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外務省幹部の責任を問う                

~有本明弘夫妻の訴状を読んで~

佐藤勝巳

(2009.7.21)
                  

    有本明弘夫妻の訴状を読んで、ずっと気になっていた疑問が解け、「なるほど、そうだったのか」と膝を打ったのだった。

 

    疑問の発端は、2007年10月26日付日本経済新聞が「日朝打開へ政府新方針」と大見出しで報じた記事を読んだときが最初であった。記事にはこう書かれていた。

 

    「政府は膠着(こうちゃく)状態にある日朝関係を打開するための対処方針を固めた。拉致被害者の帰国を最優先する考えを明確にしたうえで、拉致、核、ミサイル問題の進展に合わせて段階的に制裁解除や北朝鮮支援に応じる」

 

    当時「救う会」全国協議会会長であった私は、この報道に仰天した。急ぎ外務省、首相官邸に事実確認の電話を入れたところ、両方とも「政府新方針」など知らない、と言う。

 

    それでも気になるので官房長官に確認を取ってもらったが、「そんな事実はない」との返事である。私の記憶に誤りがなければ、日経が報道した当日夕方、総理に就任してまもない福田康夫首相が家族会と会うことになっていたので、私も一緒に面会した。その席上で家族会から日経の「政府新方針」の記事について質問が出た。だが、首相は言下に否定した。

 

    だったら日経の報道は、どこから、何のために出されたのか、といろいろ考えてみた。日経が北筋の情報を裏も取らず一面トップに使ったのだろうか。信じられないことである。ただ記事の中に、それまでマスメディアが使ったことのない「行動対行動」という表現が使用されていたことがひどく気になった。この常套句は北の専売特許であるからだ。

 

    また、「高村正彦外相は二十五日の参院外交防衛委員会で『拉致被害者数人が日本に帰るということで解決というわけにはいかないが、進展にはなりうるかもしれない』」と記されているくだりも、気になった。  

なぜなら、これは関係者が読めば、それまで政府が言ってきた「前進」(政府は「進展」とう表現は不使用)の中身とは違うからだ。政府は「金正日政権が拉致を認め、被害者全員を日本に返す交渉のテーブルに着いたとき」が「前進」だ、と説明してきた。

 

    この時、当時の佐々江賢一郎アジア大洋州局長と山田重夫北東アジア課長はワシントンを訪問中で東京にはいなかったので、従来の政府の了解と違う答弁を誰かが高村正彦外務大臣にレクチャーしたことになる。そう考えた私は、外務省を取材してみた。たが明確な回答を得ることはできなかった。

 

    そして、2008年5月9日付読売新聞が「孫娘と韓国で面会案」―政府 李政権に仲介要請―と一面トップで報道した。

 

    「日本政府が、拉致被害者の横田めぐみさんの娘や元夫と、めぐみさんの両親との面会を韓国内で実現できるよう韓国政府に北朝鮮との仲介を要請していたことがわかった。日本側は面会が実現すれば、めぐみさんの『遺骨』として北朝鮮から提供された別人の骨を返還する考えも示した。日朝関係筋が8日明らかにした。拉致問題を巡る日朝関係が進展しない中、現状を打破するには、日本から踏み込んだ提案をする必要があると判断したとみられる。日朝関係筋によると、拉致問題担当の中山恭子首相補佐官が先月25日、ソウルを訪問した際に韓国政府高官に要請した」というのだ。

 

    これに対して、交渉の当事者である中山恭子内閣総理大臣拉致担当補佐官・参議院議員名で、平成20年5月9日付で、白石興二郎読売新聞東京本社編集局長宛に文書で、「本日読売新聞朝刊の拉致問題関係の報道について」という申し入れを行なった。

 

    「報道にあるような面会の要請及び『遺骨』の返還の考えを示したという事実はありません。また政府全体としてもこうした方針を決定したことはありません。本件に関しましては、私自身、御社からの取材を受けていないにもかかわらず、このような事実と異なる記事が掲載され、拉致問題に関する日本政府の対応方針が誤解されかねない事態が生じたことは、極めて遺憾です。(略)つきましては、本件について訂正されるとともに、以後、このような事実に基づかない報道をされることがないよう、強く申し入れます」

と、報道の事実関係を全面否定したのである。なんとも不可解な報道であった。

 

    交渉当事者を取材せずに一面トップで扱うということは、日本政府、とくに外交に関係する高官の誰かが読売新聞にしゃべった、と推定せざるを得なかった。それにしても呆れるのは、交渉当事者を取材することなく記事を書く読売新聞である。

 

    つまり、日経も読売も事実無根を報道したことになる。しかも政府の方針と違うことが政府内部から報道機関に流されているという事実に、こんな馬鹿なことがあって良いはずがない、と私は思い続けてきた。

そこに、今年の4月24日「朝まで生テレビ」というテレビ番組で田原総一郎氏が「外務省のナンバーツーだかナンバースリー」の発言として、有本恵子さんなどが「外務省も生きていないことを知っている」と、電波を通じて発信したのである。

 

    この田原発言で、それまで私の脳裡にひっかかっていたモヤモヤのすべてが消えうせた。日経→読売→田原発言という三つをつなげてみると、政府の方針と違うことをメディアにリークしてきた人物が鮮明に浮かび上がってきたのである。

 

    つまり、政府の方針と違うことを考えている「外務省ナンバーツーだかナンバースリー」が、日経、読売、テレビ朝日(田原総一郎氏)に対して、特ダネを与えるという形でうまく利用したのではないか、と私は推測した。

 

    この外務省高官の言動に一貫していることは、日朝交渉の「入り口」で拉致や核、ミサイルを解決するのではなく、日朝交渉の中で解決するという「出口論」である、ということだ。この「出口論」という考えは、外務省で朝鮮問題の局長を務めた、谷野作太郎氏、阿南惟茂氏、槙田邦彦氏、田中均氏、問題の現高官と、外務省の中では主流の考えのようだ。

 

    拉致解決を日朝交渉の出口に持っていったら、金正日政権は「拉致被害者は死亡した」と言っているのであるから、交渉が妥結した途端に消される可能性がある。だから間違っても拉致解決を出口にもって行くことはできないのだ。

 

    〝件の高官〟の先輩である田中均氏は、日朝国交促進国民協会で元首相村山富市氏や和田春樹東大名誉教授らと一緒になって、日本人を拉致し、核実験を2度もし、弾道ミサイルの実験を繰り返し行っている金正日政権と国交正常化を急げ、と発言し続けている。田原総一郎氏も田中均氏と朝日新聞紙上で国交正常化交渉の必要性を対談で語っていた、と記憶している。

 

    2002年9月15日、小泉訪朝で金正日政権は拉致された日本人は5名生存8名死亡と伝えた。外務省は金正日政権のこの発言に疑問も抱かず、それが真実だとして、そのまま家族に「死亡」を伝えたことは記憶に新しい。

 

    外務省が取るべき態度は、「北朝鮮は死亡と言っているが、政府は今後調査・検証をしていきます」と言うべきではなかったのか。

 

    ところが「この高官」は、今になっても金正日政権の死亡説を田原氏に伝えたのだ。田原氏は高官の発言を真に受けて、テレビで「死亡」したと発言したのだと推定される。

 

    だが金正日政権は、死亡診断書が誤りであったことを認めているではないか。めぐみさんの「骨」も偽物だった。だから日本政府(拉致対策本部長は内閣総理大臣、副本部長は官房長官、部員は全閣僚)は、金正日政権の「死亡」云々は信用できないとなったのだ。この政府決定に、田原氏にしゃべったと推定される外務省高官は直接関与している。ということは、この高官には何か〝意図〟があると思わざるをえない。

 

    国家公務員である外務省高官が、政府の方針と違う言動を、しかも地位を利用してマスメディアを使って世論工作を行なっているということは、到底許されぬ行為である。首相は国益のため、総理大臣の権限で職務を交替させるべきである。

 

    有本夫妻は、娘恵子さんのことを思って訴訟を起こした。「カネが目的ではない。もし裁判で目的が達成したら、経費を差し引き、残りはしかるべきところに寄付します」と記者会見で、嘉代子さんは言っている。

 

    この訴訟の背後には、訴訟対象にはならない拉致解決をめぐる路線上の厳しい戦いが存在しているのである。

 

    本裁判は、進展如何によっては意外な事実が明らかになる可能性がある、と思っている。明弘さん、嘉代子さん、くれぐれも体に気をつけ、「娘さんとお国のために」頑張って下さい。

 

▼北朝鮮に拉致された有本恵子さんのご両親が7月16日、神戸地方裁判所に、政治評論家田原総一郎氏を告訴した。以下訴状などを紹介する(佐藤勝巳)。

 

資料Ⅰ 訴状

 

請求の趣旨

 

1、被告は、原告有本明弘に対し、金500万円及び同金員に対する平成21年4月26日から支払い済みにいたるまで年5分の割合による金員を支払いえ。

 

2、 被告は、原告有本嘉代子に対し、金500万円及び同金員に対する平成21年4月26日から支払い済みにいたるまで年5分の割合による金員を支払え。

 

3、訴訟費用はいずれも被告の負担とする。

 

との判決並びに第1項及び第2項について仮執行の宣言を求める。

 

請求の原因

 

1、 原告ら両名は昭和31年6月19日結婚し、両名の間に昭和35年1月12日三女有本恵子(以下「恵子」と略称)を設けた。同女は神戸市の原告両名のもとで育てられた。

 

2、 恵子は、大学卒業後1982年イギリスのロンドンに留学した。その間の1983年7月頃同所やデンマークのコペンハーゲンにおいて、北朝鮮の工作員に欺されて、北朝鮮に拉致され、以後帰国できず、電話・手紙などの連絡が取れないままになっている。

 

3、 日本政府は、平成19年11月までに、恵子を拉致被害者支援法に基づき、拉致被害者として公式に認定した。

 

4、 これまでに北朝鮮側から日本政府に対して、「恵子がガス事故で死亡した」旨伝えられたが、これまでにそのことを証明する確たる証拠は何ら示されていない。

従って、原告ら・日本政府とも、恵子は生存しているとの前提で、同人の帰国のための折衝や活動に努めてきた。

 

5、 被告は、政治評論家であり、テレビの政治討論の番組の司会なども業として行なっている。

 

6、 (1) 平成21年4月24日被告は政治討論番組(テレビ朝日の番組(朝まで「生テレビ」の中で、次の通り発言した。

 

    「これを言うのをよそうと思っていたが、あえて言うと、ブッシュ大統領がテロ支援国家指定を解除した。私はこの時、外務省のナンバーツーだかナンバースリーに、「日本は拉致問題があるのに、こんなテロ国家支援国家の指定を解除するのは日本に対する裏切りではないか」と言ったの。名前を言うと悪いから名前はいえませんが、その人は、「実はそうではない」と。「アメリカは日本にあきれ返ったのだ」と。「あきれ返ったとは何だ」と言ったら、2007年1月にベルリンでヒルと金桂寛が会って、ここからアメリカは圧力から対話に変ったんですよ。マカオの銀行の話もあるし、それからこういうことをやった、と。あきれ返ったとは何だというと、要するに、「ベルリンの2007年1月のこの対話から日本に対しては1年間時間をくれた」と。「拉致問題をきちんと交渉しろ」と。「ところが日本はついには交渉できなかった」と。「だからアメリカはあきれてテロ支援国家指定を解除した」と、こう言っています。

 

    何で出来なかったかははっきりしている。つまり、まともに交渉するということは、日本は山本さん(同席の議員)なんかは典型だけど、横田めぐみさんと有本恵子さんは生きている前提でやっているわけだ。ところが北朝鮮は「生きていない」と言っているわけ。外務省も生きていないことを知っているわけ。そこで生きていないという交渉をやると、山本さん達にこてんぱんにやられる。田中均が爆弾を投げ込まれるじゃない。僕は福田さんにも言ったんです。「あんた命がけでやれ」と。やんなかった。

(「田中均さんに凄く批判的だったのは、彼の外交姿勢というよりは、北朝鮮人脈をかなり個人的なものにしたからなんです) に対し

(2) つまり、被告のこの発言は、

    ①原告らが、その娘恵子が生きていると信じている中で、あえて、「生きていない=死んでいる)」と発言したものであって、その発言自体著しく原告らの感情を害する内容である。

    ②のみならず、その発言内容は、あたかも「外務省やその高官が恵子が死亡したことを事実として知っており、かつ、その事実を外務省高官から伝え聞いた」かのような虚偽を作り出し、テレビと言う公共放送を通じて広く全国に伝えたものであった。その意味でことさら違法性が高い。

 

7、 このようにして、被告は原告らの子供にたいする「元気で生きていて欲しいという素朴な感情(親心)を、虚偽を弄して、違法かつ著しく害したものである。

これを慰籍するのは金銭に代え難いが、被告の違法行為に基づく損害として、原告人1   
人につき金500万円及び、同発言の翌日から支払い済みまで民法所定の年5分の割合による損害金を請求するものである。

 

証拠書類(略)


資料Ⅱ 声明                        平成21年7月16日

 

    子恵子が北朝鮮に拉致され、われわれと共に生活できないでいるようにしているのは金正日政権です。
金正日政権から恵子を救出するためわれわれ二人は懸命に努力してまいりました。多くの理解ある国民からの暖かい支持支援を得て、また、政府も拉致被害者救出に努力しています。厚く御礼を申し上げます。

 

    これに対して北朝鮮は、恵子などが既に死亡していると一方的に主張していることはご案内の通りです。
ジャーナリストの田原総一郎氏は、訴状に記されている通り、テレビで恵子並びに横田めぐみさんの二名が死亡していると外務省部幹部が明言したと発言しました。

 

    他方、外務大臣並びに同省幹部は田原総一郎氏のこの発言を否定しています。誰かがウソをついているのか。また、外務省一部幹部と田原氏が裏で意を通じ、恵子などが死亡している、だから拉致、拉致と騒ぐなとの世論作りに動いたのか。わが子の生死にかかわることですから、裁判を通じ明らかにする権利があると思っています。

 

    それにしても誠に腹だたしいことであり、怒りを抑えることが出来ません。

 

    「有本さんを支える会」(井川朗、加納良寛共同代表)を始めとする皆様の御支援を受けながら共に戦ってまいります。

                           有本明弘
                           有本嘉代子

 

資料Ⅲ 有本さんを支える会 声明             平成21年7月16日

 

    われわれは、別紙有本明弘ご夫妻の声明を完全に支持し、共に戦うことを表明します。金正日政権と戦うためには、何よりも政府並びに国民の団結が大切です。この度有本明弘・嘉代子ご夫妻が提起された問題は、金正日政権を喜ばすもの達への戦いと理解しています。特に「北朝鮮と融和を図る一部外務省幹部に自由に物を言わせない、と言う趣旨の社会的雰囲気は問題だ」という田原発言は国益を大きく損なうものだと考えます。

 

    広く国民の理解とご協力をお願いいたします。

 

                              代表 井川 朗
                              〃  加納良寛

                                                                                                     以上


 

有本さんを支える会 
共同代表  井川 朗 加納良寛
事務所住所 640-8326 和歌山市新留丁3-2
℡073ー421-5400 Fax073-421-5410
ホームページ  
http://blog.livedoor.jp/sasaerukai/
メールアドレス  akira.ika@gmail.com

* カンパのお願い
この裁判を戦うため、カンパにご協力ください。
振込先  紀陽銀行 東和歌山支店 普通口座1916780 有本さんを支える会 代表 井川(いかわ) 朗(あきら)