北朝鮮は、なぜ中国に逆らえないのか~愛憎の中朝60年~ 五味洋治 (2008.11.6) 連載(7) 第6章 国際世論を味方にする 主席の遺訓 李担当大使はこの背景説明の中で「自分は2001年に平壌を離れ、04年に再訪問した。平壌市内の市場が活発になっていた」と最近の様子を紹介した。さらに「朝鮮側は何回も朝鮮半島の非核化は金日成主席の遺訓だ、と言っている。朝鮮は主席の遺訓を特に重視する。軽々しくは扱えない。それだけに(われわれは)勇気付けられている」「共同声明の目標は当然実現できる。これは政治的合意だからだ」。自信満々だった。李は韓国語が流暢(りゅうちょう)で酒にも強い。韓国と北朝鮮で計18年生活した。歴代の在韓国中国大使は韓国マスコミとぶつかったが、李は「気さくな外交官」として人気が高く、「中国一の朝鮮半島通」との評価も受けていた。「北朝鮮関与派」の代表的人物だった。 共同声明の成果に浮かれていた中国に取って思いがけないことが起きた。米国が、2005年の9月に、マカオの銀行(バンコ・デルタ・アジア=BDA)にあった資金に関連し、金融制裁(注4)を科したのだ。これに北朝鮮が反発し、6カ国協議への出席を拒否する。この問題が尾を引き、6カ国協議の事実上の再開は2007年2月までずれこむことになる。 2006年1月、金正日は突然中国を非公式訪問した。表向きには中国の改革経済の学習とされたが、金正日は中国側に金融制裁の解決を中国側に依頼したとされる。
(注4)米財務省は2005年9月、マカオの銀行バンコ・デルタ・アジア(BDA)を北朝鮮による資金洗浄などに 協力した疑いがある金融機関に指定し、北朝鮮の資金を凍結させた。米金融機関はBDAとの取引を 停止。同行はマカオ当局の管理下に置かれ、北朝鮮関連口座の約2500万ドルが凍結され、銀行資金 の取り付け騒ぎも起きた。 |