レーダー ソウル雑感~経済政策の基調変化~ 野副伸一 (2008.3.31) 筆者は3月17日から24日までソウルに滞在した。毎年行っている定点・定時観測であるが、今回はソウル東京フォーラム(東京に駐在したことのある新聞記者、銀行員、大学教授等による勉強会)で韓国経済について報告する機会があり、緊張もし刺激的でもあった。報告のテーマは「サンドイッチ韓国経済論」で、主として韓中経済関係の明と暗に触れ、その展望について論じたものである。出席者から、韓国の経常収支の展望、東アジア共同体の可能性について質問が出た。 それはさておき、今回の現地調査は金浦空港での驚きから始まった。通関後、当座の費用として2万円をウォンに換えたのであるが、レートが何と100円=1025ウォンであった。当日ドルが円に対し急落し、そのドルに対しウォンが31.9ウォン下落し、1029.2ウォン(下落率は3.2%)になった結果であった。一年前に金浦空港でのレートが100円=825ウォンであったから、ウォンは円に対しちょうど200ウォン安くなったことになる。 韓国にとって大幅なウォン安は輸出の促進、それによる企業業績の好転、海外旅行の抑制によるサービス収支の改善等プラスは多いが、石油、原材料等の輸入価格の高騰、外資の流失による株価の下落、対外債務の負担増加等マイナスも多い。特に輸入価格の高騰は庶民生活への直接的な圧迫材料となっている。そのため政府は20日、生活必需品50品目の集中管理方針を発表した。 今回の大幅なウォン安で注目すべきことは、それが李明博政権の経済政策の基調に変化をもたらしたことである。 我々のソウル滞在期間中、金利引き下げを巡る企画財政部と韓国銀行の対立が取り沙汰されていた。21日の『朝鮮日報』経済版のトップ記事の見出しは「成長が勝った」というもので、物価抑制の目標ライン逸脱の恐れがあっても成長ドライブをかける側に経済運用の力点を置くという政府側の主張が貫徹された、というのである。政府は今年の成長率目標値を当初6%にしていたが、米国経済の失速、原油価格の上昇等のため目標値を5%台に修正していた。しかしその5%すら達成が困難な状況になっていた。そのため政府は金利引き下げによりウォン安と投資を促進しようとし、韓銀と対立していたのである。 しかし、24日の帰国の機中で読んだ日本経済新聞は筆者を驚かせた。李明博大統領が日本経済新聞、毎日経済新聞(韓国)、経済日報(中国)、フィナンシャル・タイムズ(英国)との共同インタビュウで、経済政策の力点を成長より物価安定に置くことを主張していたからである。帰国後『毎日経済新聞』で詳細を確認すると、李大統領は「米国で始まった危機状況で当面庶民生活に被害が近づいて来ており、物価安定が7%成長や雇用創出より重要な状況にある」と語っており、経済政策の力点が急遽物価安定に変更されたことが示されていた。 これは大きな変化と言わざるを得ない。その背景には、李明博大統領の世界経済に対する危機意識の高潮(16日の「現在起こっている危機は多分石油ショック以後最大のもののようだ」の発言を始め、17日、18日にも同様の世界経済危機論を展開)、さらに経常収支赤字の連続がある。経常収支の状況は一国経済の国際競争力や健康度のバロメーターと言えるものであるが、韓国のそれが12月から1月(25.98億ドル)、2月(23.5億ドル)と三ヶ月連続して赤字になっている。これは要注意と言うしかない。韓国経済は引き締め政策に転換せざるを得ない状況に来ていたのである。 我々が滞在中の韓国の政治は、4月9日の総選挙の公認問題を巡る与党ハンナラ党の分裂で混迷を深めていた。ハンナラ党が果して過半数を制することが出来るかどうかという疑問すら生じていた。大統領選挙直後の雰囲気と大違いである。李明博大統領は16日、「新政府が誕生して20日になるが、自分が考えても6ヶ月位経ったような気分だ」とぼやいた。このぼやきに今の韓国の状況が象徴されているようだ。 |