現代コリア

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取り戻せるか、失われたパワー

                                    
佐藤勝巳

(2009.08.13)

 

    ビル・クリントン元大統領がアメリカの女性記者2人を北朝鮮から連れ帰って1週間。その背景をめぐって、いろいろな見方が流れている。

 

    金正日政権は、オバマ大統領から口頭メッセージが届けられた、と声高に言っているが、勿論、オバマ政権は全否定している。だが、ことあるごとに食糧や重油をよこせとたかってきた金正日政権が、元大統領がピョンヤンを訪問しただけで、米国人記者2人を釈放したのだろうかという素朴な疑問を禁じ得ない。

 

    分かりやすい言い方をすれば、代償として金正日政権は、オバマ政権から何を手にしたのか。世界の関心はここに集中している。

 

    ホワイトハウスのジェームス・ジョーン大統領補佐官(国家安全保障担当)は、8月9日テレビのインタビューで、クリントン元大統領の訪朝で「写真撮影のほか(北が)手にしたものはなかった」と、何も与えなかったことを強調している。

 

    オバマ政権が言っていることが本当なら、貨物船江南号を第七艦隊に包囲追跡された金正日政権が震え上がって、和睦のしるしに女性記者2人を釈放した、ということになる。

 

    前回本欄で書いたように、アメリカの圧倒的武力に金正日政権は形勢不利と見て、2人の記者を釈放したのであろう。そしてアメリカ国務省が提案している非核化の「包括的パッケージ戦略」に乗れば、オバマ政権を騙すことが出来る、と読んでいると思われる。多分、アメリカはまたしても騙される可能性が高い、と私は見ている。

 

    なぜなら、再三私が指摘してきたことだが、オバマ政権も従来の政権と同様、金正日政権に物を与えれば核を放棄すると認識している。だから、「包括的パッケージ戦略」を云々するのである

 

    ホワイトハウスと国務省が、「人道問題と政治は違う」と言うのであれば、国連決議1874実行の先頭に立って、第七艦隊で北朝鮮を包囲し続けて欲しい。

 

    「拉致は忘れない」と機会あるごとに口にしていたブッシュ前大統領は、拉致に何の進展もないのを承知のうえで、テロ支援国家指定を解除した。もっともブッシュ氏のこの言葉は、男女の仲がうまくいかなくなって別れるときの常套句というから、信じるほうがうぶなのだ。問題は言葉ではなく行動である。
 
     ここまで書いてきて、拉致されているのは日本人なのに、何故に私は、アメリカの高官の片言隻句に拘わるのだろうか、と自己嫌悪に近い気持ちに陥った。

 

    というのも、先日ある衛星テレビ局に呼ばれてキャスターから「アメリカは元大統領を派遣し2人の女性記者を連れて帰ったが、日本はどうして出来ないのか」と質問された。   
ことが思い出されたからだ。

 

    「日本がアメリカと同じように海上自衛隊の完全武装のイージス艦で、国連決議を盾に、北朝鮮の非武装の貨物船を公海上で追いまわすことが出来るか、出来ない。特に民主党、自民党の多くの議員も、さらに国民も反対するだろう。だから拉致被害者を救出できないのだ」と、私は少々乱暴ともとれる答えをした。

 

    8月12日付産経新聞1面左肩の「ちゃいな.COM」で伊藤正中国総局長が、1979年のイランでアメリカ人外交官50人ほどが拉致され、全米がパニック状態に陥ったのを指して、イギリスの作家は、ヨーロッパと違って、被占領の経験を持たないアメリカはナイーブ過ぎる、と批判したと紹介しているのを読んで、「なるほど、その国の歴史によって拉致の受け取り方がまるで違う」ということをリアルに知った。

 

    考えてみれば、たとえ国連決議があったとはいえ、公海上で3000トンの非武装貨物船を1万トン近い軍艦と対潜水艦用哨戒機と共に24時間追跡、20日間にわたって圧力を加えつづけることは日本の現状ではとても無理だ。歴史的経験の違いもあると思うが、肝心の気概、パワーが日本には決定的に不足していることだ。

 

    オバマ政権のやったことは海賊行為と言われても仕方がないことだが、金正日政権から拘束されたアメリカ人を奪還するのにはあれ以外にどんな方法があったのか。海賊的手段を使わなければ、日本と同じ惨めな情況に陥ることを、オバマ政権は反面教師として日本から学んだのかも知れない。

 

    1997年に拉致が顕在化したものの、以後5年間、拉致救出運動は殆どの国民から相手にされなかった。だが、2002年金正日が拉致を認めたことで国民の拉致と北朝鮮に対する認識は一変し、06年9月にようやく拉致解決が日本外交の最重要課題として位置づけられた。しかしそれ以来、救出は大きな壁に直面し停滞したままである

 

    そこにオバマ政権の江南号追跡事件が起き、2人の米国人奪還が実現した。一言で言うなら、ならずもの集団には抑止力(軍事力)の使用しかないということを改めて知らしめた。しかし、日本は抑止力行使が出来ない。というより、実現しようとする努力、パワーが政界全体、国民の側にも見られない深刻な情況にあることだ。

 

    客観情勢は、安全保障政策の全面改正に踏み切らなければならないのだが、民主党鳩山由紀夫代表の「非核三原則」をめぐる発言は、日替りランチのように毎日変わっている。予想していたことではあるが、あまりの定見のなさに言葉がない。

 

    私は、日本人がかろうじてパワーを維持したのは1955年までと見ている。豊かになるに従って、学生、労働、反体制運動も、政党内の権力闘争もパワーを失っていった。アメリカ大統領選挙のあのパワーは何だろう。

 

    政権交代や政界再編で失ったパワーを取り戻すことが出来るのかどうか。期待を込めて選挙戦を見守っているのだが……。情況は楽観できない。