政権不安定が招いた「カヤの外」 岡林弘志 (2008.10.23) 「われわれは不満だということをはっきり申し上げている」 麻生首相は、国会答弁の中で、米国による北朝鮮に対するテロ支援国家指定解除に不快感を示した。拉致事件解決の大きなテコを失うことになるのだから。特に、被害者家族の抗議は当然のことだ。 しかし、首相の不快感表明については、かなりのとまどいを覚える。こうなったことに対しては、政府にも責任があると思うからだ。 ブッシュ大統領から麻生首相へ電話連絡は、国務省の発表のわずか30分前だった。ライス国務長官が解除決定の文書にサインした後のことである。要するに、今回の解除では、日本政府は完全に「カヤの外」だった。 韓国への連絡は一日前だったという報道もある。 テロ指定の解除は、来年一月までの任期が迫ったブッシュ政権の焦りの結果であるのは間違いない。しかし、その背景にはわが政権の不安定、二年の間に三回も政権が代わるという落ち着かない政治の現状がある。 政権の不安定は、国内政治の混迷をもたらすだけでなく、外交面でも信頼を損ない大きな損失を招いている。日本の期待を裏切ってのテロ解除は、そのひとつの現れだ。 小泉首相は、五年半の任期中に北朝鮮を二回訪問(2002.9、04.5)し、拉致被害者5人とその家族8人の帰国を実現した。 被害発生から20年以上が経過していたが、初めての成果である。 その後を継いだ安倍首相は「圧力」一辺倒。この間に核やミサイル開発を進めたこともあり、経済制裁関連法を成立させ、人と物の流れを厳しく規制した。しかし、北朝鮮との折衝もないまま、健康不安のため、一年ほどで辞任した。 続く福田首相は「任期中に拉致問題を必ず解決する」と明確に公約した。「対話」重視の姿勢を示したことや米国による強い働きかけもあって、北朝鮮は実務者協議に応じ、拉致被害者の「再調査」を約束した(08.6)。次の実務者協議(08.8)で、北朝鮮は「調査委員会」を迅速に設置し、「「可能な限り秋には終了する」ことで合意した。 拉致被害者は、全員が北朝鮮当局の監視下に置かれ、いまさら「再調査」も白々しいが、それ以前の「解決済み」というかたくなな姿勢を引っ込めたという意味はあった。 ところが、9月1日になって、福田首相は政権運営の行き詰まりを理由に、突然、政権を投げ出してしまった。おそらく「任期中に拉致解決」の公約など頭になかったに違いない。無責任を絵に描いたような話だ。 案の定、北朝鮮は「新政権がどういう考えかを見極めるまで、調査委員会の立ち上げを控える」と通告してきた。当時の高村外相は「非常に残念だ」と表明したが、むなしく響いただけだ。 拉致被害者家族の会は「しょっちゅう首相が代わっていて、まともに他国に対応できると思うのか」(飯塚繁雄代表)と怒った。北朝鮮に先延ばしの口実を与えるような政権のあり方には失望するしかない。 振り返ると、ブッシュ政権は、北朝鮮の核実験(06.10)を機に圧力路線から宥和政策に転換した。その後の偽ドル札の資金洗浄を理由に実施していた金融制裁の解除が、その象徴だ。 この延長線上に、金正日総書記が強く求めてきたテロ指定解除は十分に予測可能だった。 日本政府は、このことも視野においてブッシュ政権への働きかけをしてきたのか。 「日本は北朝鮮がどこまでやれば、一定の前進とみるのか。日本側の対応を何回か問い合わせたが、明確な答えはなかった」 日中関係筋によると、中国外交当局は米国の国務省担当者からこうした話を何回か聞かされたという。 政権が代わるたび、米国側に「拉致解決なくして国交正常化なし」と、拉致問題重視を訴えてきたのは確かだ。最終目標はもちろん被害者全員の原状回復―帰国であるが、そこへ至るまでの戦術、あるいはロードマップを描いて示したのだろうか。 もし、米側へ伝えたにしても、説得力ある話をしたのか。 そして、九月末に誕生した麻生政権。ブッシュ大統領からの電話を受けた翌日、記者団の質問に答えて、テロ解除については「一つの方法だ」と理解を示し、拉致問題への影響については「テコを失うことは全くない」との認識を示した。 しかし、テロ解除の意味を軽視しているのかという批判もあって、二日後に冒頭で紹介した不快感表明となった。 不安を感じた被害者家族の会と支援団体は、「制裁強化などを行い、拉致問題に不退転の決意を表明してほしい」という首相宛の要請文を首相官邸に届けた。(10.15) この日、政府は拉致問題対策本部(本部長・麻生首相)の会合を開いた。06年10月、安倍政権当時に初会合を開いて以来のことだ。 麻生首相は「一刻の猶予も許されない。拉致被害者の早急な帰国実現を強く求める」と挨拶した。しかしその後、政府が具体的に動き始めた気配はない。 二代続けての政権投げだしのあとを受けた麻生首相は、総裁選の賑やかな演出の余勢を駆って解散・総選挙に打って出るつもりだった。しかし、直後の内閣支持率は5割を超えず、「戦後最短の政権にはしたくない」一念で、解散を先送りしている。 もし、年内の総選挙を先送りすれば、「行き倒れ政権」になる恐れもある。拉致に取り組む余力はない、というのが正直なところだろう。 ここまで書いたところで、「労働新聞」(10.22)の論評が入ってきた。 八月の実務者協議でまとめた拉致再調査と一部制裁解除について、麻生政権は「これらの合意を白紙化した」と非難する。おそらく、対北制裁の再延長を閣議決定したことを指すのだろう。 続いて「日本と懸案を協議し解決することは空虚であり、時間の浪費でしかない」と切り捨てた。 拉致加害国が何を言うかと思うが、すぐに厳格な対応ができない現状はいかんともしがたい。切歯扼腕だ。 今回の一連の出来事の教訓は、自国民の生命は自らが主体的に守るしかない、ということだ。いかに同盟国とはいえ、米国は自らの国益を最優先させる。ここで、われわれが米国批判を強めれば、北朝鮮の思うつぼだ。 六カ国協議の場を舞台に、核と拉致をどう絡めるか。仕切り直しのつもりで取り組む覚悟が必要だ。外交力が試される。 もう一つの教訓は、北朝鮮のような外交常識の通じない国を相手にするには、しっかりした政権基盤と現実的な戦略・戦術が不可欠ということだろう。 いまの政治の混迷を納めるには解散・総選挙しかない。政権交代の予想もあるが、どの政党が政権を取ろうが、拉致解決は重要な外交案件のひとつであることは間違いない。 安定した政権が誕生するか。有権者が判断をするときだ。 |