北朝鮮は、なぜ中国に逆らえないのか~愛憎の中朝60年~ 五味洋治 (2008.11.10) 連載(12) 第6章 国際世論を味方にする 核実験後の駆け引き 核実験後の安保理での中国の動きは、ミサイル問題の時以上に興味深いものだった。北朝鮮の核実験実施発表と同じ10月9日、安保理は非公開協議で緊急討議を行い、米国は制裁決議案を提示し、日本も米国案を補完する形で追加項目案を示した。 翌10日、ロシアは容認の姿勢を見せたが、王光亜中国国連大使は「米国案をいい土台だ」と認め、「(北朝鮮には)懲罰的な行動が必要だ」と述べ、中国が強い姿勢で臨むことを伺わせた。 12日には各国が基本合意。13日、米国は安保理に最終案を9カ国(議決権のない韓国も含む)の共同提案として提出し、14日午後(日本時間15日未明)、北朝鮮制裁決議案は全会一致で採択された。 決議は「憲章7章に基づいて行動し、7章41条の下で措置を講じる」とし、国連憲章第7章の言及に関連し、武力行使につながる可能性のある第42条を含めず、経済制裁の規定である第41条に限定すべきとする中国の主張に配慮する内容となった。また、経済制裁の履行確保の手段としては船舶検査ではなく陸上での検査を含む「貨物検査」にとどめ、検査については各国が国内法に従って「協力行動」をとるとして強制的な意味合いを薄めた。 この決議をめぐる課程で中国は、北朝鮮に対する厳しい姿勢に終始した。対北朝鮮問題では現状維持、対話解決を求めてきた中国の変化が強く印象付けられた。10月27日の記者会見で、マコーマック米国務省報道官は、国連安全保障理事会の北朝鮮制裁決議採択後の中国の取り組みについて「非常に厳格に責任と義務を果たそうとしている。われわれは確信している」と述べ、中国の協力に感謝していると語ったほどだ。 安保理が北朝鮮への制裁決議を採択したのは初めてのことだった。北朝鮮の核・ミサイル問題をめぐる国連の対応を見ると、1993年5月に核拡散防止条約(NPT)からの脱退の再考を求めた安保理決議がなされたほかは、いずれも法的拘束力のない議長声明やプレス声明にとどまっていた。 98年に日本海に向けてテポドン1号が発射された時には、日本が、国連の厳しい対応を求めたが、中国が強く反対したため、プレス声明が出されただけだった。その内容は、事前通報がなく、船舶を危険にさらしたことに対する「懸念と遺憾」を表明するという軽いものだった。 |