北朝鮮は、なぜ中国に逆らえないのか~愛憎の中朝60年~ 五味洋治 (2008.10.23) 連載(14) 第5章 裏切られても関係を守る 南巡講話と韓国 中国南部の都市、深圳市の蓮花山公園は緑豊かな場所だ。なだらかな山を歩いて10分ほど行くと山頂に着く。中心には鄧小平の大きな銅像が建っている。すこし笑みを浮かべ、歩き出すような姿勢だ。その前には市民からのたくさんの花が絶えることがない。深圳は鄧小平の指示で1980年に経済特区に指定されてから飛躍的に発展しただけに、いまでも「神様」に近い扱いだ。 その鄧小平は1992年1月から2月にかけて湖北省・武漢市、広東省・広州市、同・深圳市、同・珠海市、上海市など中国南部を視察し、改革・開放の加速を強く訴える講話をした。のちに「南巡講話」と呼ばれるものである。 この実利主義は、結果的に中国と韓国を近づける効果ももたらした。この年の5月に始まった中朝国交正常化の秘密交渉は急進展を見せ、わずか3カ月で妥結にこぎ着けた。翌年8月に中国は韓国と国交樹立し、朝鮮半島核危機などの混乱が重なって、中朝関係を形作ってきた指導者間の往来は途絶してしまう。99年6月、北朝鮮の金永両外相の訪中でようやく往来が回復したが、中国と韓国の経済関係は拡大する一方だった。 1992年当時に64億ドルだった両国間の貿易は、2003年には9倍の570億ドルとなり、韓国からの投資は1万件、計80億ドルに達した。韓国は中国にとって2番目の投資国となっている(注22)。 (注22)金夏中「舞い上がる龍」:242ページ、共同通信社
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