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金大中元大統領が死去

統一日報

(2009.8.18)

 

    金大中元大統領(86歳)が8月18日午後1時43分死去した。死因は多発性臓器不全と発表された。金大中元大統領は、持病の腎臓、糖尿などの病気のため在任中から透析治療を受けてきた。7月13日から肺炎でセブランス病院に入院していた。

 

    全羅南道新安郡荷衣島生まれの金大中氏は、独特の政治基盤を背景に4度目の挑戦で大統領に当選して1998年2月から2003年2月まで韓国の第15代大統領として在職した。彼は、「民主化」を自らの政治活動の目標として掲げ、国内外に「民主化の闘士」のイメージで知られているが、本質は権力指向で、特に大統領になってからは権威主義的で独裁的な面貌が強く現れた。

 

    20代から左翼活動家だった金大中元大統領は、2000年6月、平壌を訪問して金正日と「6.15南北共同宣言」に合意した。「6.15宣言」は、大韓民国の憲法と衝突する明確な反逆的文書だ。金大中氏はこの「共同宣言」でノーベル平和賞を受賞したが、平壌側は2009年1月この合意を含めて、南北間の全ての政治・軍事的合意の破棄を宣言した。

 

    政治家としての彼の最大の矛盾は、大韓民国に敵対する「反国家団体」である「朝鮮労働党」やその首魁の独裁者である金日成・金正日とは和解と共存を追求する一方、自由民主主義の憲法に忠実な韓国民の多数とは対立し、国論を分裂させ、次第に自由民主主義を敵対したことだ。

生前、彼には熱烈な支持者も多かったが、反面、「韓国の現代史の黒い影」であり「反逆者」という厳しい評価に同調する反対者も多い。

 

    彼は、韓国の愛国勢力から「国家保安法」や「特定経済犯罪加重処罰法」(巨額の外貨を海外へ不法流出)などの違反嫌疑で何度も告発されたが、彼の後継者だった盧武鉉政権によって却下された。この問題を含め、彼に対する評価・審判は歴史の領域になった。

 

    韓国内の「従北勢力」としては、盧武鉉の自殺(5月23日)に続き、「従北路線」だった前職大統領二人の死去で求心力が弱化するのが避けられず、金正日としても対南戦略の重要な媒介者だった金大中元大統領の死亡は痛い損失になるはずだ。