朝日新聞の誤報に思う 佐藤勝巳 (2009.06.25) 朝日新聞は6月16日付で、金正日の3男金正雲氏 (26)が中国を訪問し、胡錦濤国家主席と面会した、と1面トップで報道した。 この記事を読んだとき、直感で〝あり得ないことだ〟と思った。なぜなら、中国、いや中国共産党は、人と会うとき、肩書き、序列を異常なほど問題にするからだ。結果は、やはり誤報だった。 1983年だったと思うが、金正日が中国を訪問するにあたって中国共産党トップに会いたい、と申し入れをして断られたという事件があった。当時朝鮮労働党内で序列4位であった金正日では「格が違う」というのが、中国側が応じなかった理由であった。 儒教的共産主義国家においては、肩書き、序列がやたらと重要視される。それは今も変わっていない。金正雲氏がたとえ後継者であったとしても(未確認)、胡主席が何の肩書きもない26歳の青年に会うというのは、余りにも中国に無知で、奇想天外な話だと考えるのが普通である。 金正日政権は核実験したあと国連安保理が制裁論議に入ったとき、北朝鮮外務省は国連安保理牽制のため以下のように言い放った。 「事態がここまでに至った全責任は、朝鮮の平和的な衛星打ち上げを国連に持ち込んだ米国と、それに追随した勢力にある」と断定した上、「これらの国はわれわれの前では衛星打ち上げは主権国家の自主的権利だと言っておきながら、衛星打ち上げ後には国連でそれを糾弾した。(略)大規模核戦争演習が朝鮮半島で強行されているときには沈黙し、われわれがやむをえない自衛措置として行なった核実験に対して『地域の平和と安定に対する脅威』と騒ぎ立てている。自分らだけが持っていたものをわれわれが持つことになるのは、嫌だということである。結局、小国は大国に服従しろということである」(朝鮮時報09年6月1日) 名指しこそしていないが、これは誰が読んでも中国とロシアを批判している、と分かる。 こういう経緯があった15日後に、中国共産党の胡錦濤主席が、北朝鮮内で何の政治経歴もない26歳の青年に会った、という情報(朝日は、中朝の情報戦の中で北に利用されたのだと私は推測している)を真に受けて、朝日新聞は1面トップに報道したのである。 そのあまりのお粗末さ加減を、中国外務省報道官は「『007』の小説のようだ」と言ってからかった。それにしても、ありもしなかったことをニユースとして報道した責任は重い。 今回の誤報で朝日新聞は、儒教的共産党の体質を全く理解していない。北朝鮮をめぐる東アジア情勢に基本的に誤った認識をもっている。そのために容易に利用できると言う欠陥メディアであることが判明した、実に興味ある事件であった。 新聞記者は他社より一分でも早く、という激しい競争社会にいるから、間違いは避けられないとしても、わが国の金正日後継者問題の報道のしかたは総じてひど過ぎる。 今、北朝鮮で起きていることは独裁権力が親子3代にわたって世襲されるという、歴史を逆流させる狂気の沙汰だというのに、後継者は、長男か、二男か、三男かに関心が集中、三男が後継者に決定という前提で、取材合戦が展開されている。 金正日政権は、すべての権利を奪って国民を奴隷化しているだけではなく、国連安保理を「強盗」呼ばわりして、国際的なあらゆる約束事に反して、ミサイルや核実験を強行している。こんな無謀で危険な権力が子供に世襲されることを、どうして問題視しないのか。日本の報道関係者はなぜ正面切って金正日独裁体制を批判しないのか。ピントが外れているのは朝日新聞だけではない、と私の目には映る。 話を朝日新聞に戻すが、同紙は6月6日付社説で、北朝鮮の2回目の核実験後、日本国内とくに自民党国防小委員会が巡航ミサイルや弾道ミサイルの保有、集団的自衛権の見直しなどを提言したことを批判し、日本の安保は「米国との同盟を基軸にして、中国や韓国、ロシアなど近隣諸国との関係を安定させ、共存共栄の結びつきを深めていく。これが日本の安全保障の基本である」と述べている。 唖然とした。金正日政権が核拡散防止条約に加盟してから、とくに1994年のジュネーブ合意を破綻させ、6者協議中に2回も核実験を強行破綻させた。大陸間弾道弾の開発が間近に迫っているときに「近隣諸国との共存共栄」という台詞は金正日政権の危険を曖昧にする以外のなにものでもない。 「米国との同盟を機軸に」と言うが、ブッシュ政権は昨年10月、日本の反対を無視して、金正日独裁政権をテロ支援国家指定から解除したのだ。社説が論じなければならないのは、この事実を踏まえて、同盟の機軸をどう強化するかを示すことではないのか。具体的に何をすればよいのか聞きたい。 「中国や韓国、ロシアなど近隣諸国との関係を安定させ」という「など近隣諸国」のなかに北朝鮮が含まれている文脈となっている。では、どうやって金正日政権との「関係を安定」させるのか。これも何も触れていない。 金正日政権はミサイルを発射、核実験をしているからその危険性は誰にもよく見える。しかし朝日の社説は、近隣諸国との共存共栄を説き、日本の安全強化策を批判する。結果として主要な敵金正日政権をぼかし、擁護するという最も悪質な考え方を広める役割をはたしている。 これと同じ考えが外務省一部幹部にも見られる。われわれはこの種の考えと厳しく対決していかなければならない。
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