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金正日と朝鮮労働党のテロリズムの歴史的根源と構造、そしてテロと暴力の輸出

~第2回北朝鮮人権侵害啓発週間の第2回拉致の全貌と解決国際会議(2007.12.10)での発表~

洪 熒

(2008.1.1)

 

 

金正日体制のテロリズムの歴史的根源


    北朝鮮の歴史は野蛮的独裁体制の確立のための粛清とテロの歴史である。韓半島の北半部は歴史的に近代国民国家として民主主義的諸価値を一度も経験したことがない。封建国家から植民地になり、共産主義体制を押し付けられた。共産主義や社会主義的全体主義において人民民主主義の「人民」とは「反動分子」(共産主義を反対する者)でない人を指す。北朝鮮は人民共和国の建設のため、社会の敵対的要素である「反動分子」を先手を打って一掃した。ソ連軍の進駐直後から対南工作(革命闘争)を指導する組織が共産党の中に創られた。

    北朝鮮は最初からスターリン主義国家、スターリンの衛星国家であった。スターリンは北朝鮮を軍事占領した直後から衛星国家の設立を指示、金日成と朴憲永をモスクワに呼び面接し、より忠誠心の強い金日成を北朝鮮の指導者として決めた。特に、「朝鮮人民民主主義共和国」という国名もロシア語で作り、平壌へ送って朝鮮語に翻訳させた。

    金正日独裁体制は、1945年8月ソ連軍が北朝鮮を占領し誕生した金日成独裁体制が、内部的政権交替すらなく、権力世襲で60年間も執権してきた野蛮的暴圧体制である。韓半島の歴史上金日成-金正日体制ほど悪魔的で、国内外的に致命的な害毒を及ぼした独裁体制(の歴史)はない。

    国際共産主義の下手人だった金日成は暴力(韓国内暴動およびパルチザン闘争、6.25動乱)を通じ、韓半島の赤化を試みたが失敗した。金日成は「6.25戦争」の敗戦の恥辱をそそぎ、自分の権力基盤を強めようとする焦りと、野蛮的な衝動に駆られ、狂的な極左冒険主義と韓国の赤化統一に執着した。つまり、第二次世界大戦後の新生独立国家のほとんどが社会主義体制を選択する中、少数の国々が自由民主主義体制を選択するが、この少数の自由民主主義体制に対する共産圏からの軍事的攻撃(戦争)が失敗した代表例が韓国だった。

    金日成は、韓半島の赤化統一のための基本戦略として「4大軍事路線」(1962.12、全人民の武装化、全国土の要塞化、全軍の幹部化、全軍の現代化)と「3大革命力量(北朝鮮、南朝鮮、国際的革命力量)強化」路線(1964.2)を採択し、以後北朝鮮が動員可能なすべての人的,物的資源を投じ、軍事力強化とテロリズムを追求してきた。3大革命力量強化路線は後継者の金正日の党事業開始(1964)と同じ時期に始まる。

    金日成は、「今は米帝国主義者が虚勢を張っているが、世界の革命的人民らが襲いかかり手足を斬ってしまえば、米帝国主義は力を使うことができなく、結局はくたばってしまうだろう….、小さい国々が襲い掛かって米帝国主義の頭と脚を各々切断し報復しなければならない」と教示(1968年10月8日)した。


    北朝鮮は「4大軍事路線」により「兵営国家」化し、「3大革命力量強化路線」により世界に暴力を輸出する「工作国家」・「遊撃隊国家」化した。


    北朝鮮の在外公館の外交官たちまでが、敵から物資を奪い闘うという、パルチザンの伝統により、公館の運営経費も密輸などで自ら賄い、さらに金正日への「忠誠の資金」を上納するように強いられた。北朝鮮の外交官らが平壌の指示に服従せざるを得なかったのは、彼らの肉親が平壌に人質として捕らえられていたためだった。

    朝鮮労働党と人民武力部には海外工作を担当する機構が設けられた。平壌側は「反帝国主義」と「反米」を標榜し、第3世界を中心としてゲリラやテロ要員を北朝鮮に招いて訓練し、テロリストを養成(5,800人以上)し、テロ教官や軍事教官を各国に派遣し、全世界に紛争や暴力を輸出した。


    平壌側(金日成・金正日)は冷戦時、モスクワの最も忠実な下請業者だった。平壌側は、冷戦の本格化、特に、ベトナム戦の拡大に伴なう韓国軍のベトナム派兵以降は、韓国内に第2戦線作りを試みながら、東ドイツやキューバなどと一緒に全世界的な規模の反米闘争の前衛隊を自任した。


    北朝鮮は、1945年8月から94年7月金日成の死亡時まで、4ヶ国の革命戦争(国共内戦、ベトナム戦、中東戦争の時のシリアとエジプト)を支援し、53ヶ国に民族軍隊建設のための軍事的支援をしたと認めた(誇った)。この数字は、平壌の人民武力省の革命史跡舘の中に開設された国際主義舘を取材した、朝鮮総連の機関紙の報道(2000年4月3日)だが、この平壌側の「自慢」には、「革命戦争」とは言えない「イラン・イラク戦争」でのイラン側への参戦やテロ介入などは含まれていない。

    軍事支援の以外にも、平壌側の情報謀略工作は全地球的規模で行われた。第3世界の国々や反政府ゲリラおよびテロ集団に数百万ドルの資金と、莫大な量の武器と弾薬を支援した。もちろん、平壌側の「地球的規模」の軍事・テロへの関与と支援は、北朝鮮の能力(国力)をはるかに超えるものだった。そして、北側の対外軍事・テロ支援は彼らの経済力が枯渇するまで続いた。つまり、北側の「テロと暴力の輸出」は、そもそもソ連をはじめ社会主義圏の支援や連帯によりできたもので、だからヨーロッパでの冷戦の終結でソ連の解体や東欧社会主義圏が消滅すると、北朝鮮の威勢はあっという間に消えたのである。

    史上はじめて、民間人が搭乗した旅客機を爆弾として使った、オサマ・ビン・ラデンも20代の時北朝鮮のテロ教官から訓練を受け、今も国際的なテロのネットワークを通じ紐帯関係を維持しているという。北側の工作員やゲリラは絶対生け捕りになってはいけず、自殺・自爆するように強いられてきたが、北側は「9.11」の3年前に、首領(金正日)を決死擁衛するため「銃爆弾」になれ(*少女たちが爆弾を抱えて敵地に飛び降りる映像が北のテレビに公開された)とスローガンの下、自殺特攻隊を空軍に創設(1998年)したという。

    北側は昨年の核実験で、国連安保理の決議による国際的制裁を受けている中でも、エチオピアに武器を輸出し、最近にもスリランカの叛軍側に武器を渡そうとして発覚した。また、イスラエルがシリアを攻撃した事件(2007年10月)も北側とシリアの間の長い軍事協力関係が核技術や装備を移転する次元にまで発展したことを物語っている。


野蛮的テロを可能にした独裁体制の構造


    北朝鮮は独裁や全体主義国家体制を超えたカルト国家である。北朝鮮の最高の規範は憲法でない。朝鮮労働党は「超憲法的存在」(北の憲法第11条は党が国家を指導すると規定)であり、さらに、首領(金日成・金正日)はその党の上に君臨する。


    「唯一思想体系(首領体系)10大原則」(1967.5.17労働新聞の登場、1974年2月党第5期8次中央委総会で公式採択)を通じ、金日成(首領)の絶対的独裁体制を確立し、「唯一指導体系」(1974年10月公式化)を通じ、金正日後継体制と領導体系(金日成-金正日共同政権)を確立した。


    野蛮的・暴力的支配を正当化するためには外部の敵が必要であり、またその敵との無慈悲な闘争を強調しなければならない。その上、北朝鮮もそれなりに教育水準の向上につれてインテリ階層が増えるや、暴圧もより一層増大することになる。悪名高い暴圧機構の国家政治保衛部も、後継体制の確立過程で、唯一思想体系10大原則と唯一指導体系に抵抗する勢力を除去するため、創設(1973年2月)された。

    野蛮的暴力支配体制が、人民からの少しの抵抗の可能性も抹殺するためには、
◆情報統制・操作および虚偽と洗脳など心理的暴力装置
◆物理的暴力装置(食糧配給、旅行統制、収容所など)
◆外部の圧力による体制の崩壊を防ぐための強力な軍事力、

    が必要だ。


    人民に対する「忠誠の洗脳」の程度は、火事や洪水のときも、人間より金日成・金正日父子の肖像画を優先的に安全に助けなければならず、親を密告するよう子供を洗脳する。

    よく北は孤立した国だと言われてきた。確かに、北朝鮮は暴力的支配のため、特に人民に「比較能力」を与えないための、情報や知識においては閉鎖社会であるが、北は決して外部世界と隔離したわけでない。金日成・金正日は「悪の生態系」の維持のために、「暗黒(悪)の世界」とは広範に連携してきた。北朝鮮が断絶して来たのは「正義と善の世界」との関係だけだ。

    金正日は地球上で「国家の最高指導者」でありながら、同時に情報・暴圧機関を(「唯一指導体系」により)30年以上も日常的に直接指揮してきた唯一の絶対権力者だ。金のお言葉は無条件執行し、貫くべき最高の法である。


    金は後継者として労働党の実権を掌握した後、それまでの党の対南工作30年を検閲・総括する方法で3号庁舎を手中に入れ(1976年)、「指導核心布置」など新しい対南工作の方針を指示した。金正日により北朝鮮の対南(海外)工作はより知能的で精巧化し、奸巧で大胆になる。


    例えば、金正日は対南工作を総和(総括、分析批判)する過程で、「統一革命党工作」の失敗(発覚)の端緒になる、「荏子島スパイ事件」の主犯の鄭泰黙の妻を北に連れて(拉致して)来なかった誤りを指摘し、「以南化環境舘」のように工作員の現地化教育の徹底や外国人教官の確保を指示した。


    「唯一指導体系」は情報・工作活動においても徹底し、金正日は辛光洙に日本人の原敕晃の拉致を直接指示し、大韓航空機(KE-858機)の爆破も金賢姫・金勝一に直接指示した。


    平壌の工作機関は日本のパスポトを大量偽造したが、偽造した日本のパスポトでは日本への入・出国が不可能なので、真正の日本のパスポトを持つ日本人化に努力するようになる。もちろん、朝総連も平壌の命令により、テロや革命闘争の支援に、彼らの全ての資源を動員した。


    朝鮮労働党の中央党の予算は3分の2が「3号庁舎」(革命のための情報・謀略機関の庁舎)の予算だったといわれる。人民の未来のための資源のほとんどを暴力と破壊に投じたわけである。

    朝鮮労働党規約の前文には、党の任務を、韓半島の全域で「民族解放人民民主主義革命」の達成だと明記している。そのため韓国内に革命のための「地下党」の建設が最も重要な課題になり、韓国に潜入した北の工作員は適切な対象者が見つかると「帯同越北」(帯同帰還)するのが常識だった。帯同帰還とは、つまり、誘拐・拉致に繋がるものだった。つまり、拉致(テロ)は南朝鮮解放や革命という「大義名分」から始まった。


北朝鮮のテロリズムと日本


    北朝鮮の対南革命工作(闘争)において日本は特別な意味を持つ舞台だった。それは、韓国が1945年からソウル・オリンピック(1988年)までは完璧な島国だったという特別な事情と関連する。つまり、韓国は、歴史上はじめてアジア大陸と完ぺきに断絶し海洋国家・海洋勢力の一員として国家を発展させるが、冷戦期に韓国と北朝鮮が「共有」できた唯一の地理的空間が日本だった。拉致問題で日本人の被害者が多かったのは、日本が南・北が共存し、衝突した唯一の地理的空間(戦場)だったからだ。冷戦時平壌側が韓国へ浸透させた「迂回スパイ」の四分の三が日本を経由したという。日本には朝鮮総連という朝鮮労動党の在日分局が積極的に機能していたから、金日成と金正日は、西側の中の唯一・最大の革命資産である朝総聯を最大限動員した。平壌のあらゆる工作・謀略組織が、敵区(日本)の中で、しかも「日本の進歩勢力」の厚い保護を受ける朝総連を利用したのは当然であった。

    韓国政府が冷戦の時、北側のテロリズムに断固として対処(抑制・報復)できなかったのは、報復手段が不足しただけでなく、冷戦それ自体がそれを許さなかった。つまり、冷戦は東西陣営間に相手側の生存そのものを拒否する敵対的状況だったので、陣営間の対立を「文明社会のルール」を尊重する「外交的手段」で解決するということはほとんど不可能だった。戦争も辞さない物理的報復の他にはテロリズムに対する効果的な抑制手段がなかった。報復は報復を呼ぶので、イスラエルのような例外的の安保国家でないと報復を通じたテロリズムの抑制が難しかったのが現実だった。


テロリズムの結果


    韓国の場合、冷戦以来北側の対南工作やテロ犯罪の被害者(犠牲者)になった韓国国民がどれくらいなのかはまだ分からない。全貌を明かす資料が統計として発表されたこともなく、日本の特定失踪者問題調査会のような組織的な民間活動もないからである。被害規模を的確に把握できないと、被害者の救出や犠牲者らの悔しさを晴らしてあげることもできない。

    金正日の外部世界に向けたテロは実は自分自身、内部に向かったテロである。テロ国家のテロ犯罪は結局自分の国民に対するテロに帰結する。金日成・金正日は、北の人民も日常的に拉致、虐殺し、北朝鮮のすべての人的・物的資源を枯渇させた。大規模政治犯収容所が必要になり、住民の生活水準は日本の植民地時代より後退した。


    同族を虐殺してきた金日成・金正日体制は、自由精神のような人間性を抹殺するだけでなく、北朝鮮住民の医学的劣等化をももたらした。人民の15%が餓死し大多数の国民が慢性的栄養失調になり、わずか半世紀の間平均寿命が韓国より12年も少なく、南・北の軍隊の兵士たちの背は15センチの差ができた。

    金正日体制ではすべての真実は秘密だ。平壌市の人口も秘密であり、神である最高権力者の金正日の妻や家族が何人なのかも秘密である。金正日の家族の写真さえ公開されたことがない。なぜすべてが秘密なのか。悪がその正体がばれないように悪事を隠すためには、悪事を隠すことだけでは不十分で、悪事を露顕させる真実まで必ず隠さなければならないからだ。

    我々が韓国、日本、その他いろんな国々から拉致された被害者の状況が分からないように、北朝鮮の人民も、金正日に拉致された周りの多くの友人の状況を知らない。数多くの政治犯の運命に対し彼らの家族は知らない。金正日の「3号庁舎」に召喚された多くの北朝鮮の「革命戦士」(工作員)らの運命も、その家族に知らされないことが多いそうだ。北朝鮮の人民全体が金正日に拉致され、あるいは人質になっている。

    私たちが金正日独裁体制の悪事を糾明するためには、善と悪の対決という次元での努力をしなければならない。歴史上、野蛮的暴圧体制が自然に正常的体制に変わった例は無い。野蛮的独裁・暴圧体制は打倒され、転覆されることで変わった。この発表は金日成・金正日の悪事を糾明するほんの端緒に過ぎず、その全貌はこの「悪の王朝」が打倒される日明らかになるだろう。

 

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