読売新聞に見られる報道の危機 佐藤勝巳 (2008.5.12) 既報のごとく、読売新聞(5月9日付)は、拉致問題の外交で全くなかったことを、あたかもあったかのごとく、ご丁寧に一面トップで報道した。 それに対して、同日政府の拉致担当中山恭子総理補佐官は、「本日読売新聞朝刊の拉致問題関係の報道について」と題する文書を読売新聞東京本社白石興二郎編集局長に送った。 拝啓 本日、御紙朝刊に、『横田さん夫妻が孫娘と韓国で面会できるよう中山総理補佐官が韓国政府に対し北朝鮮との仲介を要請し、それが実現すればめぐみさんの『遺骨』を返還する考えを示した』とする記事が掲載されました。 私は、四月二十五日に韓国を訪問し、政府関係者と意見交換を行ってまいりましたが、報道にあるような面会の要請及び『遺骨』の返還の考えを示したという事実はありません。また政府全体としてもこうした方針を決定したことはありません。 本件に関しましては、私自身、御社からの取材を受けていないにもかかわらず、このような事実と異なる記事が掲載され、拉致問題に関する日本政府の対応方針が誤解されかねない事態が生じたことは極めて遺憾です。さらに、横田さんをはじめとする拉致被害者御家族の方々の心情を思いますと、大変残念でなりません。 つきましては、本件について訂正されるとともに、以後、このような事実に基づかない報道をされることがないよう、強く申し入れます。 平成二十年五月九日 内閣総理大臣補佐官 参議院議員 中山恭子 読売新聞東京本社編集局長 白石興二郎様 |
この報道を知ったときの第一印象は、なぜ、中山補佐官をはじめ政府関係者のコメントがないのかであった。中山補佐官に確認したら「取材がなかった」とのことである。われわれ素人でもこの種の「要請した」「返還する考えを示した」と断定する以上、発言当事者に取材するのは最低必要な手続きであり、コメントを掲載するのが常識である。 各報道機関も、読売新聞が補佐官を取材していないことを知って「信じられない」と異口同音に驚きの声を上げていた。 信じがたいことが起きているのは、読売新聞の、①原稿管理体制の杜撰さからきたものなのか、②社の上からの命令で意図的に、報道したのか、二つに一つしかない。 いずれにしても大部数を発行している新聞が、こんな信じがたい記事を掲載するのは、日本溶解現象の現れの一つかもしれない。 しかし、朝鮮半島問題という視角から観察すると、別な側面が見えてくる。読売新聞は国際情勢に無知で謀略に引っかかったのではないか、ということだ。この記事の情報源は「日韓関係筋」である。 韓国が関与していることは、注目にあたいする。中山補佐官は4月25日韓国で統一省関係者に会っている。 この省はここ10年間、北との交渉窓口で、歴代長官をはじめその部下たちは、金正日政権の走り使いのようなことをやってきた「北の手先」と目されてきた行政機関である。そのため李明博政権の出現にあたり、「統一省を解体せよ」という声が上がったが、結局、解体に至ってはいない。この統一省から、読売新聞がガセネタを掴ませられたのかどうかは分からない。 が、あの記事は、中山補佐官が、表では制裁を主張し、裏で韓国政府を通して金正日政権と取引をしている、という事実無根の「情報」で日本政府を貶める中身だ。 ここまで書いてきて、昨年も似た報道があったという記憶が蘇ってきた。07年5月16日~19日中山補佐官が中国を訪問したあと、読売新聞は、同月28日「日中関係筋が明らかにした」として、 ① 中国側は、拉致関係の情報収集に協力する。 ②キム・ヘギョンさんを北京大学大学院に留学させ、横田夫妻が容易に面会できるように検討中。
③めぐみさんの「遺骨」として日本側に渡した骨も中国専門家が再度DNA鑑定を行う案が浮上している。 と報じた。情報源が「日中関係筋」から、今回は「日韓関係筋」に変わったというだけで、中山補佐官が相手国を訪問した10日から2週間後に報道するという、時期はほぼ共通している。 昨年の「日中関係筋」報道では提案主体が曖昧であった。だが今回は、「日本政府が韓国政府を通じて面会を要請した」ことになっている。これで「謀略情報」であることが明らかになった。 日本政府を貶める報道で一番の利益を手にするのは、金正日政権であることには異論がなかろう。 だが、こういうことは国際社会では普通に存在する「謀略」である。かつて米国は、ソ連が米国の情報を盗んでいることを逆利用して、盗まれる情報に仕掛けをしてソ連の施設を破壊、もしくは麻痺させるという戦いを行ってきた。 今回の事実無根の情報操作など、かつての米ソの情報戦争に比べたら可愛いものだと思う。だが読売新聞は、謀略情報を見抜くことが出来ず、2年続けてガセネタをつかまされ、まだそれに気が付いていないのか。それとも、謀略情報とわかっていて、意図的に報道しているのか。 いずれであっても、日本最大の発行部数を持つ新聞が、発言者が拉致担当補佐官と書きながら、本人を取材せず、事実無根の記事を一面トップに掲載したのだ。読売新聞社のモラルの崩壊。われわれの周辺には今、凄い危機が忍び寄っているようだ。 |