李明博政権はなぜここまできたのか? ~暴力示威に対する初動鎮圧をあきらめたため、 李明博政権は軍隊の動員を検討しなければならない事態を招いてしまった~ 趙甲済 (2008.7.2) 李明博大統領とハンナラ党が、大統領選挙や総選で大勝したのに、左翼の挑戦を許して内乱事態を招いた過程を整理するとこのようだ。 大統領職業務引継ぎ委員会が、盧武鉉政府に対する「在庫調査」をせず、占領軍のように行動しながら、人気迎合性政策を吐き出した。盧武鉉勢力の反逆疑惑や腐敗を捜査し、左傾的扇動放送であるKBSとMBCを解体レベルで改革できるタイミングをのがした。李明博大統領は、就任辞などで「理念を捨てた実用路線」を強調した。親北左翼らと対決する考えのないことを暗示して侮られ、行動派の保守勢力を遠ざけるという考えを表わしたことで、支持層を腹立たせた。 大学教授中心のアマチュアたちを秘書陣や内閣にたくさん登用した。左翼と戦えない金持ちらを重用し、盧武鉉政権の要職者などを安保部署の指令塔に配置し、政権交替の意味を薄らがせた。 左右から非難される人事をやったわけだ。 総選の直前には、下向式の密室の公認で親朴槿恵勢力の反発と離脱を招いた。総選挙で保守勢力が大勝して親北勢力が大敗したが、李明博大統領は「親衛勢力の敗北」のみを認識した。彼は総選の歴史的意味を無視し、「親北清算」を求める民心を無視した。 大統領は、ハンナラ党を離党して総選挙で当選した「親朴」議員26人の復党を拒否し、李会昌の自由先進党とは敵対的な関係を設定した。保守の大連合でなく保守分裂の構図を形成した。李大統領が行動派の保守層も無視し、「親朴」勢力も排斥するという世論が形成され、裏切られたと感じた保守層が離脱し始め、支持率が30%台に落ちた。 支持層の離脱が本格化したその時、「狂牛暴動事態」が始まった。去る4月末、MBC放送は米国産牛肉が人間狂牛病の危険物質のように誇張報道した。これがインターネットを通じて広がり、親北左翼らがこれを国民扇動に利用した。政府が迅速で厳正な法的な制裁措置と広報戦を展開せずにいる間、嘘が反論されず流布し始めた。李大統領の対国民謝罪と政府の度重なった政策変更が続き、扇動放送に対する明快な反論がないから、普通の人々まで米国産牛肉は危険だと信じるようになった。 李明博政府は、5月に入り、不法の夜間集会を「ロウソク文化祭」として許したことで、狂牛病扇動勢力の勢いを高めてあげた。左翼が主動した「ロウソク集会」は、まもなく街を占拠する暴力示威に変質した。左翼らが大統領府に押し寄せ、保守的言論を脅迫し始めた。検察と警察は暴力示威の鎮圧を事実上あきらめた。保守言論もおじけづいて扇動勢力に迎合し始めた。言論が警察の放水車の使用を強硬鎮圧だと批判するような記事を吐き出すから、警察も士気を失って示威隊に押され始めた。 李会昌の自由先進党まで「ロウソク勢力」に加勢し、朴槿恵議員のファン・クラブの「バクサモ」(朴槿恵を愛する集い)は、ロウソク示威加担した。ハンナラ党は、警察の無気力な鎮圧までにブレーキをかけ扇動勢力に屈従する姿を見せた。保守政治の地形が廃虚化された。大統領府の報道官や関係長官たちは、財産公開以後、財産の形成過程の問題点に対して言論から集中的に批判されたが、彼らは集団的に弱点を握られた心理になって、暴力示威を応援する報道機関と正面対決しようとしなかった。 示威は極左勢力が主導したが、李明博大統領に不満を抱いた色々な勢力が加担した。特に、「インターネット怪談」に騙された幼い学生たちが街に溢れ出た。去る10年間、左派政権が育てた組織ら(民労総、全教組、韓総聯、放送、インターネットなど)が総決起した。 大韓民国の心臓部である光化門地域が5月から夜ごと暴徒らに占拠されて、一種の左翼解放区に変わった。公権力が無力化されると、李明博大統領に対する保守層の不信が広がって、支持率は10%台で急落した。こういう中でも李大統領は直接出て国民を説得しなかった。 6月10日から、不安になった愛国行動勢力が街に出て左翼と対決し、扇動放送を糾弾し始めた。傍観的な国民も暴徒化した示威隊に反対し始め、民心が変わり始めた。政府も米国との追加協商を行って、30ヶ月以上の牛肉は輸入しないと合意した。6月19日、李明博大統領はまた対国民謝罪会見をした。数日後、彼は過激示威を厳しく処罰するといったが、夜間示威は暴動化し始めた。純粋な市民たちは示威隊から離脱し、根っからの左翼勢力が組織的に警察を暴行、拉致し、ホテルで乱入した。 民労総、全教組、韓総連など左派組織に民主党と民主労働党も結集し、社会不満勢力が加勢した。ロウソク暴力示威は6月下旬を契機に、「反政府左翼暴動」に変わった。米国産牛肉問題が完全に解決されたのに、暴動勢力は李明博政権打倒を企んでいる。去る10年間、左派政権が物心両面の集中的支援で育てた左傾勢力が、強大な資金力と動員力と扇動力を土台に民主政府に挑戦している。李明博政府は初期に防げた事件を暴動レベルまで育てた。 警察の鎮圧が不可能になると、衛守令や戒厳令を敷かなければならない。動員された軍隊が暴徒らに発砲できてこそ鎮圧できる。1980年の光州事態を強硬鎮圧した軍の指揮観らが内乱罪で処罰を受けたことを記憶する将校たちが、武装暴徒に対して果たし発砲命令を下すかどうか分からない。 軍隊に出動しても左翼暴動が収拾がつかず、北朝鮮政権が介入すると内乱、ないし内戦事態へと発展するかもしれない。真実と法治を放棄した大統領は、自由まで放棄する可能性がある。偽りをまき散らし、暴動を扇動する放送がある限り、韓国は南米式の慢性的葛藤構造に陥るだろう。 www.chogabje.com 【2008-06-29 21:46】 |