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涙ぐましい(?)金正日「健在」報道
岡林弘志

(2008.11.12)

 

    金正日「重病説」が公になってから二ヶ月。「上御一人」の病気は、独裁体制そのものを揺るがす。この間、北朝鮮当局は健在誇示と病気打ち消しに懸命だ。涙ぐましいほどである。ただ、「頭隠して尻隠さず」。きめ細かくやり過ぎて、すぐシッポを出してしまうのは皮肉だ。むきになるほど、健康悪化の疑いが濃くなる。

 

    打ち消し作業は、国内外に向けては金正日の動静報道、国内的には金正日の「歴史的労作」の宣伝・学習、そして韓国向けには対北ビラの散布阻止――と、大きく分けて三つの分野にわたっている。

 

    懸命さがよくわかるのが、金正日の動静報道だ。日韓などのメディアの疑問(カッコ内)にいちいち、しかも即刻答えている。一連の動きをなぞると――。

 

    「動静不明がこれまでの記録50日を超えた」→大学対抗サッカーを観戦(10・4)→「写真が付いていない」→軍部隊を視察・写真20枚付き(10・11)→「背景の植物が青々して秋にしては不自然」→人民軍のサッカー試合観戦・写真の背景の山や草木は紅葉(11・2)→「左手の動きがなく麻痺か」→軍部隊を視察・両手で拍手する場面の写真付き(11・5)→「保存写真か合成写真では」→二日間連続報道・軍部隊視察(11・5)芸術公演観覧(11・6)

 

    金正日や宣伝担当当局が日韓のメディアを丁寧にカバーし、しかも神経質になっているのがよくわかる。

 

    これらの動静報道は、国内でも大々的に行われている。独裁者は堂々としていればいいのではないかと思うが、これほどまでに周辺の目を気にするのは異常だ。どうも「脳卒中で倒れた」といううわさが口コミで行きわたり、取り締まってもあまり効果がないためだろう。

 

    韓国のメディアは、写真付きの動静報道を「写真統治」と皮肉っている。

 

    さらに、当局が「健在」誇示のために出してきたのが、9月5日の「労働新聞」と「民主青年」に掲載された金正日の談話である。タイトルは「朝鮮民主主義人民共和国は不敗の威力を備えた主体の社会主義国家である」。

 

    その後、北朝鮮のメディアは繰り返し、この談話を歴史的な意味を強調し、しっかり学習するよう呼びかけている。

 

    例えば、労働新聞・中央放送(10・13)は、この談話を「「歴史的里程標を打ち立てた」「富強祖国建設の戦略的指針」「敬愛する将軍の特出した偉人的な高貴な結晶体」などなど、これでもかというほど褒めちぎっている。10月27日にも「将軍の不滅の業績を深く体得し、わが共和国の尊厳と強盛・繁栄の気概を高く轟かせるべきである」と、学習を呼びかけている。

 

    おそらく、全国民がこの「談話」を学習させられているに違いない。

 

    内容を簡単に言うと、建国以来60年、金日成と金正日のおかげで、主体思想を守り社会主義祖国を築いた。これからは、金正日が率いる「軍事優先」によって「社会主義強盛大国」を建設するのが、われわれの「崇高な任務」ということだろう。

 

    金正日のありがたい談話にもかかわらず、内容はほとんどが1月1日の「共同社説」の焼き直し。「革命の首脳部」の「決死守護」までそのまま入っている。素直に読めば、金正日自身が生命を投げ出してオレを守れと指示していることになる。

 

    それに全体的に、本人が語ったような文章になっていない。また、人民に訓辞を垂れるなら、共和国創建記念日(9・9)がもっともふさわしかった。

 

    この談話を朝鮮中央放送、平壌放送が伝えたのは、新聞掲載から五日後の10月10日だ。通常、重大発表は新聞、テレビ、ラジオで同時に行われる。宣伝担当当局が突如思いついて談話をつくり、内部の調整もないままに新聞に載せたのか。5日の時間差は、談話の発表が唐突だったためではないか。

 

    不自然なことが多い。

 

    また、国内での重病説打ち消しに懸命なのは、韓国からのビラに異常なほど神経を使っていることでもわかる。

 

    「わが方の最高尊厳を傷つけることは、わが体制に対する正面からの挑戦であり、戦争布告である」(10・16労働新聞)

 

    「最高尊厳」はもちろん金正日、「傷つける」は重病説を意味するのはいうまでもない。

 

    韓国内の脱北者や人権団体、拉致被害者の会などによる対北ビラ散布は、金大中・盧武鉉政権下では抑えられていたが、李明博政権に変わった後の今年春から散布が始まった。

 

    内容は、北朝鮮の人権抑圧や金父子による独裁の惨状など。さらに10月からは「金正日重病説」が主な内容になっている。そしてビラの入ったビニール袋には、一ドル紙幣や中国人民元も同封されている。

 

    北朝鮮がビラ散布を公式に取り上げたのは、板門店で開かれた南北軍事実務協議(10・2)だ。関係者の処罰、即時中止を求め、もし聞き入れないなら、開城工業団地や金剛山観光地区の韓国人要員を排除するなどと警告した。

 

    李明博政権が違法ではない民間団体の行動を取り締まるわけはなく、北朝鮮のイライラは募る一方。数日おきに非難報道を繰り返している。

 

    ついには「謀略世論戦が続けば、わが軍隊の断固たる実践行動が伴う」「われわれ式の先進先制打撃で廃墟とする」(10・28朝鮮中央放送、平壌放送)と、物騒な警告を発した。

 

    ビラ散布は、軍事境界線の近くから大きい風船に載せてとばすという、IT時代にはふさわしくない原始的なやり方だ。しかし、北朝鮮の過敏な反応は、関係団体が予想した以上に効果を上げている証拠でもある。

 

    かえって関係団体を勇気づける結果を招いている。

 

    「金正日健在」報道は、これからも頻繁に行われるはずだ。

 

    独裁者に困難が生じたときは、むしろ忠誠競争は激しくなる。手を抜けば、後でしっぺ返しを食うことになるからだ。

 

    それに来年一月、米国では対北対話路線を鮮明にしたオバマ大統領が就任する。待ちに待った相手である。米朝関係を進めるには、健在ぶりを誇示しておく必要がある。金正日本人や側近による涙ぐましい努力はさらに続く。(了)