李明博の決定的瞬間、下野か反撃か? ~国民の安全を護り抜けないと自ら判断すれば国民が国軍の出動を要求する前に下野し 強力な大統領が登場できる道を開けるようにせよ~ 趙甲済 (2008.7.3) 李明博大統領は、夜になれば暴徒らが支配する光化門一帯を放棄し青瓦台に隠れている姿だ。彼の告白によれば、数多く自責しているはずだ。警察を投入し暴徒らが困るようにしたことに対して でなければ国民と警察を暴徒らに犠牲物で捧げ、一人で安らかにいることに対する自責であろうか? 善良な市民らの忍耐も限界に達した。建国後このように卑怯な大統領は初めてだ。力もあり、権限もあるのに、体制転覆を狙う暴徒を制圧できず、大韓民国の心臓部を無法地帯にした。鉄パイプを持ち石を投げる暴徒らに、警察が素手で対応するようにしたのは一種の自殺強要だ。彼は不法を厳しく処断すると宣言したその日、暴徒らに屈服したことで言葉の信頼性を失った。 李大統領は偽りと不法と暴力に対して腹が立たない人なのか? 右の頬をびんたを食らうと左の方も当てる無抵抗主義者なのか? 勇気はもちろん、羞恥心もないのか? 世界の政治史上初めて、共同体の敵に対しても無抵抗主義を適用し、ノーベル平和賞を貰うということなのか? 今までの形態に鑑み判断すれば、北朝鮮軍が南侵すると、国軍の統帥権者である李明博大統領は、国軍に「無抵抗」または「平和的対応」を指示する可能性を排除できない。鉄パイプを持った暴徒の前で自責ばかりする大統領が、核武器を持つ金正日政権から国民を護れるだろうか? 警察が催涙弾も撃てず、こん棒も使えなくして、結果的に反政府暴動を放置、鼓舞している李大統領は、銃を撃っても鎮圧が不可能な内乱事態に問題を大きくしているのでないか、と状況を点検する必要がある。 自分は青瓦台で楽に寝ながら、光化門一帯の数十万の市民らを暴徒らの脅迫に毎晩露出させる大統領! 彼は本当に卑怯な魂の所有者ではないだろうか? ある国家機関の従事者は、「彼の生涯を研究してみたところ、不義や不法と正面対決できる人間でないという結論に達した」と言った。1987年の「6.29宣言」のような起死回生の逆転のドラマが期待できないという話であった。 60代後半の年齢で、人格が変わることはできない。彼が生きてきた人生の総体的決算が今日の彼の行動として現れるのだ。李明博はどんな人生を生きた人間なのかが、この頃の行態から知ることが出来る。 彼は戦う勇気も、あきらめる勇気もない人なのか? 新羅の最後の敬順王はこのように話した。 「新羅は今戦うほど強くもなく、滅びるほど弱くもなくて、民だけを苦労させている。高麗に降服して、民を救わなければならない」 敬順王が高麗に清く服属することによって、新羅の貴族たちと民は王建の強力な指導力の下で安定した生ができた。彼らは王建の統一大業に協力するで高麗時代にも良い待遇を受けた。李明博大統領は、国法秩序を守護せよとの憲法の命令を拒否した状態だ。赦され難い職務の遺棄だ。彼は大統領としての憲法上の義務をあきらめた状態だ。派出所長程度の公人意識も見られない。これが彼の人柄のすべてなのかは彼自身がよく分かるはずだ。 彼は、理念を放棄すべきだと宣言したことで、命をかけて理念戦争を指揮すべき韓国の大統領職に相応しくない人であることを告白した人だ。このごろの行動はその延長線の上にある。 無能な人が無能を直視して退くのも勇気だ。自身に正直な行動であるからだ。李明博大統領が「私はとうてい大韓民国の大統領の適任者でない」と判断するなら、直ちに下野して勇敢な大統領が登場できる道を開いてあげなければならない。現行の憲法は、大統領が自ら退けば60日以内に大統領選挙をすることになっている。現在の人口および世論の構造上、左翼候補が当選する可能性は非常に低い。無法地帯に憤りが爆発した国民は法秩序の確立と扇動放送に対する報復を公約する候補を当選させるだろう。 李明博大統領が自分を顧みた後、命をかけて体制の守護を決断すれば、彼の勝利は確実だ。大統領が、真実と憲法に基づいて措置を取る時、彼が動員できる力は絶大だ。軍人と警察が80万人であり、年間の予算が260兆ウォンだ。善良な国民の絶対的な支持がある。 このような力を持って、銃も持たない暴徒らが怖くて夜ごと青瓦台で自責ばかりするなら。退く勇気も、戦う勇気もないなら、国民は自衛手段を講じなければならない。昨日、暴徒らは私服刑事を拉致して大通りで一種の人民裁判を行ったそうだ。この暴徒らが政権を取れたら、軍警とその家族を狩をして、光化門は集団虐殺の場に変わるのではないだろうか? 政府も、ハンナラ党も、警察も国民の安全を放棄する場合、最後の砦は国軍だ。憲法5条は、国土防衛だけでなく、国家の安全保障を国軍の神聖な義務として規定した。左翼主動の反政府暴動は、国家の安全保障を危うくする事案だ。 国民が直接国軍に対して憲法上の義務を果たせと要求する事態は、大統領を不信任する事態でもある。李大統領はまだこのような事態を防ぐ力がある。問題はその力を使う公人意識と勇気があるのかである。卑怯な魂は、神様も助けることができない。今は李明博大統領の決定的瞬間だ。英語でmoment of truthという。「真実の瞬間」という意味だ。李大統領は自身が信じる神様の前で正直でなければならない。 www.chogabje.com 【2008-06-27 08:30】 |