現代コリア

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◎ 「権力世襲」は矛盾を拡大する
岡林  弘志

(2009.3.6)

 

    やはりというべきか。金正日総書記が権力世襲の準備を始めたようだ。この困難な時代に二代続けての世襲をやろうとするなら、軍事独裁体制の強化が必須条件だ。北朝鮮の宿痾である外交的孤立と経済難、人権抑圧を強める結果を招くに違いない。

 

    厳冬期が過ぎて、北朝鮮もいろいろ動き出した。このところ注目を集めているのは、「テポドン2」の発射準備、最高人民会議の代議員選挙、それに、軍部の大幅人事…である。

 

    これらの動きの中で、注目したいのが、2月16日の金正日誕生日をきっかけに明らかになりつつある権力世襲作業の開始である。

 

    「白頭山の伝統をわが革命の永遠の血筋として、祖国繁栄の万年礎石として堅持していくべきだということは、偉大な将軍の確固不動の意志である」

 

    当日の「労働新聞」社説は、「血筋」の継承を強調した。

 

    同じ日の「朝鮮中央放送」は、わざわざ1996年1月14日に金正日が党幹部を前に行った談話を紹介している。

 

    「革命は一世代で終わるものでなく、数世代にわたって実施される長期的な事業である。『志遠』(金日成の父が打ち出した)思想は領袖の代を経て私の代に至った。われわれは領袖が開拓した主体革命偉業を代を受け継いで継承して完成させなければならない」

 

    昨年の秋頃から、「革命の継承」がちらほらしたが、本格的に世襲キャンペーンを始めたとみていいのではないか。韓国の国家情報院の元世勲院長も、国会で「金日成、金正日、金正日の息子と続く三大世襲は可能だと見られる」と報告した。

 

    最初の世襲を見ると――。

 

    金正日が後継者に確定したのは、74年2月の党中央委総会で政治委員会委員に選出されたときといわれる。31歳の時だ。指名した金日成は61歳、元気な盛りだった。この時以降、金正日は「党中央」の別称で文書などに登場する。

 

    公になったのは、「党書記」に指名された80年10月の労働党第六回大会。38歳だ。
実際に権力が委譲されたのは金正日が52歳、94年に父親が死亡した時だった。この間、20年が経過している。それだけ、注意深く、慎重に行われたということだろう。

 

    果たして、今回は――。

 

    金正日はすでに67歳。しかも核にこだわる体制維持は、外交孤立を深め、軍事優先政治は経済を根本までむしばんでいる。独裁体制がはらむ幾多の困難を抱えて、世襲は可能だろうか。

 

    まず、昨年夏の金正日「重病説」は、人々の間に広く知れわたっている。「偉大な領導者」「不出生の偉人」「偉大な霊将」と讃えられ、超人だったはずの総書記の「神格」に傷が付き、「指導力」が大きく揺らいだのは間違いない。

 

    今年2月の金正日の動静報道は、15回を数えた。それ以前は06年7回、07年3回、08年2回(韓国・中央日報)に比べると、異常なほど多い。それだけ、重病説が広がり、健在ぶりを誇示せざるをえないという証拠でもある。

 

    最近、軍部の大幅人事を行い、側近中の側近を昇格、登用したようだが、これも世代交代によって、体制引き締めをねらったのではないか。

 

    さらには、「ヤミ市資本主義」の横行だ。配給制度の崩壊は、様々な「市場」を生み出した。公営市場、総合市場、農民市場などが全国的に広まった。

 

    ここでは、食料品や日用品をはじめ、資材料、部品などあらゆるものが扱われている。モノの動きは人間の動きを伴う。また、生活必需品の9割は中国製品といわれ、質の良い韓国製品も出回っている。

 

    こうしたモノは韓国や中国の経済発展、豊かさ、同時に北朝鮮の経済力の貧困さ、金正日の国家運営の過ちを人々に印象づけるに違いない。これらの情報は、独裁体制下ではつきものの口コミを通じて伝わっていく。金正日は、「改革・開放」を否定しているが、足元は確実に揺らいでいる。「ヤミ市資本主義」と名付けてもいいだろう。

 

    「われわれ式社会主義」の危機である。当局は、こうした動きを封じ、流通の上前をはねるために、様々な統制をしている。商売は40歳以上の女性に限る、総合市場を閉鎖して農民市場だけにする、農産物以外は国営商店だけが扱う……。

 

    しかし、市場はすでに生活に深く組み込まれている。住民らは市場がなければ、食料や日用品の購入はできず、生活費を稼ぐ手段がなくなるなど。あちこちで住民と取り締まり班との小競り合いが起きているという。

 

    こんな状態で、さらに統制を強めて、世襲の環境を作ることができるだろうか。

 

    それに、世襲自体が体制内のごたごたを引き起こす可能性もある。

 

    金正日の息子は三人だ。長男の正男(37)、次男の正哲(27)、三男の正雲(26)。

 

    儒教のうえからは、長男が後継となればすんなりいくはずだ。しかし、母親が異なることや独裁者になりうる素質などを考えると、次男、三男を推す勢力もあるらしく、すんなりとはいきそうもない。具体化が進めば、お家騒動ともなりかねない。

 

    それに、権力世襲に反対の勢力もありそうだ。金親子による治世は60年を超えた。しかし、金日成が目標とした「全人民が白米と肉のスープを口にし、絹の服を着て、瓦屋根の家で豊かに暮らす」生活は、いまだに実現していない。金正日も「父なる領袖の構想を一日も早く実現すべき」というが、とうてい無理だ。

 

    一回目の世襲には20年余の歳月をかけた。今回は金正日の健康を考慮すると、時間の余裕はない。となると、かなり強引に世襲に向けた環境作りをせざるをえない。それでも人々は「金王朝」のこれ以上の存続を許すだろうか。父親のようにカリスマ性がない金正日に世襲を断行する力量があるか。ここにも混乱の種がありそうだ。

 

    「2012年」。北朝鮮は、金日成の生誕100年に当たるこの年を、「強盛大国の大きな扉を開く」年と定めて、「全党、全軍、全人民を新たな総攻撃戦に奮い立たせて」いる。

 

    しかし、肝心の経済立て直しの展望は全く開かれていない。特に、食料は今年117万トン不足する(韓国統一省)。需要が548万トンに対して昨年の生産量は431万トンにしかならないからだ。ここ何年も年間100万トン不足が続いている。

 

    北朝鮮がいかなる指導者を選ぼうと勝手だが、そのために「先軍政治」「独裁体制」を強化すれば、外交的には「核」放棄しないまま、支援を得ようとするための恫喝外交、瀬戸際外交を続けざるを得ない。国内においては、住民の不満を抑えるため、さらなる人権抑圧が進む。場合によっては混乱を抑えるため、外に向かって軍事的緊張を高める手法をとる恐れもある。

 

    周辺国にとっては、はた迷惑で済めばいいが、この地域の不安定をさらにます可能性が大きい。北朝鮮の権力世襲は国内問題にとどまらない。