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北朝鮮は、なぜ中国に逆らえないのか~愛憎の中朝60年~
五味洋治
(2008.10.22)

 

連載(11)
第5章 裏切られても関係を守る

 

湖を分け合った

 

    中国と北朝鮮との間には、イデオロギーをめぐる論争だけでなく、両国間の国境問題も持ち上がった。現在は鴨緑江と豆満江の二つの川が両国の国境となっているが、朝鮮では白頭山と呼び、中国では長白山と呼ぶ標高2744メートルの山の領有権をめぐる問題だった。

 

    北朝鮮にとって白頭山は、革命発祥の聖地だった。「金日成将軍の歌」は、この山の中国での名前である「長白山」を朝鮮語読みした歌詞で始まっている。

 

    長白山は、中国側から自由に登ることができる。吉林省延吉市からなら、往復10時間、早朝に出発して、かろうじて日帰りできる距離である。吉林省側は、世界遺産への登録を進めており、麓には空港も建設される予定になっている。中朝間では1712年に朝鮮側と、中国側(清国)側が合同調査の結果、北緯42度東経128度9分、海抜2200メートルの場所に「定界碑」を設置した。この碑文の位置や、刻まれた文言をめぐり、長い間両国では論争が続いた。

 

    1970年4月に周恩来が訪朝した。これは1963年の劉少奇主席以来の中国の高位指導層の訪朝となった。両国の関係はようやく軌道に乗り、国境問題も決着したとされている。

 

    1972年2月23日に行われたキッシンジャー米国務長官との会談で毛沢東は、南北朝鮮の人たちを「衝動的」と表現。さらに白頭山の北朝鮮との国境について「そこの高い山の峰に天池という湖があります。かつて満州族が湖は自分たちのものだと言っていました。朝鮮人も自分たちの問題と言っています。最終的にわれわれは湖を二つに分け合いました」と語っている(注12)。

 

    最近になって、中朝の国境を定めた条約、議定書の内容が明らかになった。研究者が2003年に中国東北部の古本市で見つけた「中朝条約、協定、議定書匯編 1954~1969」(遼寧省革命委員会編、1971年)だ(注13)。

 

    白頭山の天池を西北を中国、東南部分は北朝鮮に属すと定めている。また国境に流れる鴨緑江と豆満江については、川の中にある中洲や島についても一つ一つ帰属を定めている。この条約に基づき、両国は現地調査を行い、1964年には最終的に国境が定められた。この背景には、中朝国境で犯罪が多発していたことがある(注14)。

 

 

(注12)毛里和子・毛里興三郎訳「ニクソン訪中機密会談録」:100ページ、110ページ、

     名古屋大学出版会、2001年

(注13)法学志林103巻、第1号、法政大学、2005年 
(注14)堀田幸裕「文化大革命初期に発生した中朝関係の悪化について(1966~1970年を中心に)」:

     20~21ページ、中国研究月報 2002年12月号