李明博閣下、期待をもって見つめています (2009.8.24) 佐藤勝巳 金大中氏の弔問に訪れた北朝鮮代表団の〝笑顔〟に、弔問に来た人の態度ではない、と思ったのは私一人だけではなかろう。 もっとも将軍様への忠誠心が最優先である金正日政権にとって、弔問は手段にしか過ぎない。真の目的は李明博大統領を篭絡(丸め込んで思い通りに動かす)することにある。韓国赤化統一工作責任者、金養建統一戦線部長の「笑顔」はそのパフォーマンスと解すべきである。 北朝鮮を指して最初に「劇場国家」と名づけたのは故・玉城素氏ではなかったかと記憶している。その劇場で、また新しい芝居が始まった。今年の初め本欄で何度か言及したが、朝鮮人民軍総参謀本部スポークスマンはテレビにまで出演して、金大中・盧武鉉政権が金正日政権に約束した援助などを実行せよ、実行しなければ李明博政権は戦争を覚悟しろ、と脅迫し続けたことをわれわれは忘れていない。 09年1月30日、統一戦線部傘下の「祖国平和統一委員会」は「政治的・軍事的な対決状態の解消に関するすべての(南北)合意事項を無効にする」「西海の北方限界線(NLL)に関する合意を破棄する」「火と火、鉄と鉄がぶつかり合う戦争の一歩手前だ」と韓国を脅していた。これを言わせたのは、今回韓国で「笑顔」を振りまいている金養建統一戦線部長だ。 劇場国家の俳優は、シナリオが変われば容易に正反対の役柄を演じることが出来る。というより、演じなければ地位が保てない。これまで金正日政権の代表団が韓国代表団に会うとき、決まって尊大な態度を取ってきたのであるが、今回は終始笑顔だったことに、演技だけではない、という印象を受けた。昨日まで李明博大統領を家臣と見なし「逆賊」(主君にそむく賊)呼ばわりしていた君主金正日が、家臣にメッセージを伝えにきた。こんなことは過去に一度もなかったことだ。韓国に相手にされなかったら本当に困る、という深刻な事情が金正日政権にはある、ということであろう。 将来のことは分からないが、現時点では日韓米中は国連決議1874を忠実に実施している。特に中国は決議通り動いていると伝えられているから、金正日政権の核ミサイル関連の物資の入手は困難となっているはずだ。06年北の核実験以降の中朝関係を見ていると、中国の金正日政権への方針は「生かさず殺さず」政策で、依然変わっていない。ピョンヤンから見て「中国頼りにならず」となれば、韓国をだます以外に打開の道がない、という流れの中での金正日から韓国大統領へのメッセージなのである。 問題は李明博政権の対応である。韓国外交通商省は20日、金剛山、開城の観光を再開しても国連の北朝鮮制裁決議に反しない、との結論を出したという(読売新聞8月21日付)。 「今回の判断は、北朝鮮をめぐる国際情勢が対話局面に転換する可能性があるのをにらみ、南北関係改善の布石を打ちたい狙いがある(略)。観光事業が韓国企業の商行為で、政府の支援を禁じた(国連)決議に反しない」(前掲)と、観光事業再開に備えての環境整備であると、アメリカにも理解を求めているという。 韓国外交通商省の「国際情勢が対話局面に転換する可能性があるのをにらみ」というが、開城工業団地内で、現代峨山の職員ユン某氏を不当に拘束したうえで、それを交渉材料に、開城工業団地3万人の北朝鮮労働者の3倍の賃上げなどを要求しているのが金正日政権だ。アメリカの女性記者2人を拘束して(米国は抑止力行使で釈放させた)、米朝2国間交渉の要求をしているのも金正日政権だ。この犯罪国家に対して、国際情勢が対話局面に動き出したから、観光事業を再開だというが、韓国外交通商省の主体性は何処にあるのか。 金日成政権は1983年11月、日本の第18富士山丸の船長と機関長の二人を拘束、1990年9月、自民党金丸信元副総裁をピョンヤンに呼びつけ、謝罪を要求したばかりか、恩着せがましく、釈放してやるから戦前はもちろん戦後の「賠償」まで支払えと要求した。金丸氏はその申し出に屈し、歴史に残る恥ずべき「三党共同宣言」にサインまでしたが、後に失脚している。 金日成・金正日の外交とは、人をさらって「返して欲しければいくら出すか」という悪質極まりない犯罪外交なのだ。今回の現代グループと朝鮮平和委員会の「5項目合意」は、つまるところ、ユン某氏の身代金であろう。韓国外交通商省は、観光事業は韓国企業の「商行為」だと主張しているが、それは詭弁(きべん)だ。身代金支払いを隠蔽するための援護射撃にしか過ぎない。金丸信氏と同じく、人さらい犯への屈服、国民への裏切り行為と断定されても仕方がなかろう。なぜ金剛山を観光しなければならないのか、分からない 韓国外交通商省は、金剛山観光は国連決議違反ではない、とも言っているが、これほど重大な国連決議違反はない。国連決議1874は金正日政権を制裁で経済的に困らせることが重要な柱の一つである。だから金正日政権に観光収入を与えることは、国連決議を具体的に骨抜きにする悪質な違反行為となるのは明白だ。李明博大統領がこの外交通商省の決定を認めたなら心ある日本人は「李明博お前もか」と思うであろう。 それにしても、東京から韓国を見ていて分からないことが多過ぎる。金日成・金正日政権は、1950年の朝鮮戦争をはじめ大韓航空機爆破など挑発・テロなどを繰り返し行ない、朝鮮戦争時8万人余の韓国人を拉致し、それ以後も分かっているだけでも500名近い韓国人を拉致している。直近の例では現代グループ峨山のユン某氏を不当に拉致したのも彼らだというのに、それに対する韓国国民の抗議や怒りの声は大きくない。それどころか、北朝鮮の開城工業団地内に韓国人300名もの〝人質〟を提供し、観光客が北の兵士に射殺されている金剛山観光をも再開するという。日本の平和ボケとは質が違うように私の目には映っている。 金正日政権は、その時々の政治目的実現のためには、戦争やテロを仕掛け、人をさらって「返して欲しかったらいくら出すか」と身代金を要求し、金大中氏への弔問さえも、韓国メディアの前で「笑顔」を振りまく。この北の態度は、韓国社会は容易にだませると高をくくって、韓国を馬鹿にしているのだ。つまり、韓国を利用、併呑するという金正日政権の赤化統一方針は何も変わっていない。そのことを忘れたかのような韓国外交通商省の考えは、余りにも甘く、無責任で危険過ぎる。 金大中・盧武鉉両政権の誤りは、太陽政策に名を借りて、金正日政権の北朝鮮人民弾圧を不問に付し、核ミサイル開発を支援してきたことだ。李明博政権には彼らと同じ誤りを繰り返して欲しくない、と望んでいる。 金正日のメッセージは弱さの反映なのだから、李明博大統領は、断固として金正日政権に核放棄を要求し、放棄させることだ。それができたら李明博大統領は、金大中氏の偽りのノーベル平和賞受賞ではなく、本当のノーベル平和賞が与えられるであろう。隣人の一人として期待をもって見つめている。 |