現代コリア

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偽りの放送と真実の新聞の対決

~KBSとMBCは「扇動言論」の代表選手であり、

  朝鮮・東亜・中央日報は「正道言論」の代表選手だ。最終勝利は新聞だ~

趙甲済

(2008.5.9)

 

    「狂牛病」と関連した扇動事態の本質は、真実と偽りの対決だ。扇動言論と正道言論の対決様相でもある。KBSとMBCは扇動言論の代表選手であり、朝鮮・東亜・中央日報は正道言論の代表選手だ。偽り放送と真実新聞の対決という点で興味深い。扇動放送は一時的な破壊力が強い。人間の理性に訴える活字媒体は、拡散力では不利だが持続力が強い。嘘は、単純で感情的で断定的だ。真実は、理性的で複雑で説明的だ。嘘は一面的で、真実は立体的だ。嘘は偏向的で、真実は均衡的だ。

 

    KBSとMBCは、過去のように左派政権の保護を受けられない。朝鮮、東亜日報は、過去のように弾圧を受けない。だからと言って、李明博政府が扇動言論を法により罰する勇気を持っているようでもない。それなら勝負は、国民が騙されるのか、騙されないのかによって決る。

 

    去る大統領選挙と総選で、国民は左派の扇動に騙されないほどの分別力を培ったという事実を見せてくれた。それなら、長期的、最終的に、KBSとMBCは、朝鮮・東亜・中央日報に敗北するだろう。問題は、時間がかかるという点と、政府やハンナラ党が偽りに降参することで真実の方を裏切る可能性が高いという点だ。理念武装を忌避するハンナラ党と大統領は、大勢が不利だと判断すると、偽りの勢力と妥協的に出る可能性が高い。朝鮮、東亜、中央日報は、KBSやMBCと同時に、「理念もなく、概念もない」李明博政府とも戦うべき状況だ。偽りの勢力と日和見主義勢力を相手にした両面戦争だ。

 

 

参 考
朝鮮日報の楊相勳論説委員コラム :  TVによる、TVのための狂牛病
幼い内に狂牛病で死ぬことになり悔しい、という中学生
TVは、本当に国民の健康を思ってこのように騒動を拡大させているのか。


    世界的に人間狂牛病が問題になったのは1996年だった。今はその時より狂牛病の危険性がはるかに低くなった。基本的に動物性飼料を禁止し、牛の年齢までチェックしているからだ。危険はこのように減ったが、わが社会の狂牛病恐怖はむしろ10年前よりはるかに大きくなった。TVの威力というしかない。過度の狂牛病恐怖を触発させたのもTVであり、その恐怖を毎日引っ張っていくのもTVだ。インターネット上の「怪談」もTVが派生させたものだと見るべきだ。

 

    二日前、あるTVのニュースを初めから最後まで全部見た。ニュース時間の3分の2を「狂牛病が大変だ」というような報道で埋めたが、重要な問題に対する誤導や核心を避けるのが目立った。

 

    そのニュースのアンカーは、「米国人もみな食べる牛肉が何が問題なのかというが、もちろん私たちも米国人のように、30ヶ月でなく20ヶ月未満の牛を食べるなら大丈夫でしょう」といった。米国人が食べる肉と韓国人が食べる肉が違うという話だった。事実と違う話だ。

 

    米国産牛の屠畜場の工程では、30ヶ月以上と判定した牛と、30ヶ月未満と判定した牛を別々に分離し、特定の危険物質を除去する。狂牛病の危険性をなくすのだ。また、30ヶ月以上の牛肉は、米国にも、他の97ヶ国にも、そのうち韓国にも、どこにも行ける。米国産の牛肉は96%がアメリカ国内用だから、米国人が食べる30ヶ月以上の牛肉の量は、韓国人が食べるものよりむしろ多いはずだ。

 

    アメリカ人と韓国人が同じ牛肉を食べる以上、狂牛病問題の核心は、米国産牛肉を食べて狂牛病に罹った人がいるのかどうかに限られるべきだ。狂牛病患者はアメリカにも韓国にもない。

 

    1997年以前の米国産牛肉は、狂牛病の危険に対する除去措置が全くなかった牛肉だった。そのような牛肉を食べた韓国人の中に狂牛病にかかった人がなく、私たちと遺伝子の構造がほとんど同じだという日本でも狂牛病患者がない。通常10年という狂牛病の潜伏期も過ぎた。「韓国人が遺伝子のため、より狂牛病にかかる」というTVの報道を納得できない理由だ。TVニュースには、このような核心的な問題に対する言及は全くなかった。

 

    「狂牛病事態」がこのように大きくなった背景には、政府が李明博大統領の訪米に合わせ急いでアメリカと牛肉協商を妥結させた、という印象を与えたことが大きい。多くの国民が腹が立ったのもこのことだ。そうだとしても、米国産牛肉の輸入論議が、わが国の畜産農家の被害という本当の問題をさて置き、狂牛病の論議に変質したのは正常でない。私たちが米国との協商で狂牛病問題を提起したのも、畜産農家の被害を最大限に減らそうとしたことだった。

 

    人間狂牛病は稀な病気の中でも珍しい病気だ。これから時間が経てば結局、狂牛病論議は消え、畜産農家の絶望だけが残ることが明らかだ。問題がこのように間違った方向へいったにはTVの影響が大きかった。

 

    私が見たそのTVニュースで本当に驚くべきだったことは、ある中学生の話だった。「狂牛病のために死ぬことがくやしいです。まだ年も幼く、夢もなせずにいるのに、やっと勉強を始める年なのに…」。幼い学生をこの有り様にしたTVの恐るべき力の前で鳥肌が立つほどだった。

 

    TVがなぜこのように狂牛病の危険性を誇張するのか、放送界の関連者のひとりに尋ねてみた。彼は、「今オープン・ゲームをやっていると見れば良い」と言った。メイン・ゲームは何かと尋ねたところ、「放送法の改正」といった。これを防ぐのがTVの最大の関心事であり、TVの「狂牛病報道」の根底には、放送法改正推進に対する反感が隠れているということだ。この言葉が事実なら、これからメイン・ゲームに近付くほど、狂牛病騒動のようなことが何度でもまた起きるという話だ。事実であってはいけない。政府の問題点が大きいが、TVもここからさらに行くと、「TVによる狂牛病」でなく、「TVのための狂牛病」とまで疑われるようになる。

 

 

www.chogabje.com 【2008-05-07 10:12】