レーダー 《書評》林廣茂 著『日韓企業戦争―国際市場で激突する宿命のライバル―』 野副伸一 (2008.2.8) 日韓両国の企業は現在、電子、自動車、鉄鋼、造船等様々な産業分野で、世界市場の争奪戦を繰り広げている。中でも注目されるのがデジタル家電(薄型テレビ)と小型・中型の自動車分野での競合であろう。特にデジタル家電での角逐は印象的である。日本の電子メーカーの収益が低迷する中、サムスン電子が極めて高い収益を上げていたからである。韓国企業が日本企業を圧倒するケースがしばしば報じられ、日韓企業の力量に変化が生じていることを感じさせてくれる。 今回書評で取り上げる林廣茂著『日韓企業戦争』は、そういった日韓企業の熾烈な競争の実態を電子と自動車分野に限定し取り上げ、両国企業の勢いの違いがどこから来たのか、競合の実態がどうなのか等、日本人読者なら持つ疑問点、関心に積極的に応えようとしたレポートである。 著者の林廣茂同志社大学大学院教授は、『現代コリア』の読者であればお馴染みの名前である。林教授が何度か誌上に日韓企業に関する論文を発表したことがあるからだ。本書はその折の論文が母体となっている。著者は大学院教授になる前、長年外資系マーケット・コンサルティング会社に勤務し、食品、自動車、電子等の十指に余る韓国企業の商品・ブランド開発、マーケティング戦略を手がけた経験の持ち主でもある。そのため関連業界や韓国企業の内情にも詳しい。本書から関連業界や日韓企業等について膨大な情報が得られる所以である。 本書の内容に移ろう。 本書は「はじめに」から始まり、第一章 韓国経済の実力診断~日本に学び、日本を超えるか~、第二章 破竹の勢いのトヨタ、ホンダと追撃する現代自動車~自動車産業・アメリカ市場編~、第三章 遅れてきたトヨタと急成長する現代~自動車産業・中国市場編~、第四章 消費者愛国主義に支えられた日韓両国の自動車メーカー~自動車市場・日韓市場編~、第五章 薄型テレビをめぐる世界覇権戦略~デジタル家電・日韓激突編~、第六章 日韓新ビジネス・モデルの攻防~デジタル家電・市場展望編~、終章 日韓企業戦争の行方~競争と協調は可能か~である。 「はじめに」では、興味深い指摘がある。著者は「90年代半ばから05年までの10年間で、日本と韓国の経済関係の位相が大きく変わった」と主張する。とは言え、日韓経済関係についての両国の認識は「望遠鏡のそれぞれ反対側からお互いを覗いて見る虚像のようなものだった」としている。以前には「韓国からは実像よりも巨大な日本を、日本からは縮小され過ぎた韓国をそれぞれ見ていた」のが、「10年後の05年には、望遠鏡の向きが反対になっていた。韓国からは『日本に勝った、勝った』で日本が小さくなって見え、日本からは『世界中で手強いライバルになった』韓国が異常に大きく見える。いずれも間違いだ」と指摘し、「お互いに自分の眼で、等身大の相手を『観る』ことが必要なのだ」と力説する。「競争戦略を立てる第一歩は、否が応でもお互いを等身大で冷静に観察することである」(4ページ)というのが、著者の対象に対する基本的姿勢である。 第一章では、サムスン電子や現代自動車の強さの源泉を分析し、両社の強さの源泉が共に日本からの技術、販売・マーケティングのノウハウ等の移転にあることを指摘している。 第二章から第四章までは、日韓の自動車メーカーがアメリカ、中国、日韓市場でどう戦っているかを紹介している。興味深い指摘は、①日韓の自動車メーカーが世界の自動車産業の成長をリードしていること、②世界最大のアメリカ市場で日本勢は圧倒的に優勢であるが、現代が猛烈に追い上げていること、③現代はトヨタを徹底的にベンチマーキングしており、トヨタよりもベターで競争力がある戦略を世界で展開することを目指していること、④中国、インド、西ヨーロッパ市場等で現代は急成長していること、である。結論として著者は「現代、恐るべし」(98ページ)としている。 第五章と第六章では、特に薄型テレビ(液晶、プラズマテレビ)をめぐる日韓企業の激突が紹介されている。興味深い指摘は、①薄型テレビ市場で、北東アジアが世界の生産センターになっていること、②三段階あるサプライ・チェーンを見ると、川上である素材部門では日本勢が圧倒的な強さを持っているが、川中である電子ディバイス部門(半導体やパネル)では韓国勢と台湾勢が圧倒的に強いこと、さらに川下であるセット機器部門では薄型テレビでは日本勢がこれまでやや優勢であったが、韓国勢が猛追していること、デジカメでは日本勢が圧倒的に優勢であるが、携帯端末では韓国勢が優勢であること、③サムスンやLGは材料の国産化・内製化を図っているが、思うようにはかどらないこと、④今後中国のメーカーが低価格競争を仕掛けてくる可能性が強く、それに巻き込まれないための戦略構築が日韓メーカーにとって必要なこと、等である。 終章では、日韓の企業が激しく競争するだけでなく、協調し共同で新たな世界へ貢献すべく戦略的提携が必要であり、その可能性が検討されている。 以上、本書の内容について簡単に紹介した。実に興味深い分析であり、知的刺激に満ちた論考である。本書を読むと、日本のやり方を徹底的にベンチマーキングしてその上に積極果敢な投資・販売戦略を駆使して世界各地で急成長している韓国企業の実態がよく理解される。タイトルにふさわしい内容と言えよう。 とは言え、急成長する韓国企業にも大きな弱点があるというのが著者の見方でもある。 著者のサムスンや現代の現状に対する評価は高いが、今後については厳しい見方をしている点からそれが窺える。今後予想される中国からの低価格競争による追い上げに対抗するためには非価格競争力で対抗していくしかないが、著者に言わせればサムスンも現代も「今まで一度たりとも『ブルーオーシャン』市場(新しいライフスタイル提案型の商品を開発して競争相手のいない新市場)を創造したことがない。常に日本企業が創造した市場に追随・後発参入してきただけである」(221ページ)と手厳しい。「サンドイッチ韓国論」を主張した李健熙会長の心配もそこにあると言える。 本書のまた一つ注目すべき点は、デジタル家電や自動車産業で世界の主要プレーヤーになっている両国企業に対し、「ビジネス覇道」を追求しながらも文明への貢献という地球規模での「科学技術の王道」を目指して協調しようと呼びかけていることである(291ページ)。著者は具体的には明示していないが、例えば環境問題等の改善で、両国企業が協力して世界に貢献することを期待している。素晴らしいことである。 なお、著者の分析の中で、民主労総に象徴される過激な労働運動が現代自動車の経営に大きな障害になっている点が言及されていない。現代の経営や競争力を考える場合、見逃せない要因なので指摘の欠落が惜しまれる。 『日韓企業戦争―国際市場で激突する宿命のライバル―』 / 林廣茂 著 ・・・阪急コミュニケーションズ 2007年11月刊、定価1800円+税)
|