変わり、南北首脳が抱擁した2000年になると、「日本の極右だけ」となり、韓国情報部はいつのまにか姿を消した。2002年小泉首相(当時)の訪朝で初めて、金正日は北朝鮮が日本人を拉致したことを認めた。

 

    その間、朝鮮労働党機関紙「労働新聞」や国営の「朝鮮中央通信」などが機会ある度に5年間にわたって、書きまくってきた、韓国情報部も、日本極右反動の「デマとデッチあげ」も、すべてウソであったことを独裁者金正日自身が認めたのである。

 

    しかし彼らには「ウソをついていた」という認識がないことが、注意深く観察していると分かる。あるのは金正日独裁者に対する忠誠心だけだ。独裁者を傷つけないため大韓航空機爆破は「韓国情報部の自作自演」などと奇想天外のことを今でも平気で口にしている。政治目的実現のためには何でも言うし、実行する。拉致被害者を生かすも殺すも自由自在の独裁国家であることを見誤ったら、とんでもない罠にはまることになる。

 

    だまされる方にも問題があるのだが、金正日政権は1994年ジュネーブで核放棄をアメリカに約束し、その代償として軽水炉、重油などをせしめながら、ひそかに核開発を行なっていた。2005年にも、6者協議で再び核放棄を公約して、重油などをせしめ、裏で核開発を続けてきた。今年に入って過去に韓国と締結した非核化宣言などもすべて一方的に破棄を通告してきた。

 

    その結果、ついに中国、ロシアからも見放され、日米提案の安保理の制裁決議に同調するという大きな変化が起きている。あの中国までも金正日政権を信用しなくなってきている。今回の金正日政権の「金大中弔問外交」は国際的孤立の反映である。それなのに田原総一郎氏のみが、金正日政権の横田めぐみ、有本恵子両氏が「死亡した」という発言を信じ、日本政府の救出方針を説明した中曽根外務大臣までも批判する。多くの国民はこうした田原総一郎氏の言動に、奇異な印象をもってみていることは間違いなかろう。田原氏が金正日政権を信用できる政権と見ているのか、信用できない政権と見ているのかは、「生テレ」でも、朝日新聞の寄稿でも、一切触れていない。これまでも、拉致を日朝交渉の入り口ではなく、出口で解決せよ、と主張する山崎拓氏に代表される政治家、小此木政夫慶応大学教授に象徴される学者、田中均氏や「外務省幹部官僚」にみられる官僚、そして報道機関では朝日新聞。彼らに共通しているのは、金正日独裁体制の評価を留保し、触れないことだ。

 

    なぜ触れないのか。そこに踏み込んだら金正日政権は拒絶反応を示し、対話が難しくなる。韓国の故・金大中・盧武鉉両氏も同じ理由で、金正日政権の人民弾圧や核問題に触れず援助を行なった。その結果、弾道ミサイルの実験、2回の核実験を金正日政権に許し、日本や韓国の安全が著しく脅かされることになった。田原氏の主張する拉致被害者死亡説は、金正日との戦いを最初から放棄した金大中・盧武鉉と同じ姿勢だ。拉致解決を放棄、核武装に加担した利敵行為、投降主義である。このような中身の原稿を田原氏に依頼した朝日新聞編集部の責任は更に重い。

 

    現代社会で人間を拉致する政権など、最低の野蛮な集団である。その野蛮な政権を、田原氏は「生テレ」や朝日新聞紙上で糾弾するのではなく、それと戦っているわが国の首相や外務大臣、家族、世論などを批判・糾弾している。田原総一郎とは一体何者なのか。

 

    2002年9月、小泉首相が訪朝したとき、日本政府は被害者家族を外務省飯倉公館に集め、家族別に個室に呼んで、生存か否かを伝えた。当時「救う会」会長であった筆者と、同荒木和博事務局長の2人は、福田官房長官(当時、横田家だけは植松外務副大臣が説明した)の説明のすべてに立ち会った。

 

    有本明弘・嘉代子夫妻に、福田官房長官が「お気の毒ですが、お宅のお嬢さんは亡くなりました」と告げた。すると有本明弘氏は「いつ、どこで、何の病気で死んだのか!」と語気鋭くテーブルの上に身を乗り出して、官房長官に詰め寄った。私の左隣に座っていた嘉代子婦人は無言のままだったが、左手に握りしめたハンカチが膝の上で大きく震えていた。

 

    当時の政府は、金正日政権の死亡説を〝事実〟として、何の留保もつけずに被害者家族に伝えたのだ。金正日政権の言うことは信用できないという認識がリアルにあったなら、「政府は今後事実かどうか調査します」といっただろう。田原氏の金正日政権に対する現状認識は、このとき(02年)の政府の水準と変らないのだ。それにしても、こういうジャーナリストをテレビ・キャスターとして長年にわたって使っているテレビ朝日の社会的責任は、いずれ問われる時がくるであろう。

 

    有本明弘・嘉代子夫妻が田原氏を訴えた裁判の初公判が、9月18日神戸地裁で始まる。田原氏は必要とあれば、問題となっている外務省「ナンバー2だかナンバー3」の取材テープを公表する用意がある旨一部マスコミに語っている。是非とも法廷で公表していただきたい。