韓国言論の光栄と悲惨 「林升準自由言論賞」受賞演説 : ~去る10年は、韓国の言論社の最も光栄の時代であり、 同時に白昼の暗黒が繰広げられた時代でした~ 趙甲済 (2008.4.30) 韓国の言論界に大きい足跡を残して逝かれた林升準先生の、自由言論に対する高貴な意を敬って作った林升準自由言論賞の第3回受賞者になったことを本当に感謝し申し訳なく思います。この賞をお創りになった孫章純女史とこの賞を主管される大韓言論人会の趙昌化会長に特に感謝します。また、私の受賞を祝うためにこの席まで来臨されました方々に感謝します。 林升準自由言論賞は、制定されて永くはありませんが、私より先にこの賞を受賞された南時旭、柳根一先生が、すでにこの賞の権威を高められたと思います。この賞の名称には「自由」という単語が入っています。「自由党」が自由という単語の意味を幾らか傷つけた以後、自由は平和・平等・民族という言葉に押されて韓国社会で力を発揮できなくなっています。憲法の精神に照らして「自由統一」と書くべきなのに、あえて自由を避けて「平和統一」と表現することも、韓国社会の一角に、自由を否定し忌避しようとする勢力が存在する事実を表しています。 それでも「自由」という単語と結び付られると自然であり、そうなってこそ力強く見られる単語がありますが、まさに「言論」という言葉です。「自由言論」、この偉大な名詞がついた賞を受けることになったことが何よりも気分が良いです。 今回私に賞を与えることに決められた理由は、昨年の大統領選挙を前後にした執筆活動でありました。有権者が、反憲法的左派政権を大統領選挙と国会議員選挙を通じ終息させた力の源泉は、言論の自由から出ました。生まれつきに自由言論を嫌う親北左翼の執権の下でも言論の自由が死なず、機能したので、国民の大覚醒がなされ、静かに投票で左派政権を終息させることができました。韓国は、民主主義の力をもって民主主義を護りました。韓国の言論が、今回も歴史的で決定的なことをやり遂げました。その言論の末席に私がいて、林升準自由言論賞を主管される方々が私を認めて下さったものだと思い、重ねて感謝申し上げます。 私は騒々しい左派勢力の全盛期にも韓国の民主主義の勝利を楽観しました。ジョージ・オーウェルが「1984年」という小説の中で語った通りに、2プラス2は4と言える社会は滅びないという確信がありました。私たちが今享受する、2プラス2は4と言える自由は、林升準先生のような先輩の言論人らが中心になって勝ち取った大切な資産です。去る10年間韓国で起きた、自由言論の反左派闘争は、その本質が、偽りと真実の対決でした。言論の武器は事実であり、事実上事実だけであります。真実が私たちを自由にする、という言葉通り、「自由言論」は事実に基づく時のみ自由を失いません。 職業的言論人だけでなく、自分の表現手段を持つすべての韓国人が、事実を武器とし、事実を羅針盤として、権力を掌握した反自由・反言論勢力と戦って勝てたことは、先輩の言論人の苦闘があったおかげです。先輩の言論人たちが権威主義政府の時期、戦って確保した言論自由の橋頭堡があったから反撃の機会を掴むことができ、また植民地時代の民族言論活動を継続する韓国言論の精神も切れずに生きていたのであります。 去る10年間、韓国で言論機関と、言論人の仮面をかぶった宣伝扇動機関と機関員らは、政権の後押しを得て、大韓民国をけなし、建国と護国、産業化と民主化の先輩世代をばかにし、虐殺者と反逆者をかばって、国家理念である反共・自由民主主義に刃を入れ、ジャーナリズムの倫理を汚しました。先輩の言論人らが血や汗、涙で勝ち取った言論の自由を育てるべき時点で、権力のため、歪んだ個人的信念のため、自由を乱用し浪費しました。 より悲劇的な現象は、言論の自由が制約された時代を体験もしたこともない若い記者らが、ただで得たその言論の自由を、林升準先生や大韓言論人会の会員たちが勝ち取って下さったその言論の自由を、政権や私益のために悪用し法秩序と国民の教養を破壊してきた点です。去る10年は、韓国の言論社の最も光栄の時代であり、同時に白昼の暗黒が繰広げられた時代でした。 世の中が変わって行く今、言論の力で言論を如何にして浄化できるのか、という新しい挑戦が私たちの前にあります。言論人には、「事実」は常に「信念」より重要です。左派権力を背景にして、「事実」を自分の「信念」に従属させ歪曲させてきた反言論的言論人を、言論界がどのように整理するかが問題であるのです。 1990年代の半ばのある日、突然漢字が新聞の紙面から消えました。中国の地名・人名表記も我らの方式の表記でなく、中国語の発音に交替されました。訃告欄からも漢字がなくなりました。いよいよ大統領や長官たちの名前もハングル専用で書かれています。自耕、全大、三峡のような言葉などがハングルで表記されています。ほとんど大部分の韓国の新聞紙面は、正確な意味でなく暗号と声を伝える一種の大字報に転落しました。 言論の一次的な機能は、正確な意味や情報の伝達です。そのような基準から、韓国に真の言論があるのか、ハングル専用の新聞・雑誌が果たして言論と言えるのか、疑問であります。 韓国語は、70%の漢字語と30%のハングル語をもって構成されています。国語の、二つの表記手段は漢字とハングルです。ハングルは、国語そのものではなく、国語の表記手段です。漢字は外国語ではなく、国語の重要な表記手段です。世宗大王の以前までは漢字が国語の唯一の表記手段でした。漢字を追放すると、韓国語の70%は言語としての機能を失い、暗号や音(声)化して国語は半身不随になってしまいます。 韓国の言論出版人らは、ハングル専用が民族的で、漢字の使用は事大主義という迷信に騙されました。彼らは、誰でも容易にできるハングル専用の誘惑に落ちることで、自分たちの存立の根拠である韓国語の70%を暗号化し、国語を障害者にすることに成功することで、知識人として失敗しました。これは、一種の文明的自殺行為であり、必ずその代価を払うことになります。 左派の、言論の自由に対する威嚇行為は、ひとまず阻止されましたが、ハングル専用と漢字の抹殺による韓国語の暗号化は拡散の一路であります。これに起因する韓国人の精神的混乱と知的荒廃は、すでに私たちの日常生活の中で現れています。行為や言語生活において日常化された、不正確性・軽薄さ・無礼・不孝不忠が、基本的には人間の精神に似る言語の破壊から始まったものだと私は確信します。「自由言論」も、国語が破壊された場では決して立つことも出来ません。 韓国語を破壊した新聞の出版人たち、特に漢字が分からない世間知らずらに迎合して漢字を追い出した新聞社の責任者たち、発行人、編集者、幹部らが、自ら解決すべき問題です。国語の正常化は、今日、言葉と文をもって暮らす知識人の最も大きな義務だと思います。 私の挨拶が冗長になって申し訳ありません。1970年代や60年代の新聞を捲りながら、当時の劣悪な環境の下で作った紙面が、このごろの紙面よりも質的により優れ、ジャーナリズムの精神がもっと生きていることを何度も感じたことがあり、今日ここは言論を愛する方々が集まった場ですので、いくつかの心配と激情を吐露したことをご諒解願います。もう一度、私にこの賞を下さった林升準自由言論賞基金と大韓言論人会に感謝を申し上げながら、二つの組織の絶え間ざる発展を祈ります。本当にありがとうございます。 www.chogabje.com 【2008-04-28 22:00】 |