やせ細った独裁者なんて 岡林 弘志 (2009.4.15) 「やせ細った将軍様の姿を目にし……」(4・14労働新聞) あまりに率直な表現に驚かされた。
「人工衛星」打ち上げに続いて、最高人民会議で最高ポストである国防委員長に三たび選ばれた。平壌が祝賀ムードに沸き返った後のこの論文である。主演は金正日だが、このシナリオを書いて、演出したのは誰なのか。何か新しい動きを感じる。
「強盛大国の大門をたたく最初の砲声」 北朝鮮メディアが繰り返し強調する「人工衛星」(4・5)は、確かに改選後初めて開かれた最高人民会議(4・9)で、三期目を出発させた金正日体制門出の祝砲になった。
米ロの軍事当局は、「軌道に乗せるのに失敗し、太平洋に落ちた」と公式に発表した。北朝鮮は表向き大成功と宣伝しているが、本音ではどうでもいいと考えているのではないか。はじめから、軌道に乗せるほどの技術はない。主たる目的は、長距離弾道ミサイルの発射実験だったからだ。 98年の「テポドン1」は1500キロ、06年の「テポドン2」は発射直後に分解した。今回の「テポドン2改造型」は、遙か3200キロほども飛んだ。
そして日本は、麻生政権が低迷する支持率の回復のために、危機管理能力を見せつけようとしてか、ミサイル防衛(MD)システムによる「破壊措置命令」を公表するなど、北が予想した以上に大騒ぎした。発射前日には「発射」の誤報を世界中に流し、恥までかいてくれた。 国連安保理では、日米などが新たな非難・制裁決議をと躍起になったが、表向き「人工衛星」と事前通告をしたため、中ロは賛同せず、法的拘束力のない「議長声明」で収まった。北朝鮮の離間策は見事に当たったのだ。 肝心の米国はどうか。アラスカまでは6000キロほどもある。驚かせるまでは行かなかったが、運搬手段の開発が進みつつあることで、「核保有国」というカードは、一段と有効性を増してくる。これで、オバマ政権は、やがて直接交渉に出てこざるを得ないはず、と北朝鮮は皮算用をしているに違いない。 そして、最高人民会議。 「金正日将軍の先軍政治を高く掲げ、新しい里程標をたてる意義深い会議」(労働新聞)
金正日の国防委員長再選は既定路線。注目された本人は、687人の代議員の前へ姿を現した。しかも、自ら歩き、左手は不自由そうながら拍手までして見せ、この映像は即日放映された。直前(4・7)には、昨年の現地指導の映像が1時間近くにわたってテレビ放映された。
一方、最高人民会議の前日(4・8)には金日成広場では10万人が参加して「人工衛星成功歓迎大会」が開かれた。同じ日、各界上層部による「金正日国防委員長就任16周年慶祝中央報告大会」も開催された。会議翌日(4・10)にはやはり、10万人が参加する「慶祝大会」が開かれたという。北朝鮮はお祭り騒ぎだ。 それにしても、あのげっそりやせた姿は気にかかる。こんな格好を公開して、「健在」を誇示できたといえるのか。かつて全知全能、一日に千里移動するといわれた「鋼鉄の将軍」とは、あまりにイメージが違いすぎる。 「やせ細った父なる将軍の姿を目の当たりにし、あまりにも心を痛めて、言葉を何も発することができなかった。(工場支配人らは)工場を離れる将軍を見送り、むせび泣く顔には二筋の涙が流れ続けた」 12日の労働新聞に載った「火種を重んじよう-偉大な将軍が軽工業革命の炎を転じた三日浦特産物工場を見て回り」と題する「政論」の一節。これまでなら、こんな論文が載るわけがない。もし載ったら、記者や上司は強制労働所行き間違いなしだ。 北朝鮮のメディアが、金正日の急激な体重減を文章ではっきり認めたのは初めてだ。しかし、考えてみると、先の動画は「健在」を誇示するためと受け取るむきが多かったが、やせた姿は誰の目にもはっきりしており、左手が不自由なのもわかる。 ということは、現地指導の動画やスナップ写真も、金正日の体が弱っていること、後継者の必要性を、国民に知らせるのが目的と考えた方がいいのかもしれない。 日韓の中には「病み上がりにもかかわらず人民のために働く将軍の情け深さ、懸命さを誇示するため」という解説もあるが、どうも腑に落ちない。
独裁者はスーパーマンであってこそ君臨できる。独裁者に同情は似合わない。一挙に年老い、健康に問題がある独裁者では脅しが効かないではないか。 こんな演出を誇り高い本人が考え出すか。他に演出者がいると考えた方がわかりやすい。カギを握るのは、金正日の妹婿、63歳の働き盛り、張成沢・党行政部長だ。かねて側近中の側近と言われ、昨年夏に金初日が倒れて以来、重要任務を代行してきたと言われる。 今回の人事で国防委員会委員に登用された。 国防委員会は、事実上国家の中核機関になっている。先にも触れたが、金正日が委員長だ。これまでは、金正日が一人で権力を握り、委員は長老の名誉職とも言われていた。 今回は、正副委員長を除く委員を4人から8人に増やした。このうち五人は新人で張成沢をはじめ、金正日や張成沢に近い実務派が起用された。
これも素直に読めば、金正日の独裁が弱まり、張成沢を中心とした集団指導体制に変わりつつあるように見える。そうなら、金正日は象徴的な存在になり、ひたすら現地指導に励む姿だけを見せるのが役割か。労働新聞の論文はこのあたりを裏付けているのではないか。
|